ナマエがトラファルガー・ローという男に惹かれたきっかけは、夢も理想もくそくらえ!というぐらいロマンも何もない至って奇怪な事件だった。では、少しだけその時のエピソードに遡る事としよう。


「ちょっと待ったァァア!そこの長身のお兄さん…!」

「……あぁ?」

偉大なる航路内に位置するとある島。巷では日々海賊やら海軍やらと物騒な面々が出入りすると有名な巨大なその島の一部にて、ある女の叫び声が響き渡る。その背後から聞こえてきた奇怪な叫び声に、つい先ほど上陸を果たしたばかりのトラファルガー・ローとそのクルー達はピタリとその場に足を止め、そしてその声の主へと踵を返した。

「よ、良かった…!止まってくれて…!」

ぜぇぜぇと、荒い息をその場で繰り返しつつも女はそこに立っていた。前方に腰を屈ませて、膝に手をついたまま何やら額に汗をかいてまで自分達を呼び止めてきたようだ。何だ、この失礼極まりない女は。ローはふとそんな感想を心の中で述べた。

「そ、そのお兄さんが持ってる鬼哭…!ちょっとの間だけ私に貸してくれませんかね…!?」

未だ荒い呼吸を繰り返しつつも、すっと彼女の人差し指が指し示したもの。それはローの愛刀でもある鬼哭だった。

「出会って数秒の訳が分からねぇ奴に誰が貸すか。そもそも誰だてめぇ…」

「あぁ、これは失敬!申し遅れました。私、ナマエって言います!この島に住む、ピッチピチのギャルで好きな食べ物はメロン!嫌いな食べ物はスイカです!主に海賊狩りを仕事としております!」

「あぁ?海賊狩りだぁ?」

「はい!」

「いやキャプテン、あの女のメロンとかの下りは無視なんすか?」

当然無視である。そう心の中でシャチへと返事を返したローは、目の前に立っている女に対し鋭い視線を向けた。何故島に上陸して早々こんなガキに呼び止められ、はたまた出会って数秒で自分の愛刀をこの女に切望されているのだろうか。ましてや自分は海賊狩りで敵だと意気揚々と宣言している。この女、馬鹿に違いねぇ。ローは、再び心の中でそう結論づけた。

「意味が分からねぇな。よって却下だ。さっさと失せろ」

「いやややっ…!それだと困るんです!ちょっと今急用で訳ありな問題に直面してるんですよ私!」

「知るか。そのお前の急用とやらも興味ねぇし、訳ありな問題も俺には関係ねぇ」

「それはごもっともなんですけど、でもちょっと助けて欲しいってか力を貸して欲しいんです!」

「ベポ」

「アイアイキャプテン!」

もはや相手にするのも面倒になり、ローはいつものようにベポに女を始末するようにと指示を出した。それに応えるように颯爽と背後から登場した白熊ならぬベポが女に向かって突進し、そして事を終えた。かのように見えた。

「キャ、キャプテン…!」

「あ…?」

さっさとこの場を退散しようと背を向けたその瞬間、背後から少し気の抜けた声でベポが自分を呼び止めた事に気付く。珍しく声を震わせつつも此方に二歩三歩と後ずさりをしているそのベポの姿に、ローはいぶかしげに眉を寄せる。何事だと、改めて目の前の状況を確認してみると、どうやらベポの攻撃は女に交わされたようだった。……なんだ、あの女の手の動きは。泥まみれじゃねぇか。能力者か?

「もぉー!いきなりの攻撃とか危ないじゃないですか!怪我したらどうするつもりですか、私!」

いや、知らねぇよ。冷静に心の中でそんなツッコミを入れたローは、上陸早々面倒な事になりそうだと溜息をつく。そしてさっさとこの女を始末してしまおうと、いつものように青いサークルを女の位置する場所まで範囲を広げた。

「気を楽にしろ、直ぐに終わる」

その直後、ものの一瞬で女の身体は幾多にも無残に切り付けられ、「ぎゃあっ!!」と呻き声を上げつつも辺り一面に散らばっていった。

「面倒掛けさせんじゃねぇよ…行くぞ」

「ちょ!ちょっと…!だから待ってってお兄さん…!!」

せめてこの身体くっつけてーーー!そんな泣き叫ぶように自分を呼び止める女の訴えをフル無視して、今度こそずらかろうとその場に踵を返したその瞬間、「いたぞー!海賊狩りのナマエだー!」と、ガヤガヤと大勢の海軍が此方に詰め寄って来ていた。訳が分からねぇ女の次は更に面倒な海軍の登場か。今日はどうやら厄日らしい。ローはそんな事を考えつつも歩く速度を上げた。

「ねぇキャプテン…」

「あぁ?」

ある程度進んだ所でおそるおそるベポがローを呼び止める。歩むスピードは変えぬまま、その問い掛けに応えてやると、「あの子、助けなくていいの?」と心配そうに質問をしてきた。

「助けるだぁ?はっ…何で俺がそんな面倒な事しなきゃならねぇ。馬鹿も休み休み言え。そもそもあいつは敵だろうが…寝ぼけた事言ってんじゃねぇよ、ベポ」

「すいません…でもあの子、あのままだと本当に海軍に捕らえられちゃうよ。何かの能力者で多分他の奴らよりは強いんだろうけど、でも流石ににあの状況じゃあ手も足も出ないよ。キャプテンがバラバラにしちゃったせいで…」

「……………」

「俺も今回はベポの意見に賛成です。いずれ始末するにしても、流石に何で鬼哭が必要なのか訳ぐらい聞いてあげても良かったんじゃないですか」

そう言って、さらりと会話に参加してきたのは自分の右腕と言ってもいいほど常日頃信頼を置いているペンギンだった。その言葉にローはピタリと足を止める。

「じゃあ何だ、お前らはあの正体不明なガキに同情でもしてんのか。人助け稼業にでもなったつもりかてめぇら」

「いや、人助けって言うよりは…」

「あ?」

そこまで口にして、クルー達はもじもじと身体を左右にくねらせつつも口を閉じる。その不可解な動作と発言に苛立ちを重ねるローを前に、彼等は頬を赤く染め、こんな素っ頓狂な台詞を全員一致で声を揃えて発した。

「「「ただ単純に、顔が可愛かったんで」」」

「……………」

ここには馬鹿しか居ねぇのか。そんな事を考えつつもローは何かを諦めたかのように溜息をつく。そしてそのまま踵を返し、さっきの女の場所まで戻るようにと、クルー全員に指示を出した。





「ほんっと――に助かりました!ありがとうございました!!」

そう言って、その場に深々と頭を下げた女に対し、木に寄り掛かったまま腕を組んだローが眉を寄せる。そして冒頭から変わらぬ低いテンションで、「一体何者だ、お前」と女に問いかけた。

「いや、だから私は海賊狩りですってば」

「そうじゃねぇ、何でたかがこのレベルの海賊狩りがあんな大勢の海軍達に追われてるのかその訳を聞いてんだよ」

「あぁなるほど!頭良いですねお兄さん!」

「少なくともお前よりはな」

そんな下らない話をする為にお前を助けた訳じゃねぇ。そう言ってやりたいのを我慢して、ローは女が次に発するであろうその言葉の続きを待った。

「実は2日前、いつものように海賊狩りをしようと海辺をマークしてたんですけど、その時に現れた男がこれまた超絶体格が良い男でしてね。こりゃああれだ、人相も悪いし完全に海賊だわ!とか思って軽快に攻撃を仕掛けたんですけど、これがまた中々手ごわくてですね」

「ふんふん、それでそれで?」

女の目の前で興味津々に話を聞いているベポが、上下に頭を揺さぶりつつも相槌をうつ。

「そう!それでいつもよりちょっと本気出して能力使ってその男を倒したら、どーやら後で知ったんですけど、その男がこれまた結構な役職に位置付けしてた海軍だったらしくてですね。……で、」

「敵を間違えた上に、厄介なお尋ね者になった…って訳か」

「はい!その通りです!」

やっぱりお兄さん頭良い!そう言って、何故か嬉しそうに指を鳴らした女に、ローは心底呆れ気味に大きな溜息を吐いた。なるほど、それであんなに焦ってやがったのか。流石にあの大勢の海軍共を相手にするには、大方自分の能力以外にも何か武器がいると判断しての事だったのだろう。まぁ、だからと言ってそれが良い作戦だとは思えねぇが…

「でもお兄さん達のお陰で本当に助かりました!まじで心からサンキューです!ありがとう!」

再びその場に頭を下げた女に、クルー達はデレデレと「よせやい!照れるじゃねぇか!」などと気持ちが悪い反応を繰り返している。そんな奴らを差し置いて木から背を離したローは、「行くぞ」と、クルー達に指示を仰いだ。

「えっ…!キャプテン、もう行くの?俺まだこの子と喋ってたい」

「そーっすよキャプテンー!この女、中々面白いじゃないですかぁ!もうちょっとだけここでゆっくりしていきましょうよ!」

そうだそうだ!とでも言わんばかりに、やんややんやと自分達の主張を繰り返すクルー達に、ローは「黙れ」と一蹴する。

「俺はてめぇらがやけにしつこくこの女を助けろと言いやがるからそれに乗ってやっただけだ。そもそもこいつは海賊狩りだろうが。大したレベルじゃねぇが、かと言って親しくしてやる義理なんざねぇだろ」

寧ろ自分達とは最悪の相性だ。そう口にして、ローはその場に踵を返した。そのままスタスタと一度も振り返る事はなく去っていくその姿を前に、砂浜に体育座りをしたままぼんやりとローの背中を見つめていた女はボソっとこんな独り言を呟いた。

「か、かっこいい…!」

はぁっ…!?その場に居た全員が口を揃えて激しく叫ぶ。そんな放心状態のクルー達を放置して、女は腰に巻き付けているペットボトルを一口口に含み、そしてそのまま右手を空へとかざして「リターン!」と謎の呪文を叫んだ。

「ったく、上陸して早々ついてねぇな…」

「お兄さん!!ちょっとストップ!止まって止まってー!」

「………あぁ?」

とりあえず、上陸して早々このロクでもない状況は冗談じゃねぇ。ログが溜まり次第、さっさとこんな島は退散してやろうとローが決意を固めたその時、何も無かった筈の目の前の景色が一変し、さっきの女が両手を左右に伸ばして通せんぼをしている。その不可解な現象に、ローは再び深く眉を寄せ、鋭い視線で女を睨んだ。

「………おい、てめぇ何の能力者だ」

「私はドロドロの実の泥人間です!能力者なので海水には滅法弱いですが、普通の水なら話は別で、ある一定の水を接種して泥へと変換させる事が出来るんです。だから水で身体を固めた状態であれば砂の上だと何処でも自由自在に自分の身体を移動させる事が可能だったりします!」

「なるほど、それで今俺を通り越して目の前に立ってやがるのか」

「はい!」

「納得だ、じゃあさっさと失せろ」

「嫌です!」

「……あぁ?」

中々良い流れで話を区切れたと思ったのも束の間、引き続きさっさとその場を立ち去ろうと一歩前に進んだ所で女が拒否をする。その予想外の返しにローは苛立ちを覚え、そしてそれと同時にいよいよ本格的にこの女を始末するしかないなと瞬時に判断を下した、その時だった。

「おい…余程俺に殺されたいらしいな、てめぇ…」

「いやいや、どっちかと言うと生きたい方です私!」

「だったら何度も同じ事を言わすんじゃねぇよ、失せろ」

「だから嫌ですって!無理なんですそれは!」

「あぁ?」

だって!私あなたに恋しちゃったんですもん!だから無理ですそれは!

そんな素っ頓狂な台詞を口にした女に対し、ローは目を見開いて丸くさせる。そして今にも攻撃を開始しようと伸ばしかけていた右手の動きをピタリと止めた。

「……………てめぇ、何馬鹿な事言ってやがる」

「馬鹿な事じゃありません!俄然本気です!」

「うっひょォォォオ!あの女絶対馬鹿だ!」

「仮にも敵であるキャプテンに惚れるなんて究極のアホに違いねぇ!!」

自分より少し遠く離れた背後から、他のクルー達の冷やかしともとれる声にローはますます機嫌を損ねた。さて、まずはシャチからだと言わんばかりに一瞬でクルー達の身体をバラし、鞘に刀を戻す。クルー達は「ギャァァア…!すいませんキャプテン!ちょっと…、いやかなりこの状況が羨ましかっただけなんです!!」などとあらぬ悲鳴をあげていた。知るか、とりあえずてめぇらは黙ってろ。ローは冷静にふとそんな事を思う。

「お前がそこを退く気がねぇんなら、俺が先に消えるまでだ。さっきの訳が分からねぇ考えは溝にでも捨てる事だな」

「えっ…!!ちょ!!」

そう言い残して、ローは能力を使って今度こそその場から姿を消した。その見た事もない鮮やかとも取れる能力に、ナマエはガクッと肩を落とし、そしてそのまま砂浜に膝と手をついた状態のまま頭を俯かせる。

「あ、あの人…どんだけ格好良いの…!?ていうか何者!?」

「「「だから海賊だって!!つーか、気付いてなかったのかよ!!」」」

お前馬鹿だろ!

ローによってバラバラにされた頭と胴体達が口を揃えて女にツッコむ。その状況は、誰が何処からどう見てもカオスであった。そんな彼等の上空で、ニュースクーがこの状況を嘲笑うかのように「クエー!」と大きな鳴き声をあげた。そんな虚しい鳴き声が砂浜に響いた同時にさざ波が波打つ。所謂これが、ローとナマエの最初の出会いのストーリーである。




「明日には出航する」

あのナマエとの奇怪な出会いから約2週間。待ち望んでいたログも溜まり、ようやくこの島から脱出が出来るなとローは心ばかりに安堵していた。そんな一時の休息も束の間、目の前にボン!と派手な音を纏って女が登場する。その効果音と目の前に佇むその女を前に、ローは「またお前か…」と呆れ気味に小さな溜息を吐いた。

「はい!また私です!こんにちは、ローさん」

「気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ…なんだ、まだ何かあるのか」

「まだあるも何もないですよ!私を仲間にしてください!」

「却下」

何言ってやがるてめぇ。出て来た言葉は如何にもごもっともな意見である。何故ローがこんなにも手を焼いているのかというと、その原因はローにとっては史上最悪と言っても良い程の、あの二人の出会いから約数時間後の事であった。

「トラファルガー・ロー」

「……あぁ?」

「って、言うんですね。お兄さんの名前」

「……………」

「名前まで格好良いとかヤバくないですか?」

ていうか卑怯ですよそれ。と、相変わらず素っ頓狂な発言をするナマエの登場にローの低いテンションはいつも以上に急降下で落ちていった。どうやら能力を使って、自分の居場所を突き止めて来たらしい。もう二度と関わるつもりなんかなかった女の再登場に、ローはもはや諦めに近いテンションで、「何してやがる、んな所で」と舌打ちをしつつも声を掛けた。

「いやー、さっきお兄さん…じゃなくてローさんにフルボッコにされた後、島のありとあらゆる場所に貼られている手配書を探しに行ってきたんですよ。そしたらあるある!ローさんの手配書が!その綺麗なお顔に夢中になったと同時に、ついでに名前まで知れて一石二鳥でしたよ私は!いやー、手配書って本当に便利ですね!」

「うるせぇよ、黙れ。そもそも俺はお前を倒した記憶なんざねぇ。話盛ってんじゃねぇよ馬鹿」

そこまで口にして、ローは腰を降ろしていた木の箱から身を離す。そしてそのまま島内の商人店方向へとその長い足をせかせかと前に歩を進めた。

「あー、ちょっと待ってくださいよ!私も一緒に行きます!」

「付いてくるんじゃねぇよ、鬱陶しい…失せろ」

「だからー無理なんですって!惚れちゃったんですもん私!ローさんに!」

「全く嬉しくねぇな。何だってお前みたいなガキに好かれなきゃならねぇ。いい加減にしろ」

「いーやー!一回動き出した想いは止まらないんですよ!なのでローさん、私を仲間にしてくれませんか?…あ。勿論海賊狩りなんてそんな物騒な職業、今直ぐにでも捨ててやりますんで!」

「ふざけんな…誰が欲しがるか、てめぇみたいなガキ」

「ガキじゃないです!ナマエです!」

いや、そういう話じゃねぇよ。ローの脳内にそんな考えが飛び交う。どうやらどんなに此方が拒否を示しても無駄のようだ。何かを諦めたかのようにその場に足を止めたローは、踵を返し、目の前に立つナマエへと鋭い視線を向けた。

「よく聞け、俺は自分の船には信頼出来る奴しか置かねぇ主義だ。だから出会って早々、高々数時間のお前を船に迎え入れる訳ねぇだろうが。その辺の事をよく踏まえた上で俺に接して来い馬鹿女」

「わっかりました!じゃあ今日の所は一旦諦めて、また明日から毎日ローさんに自分を売りに来ますね!そしてゆくゆくは私もハートの海賊団のクルーに…!」

「………話聞いてたか、お前。だから、高々数日でお前みたいな馬鹿を受け入れるつもりなんざ毛頭ね、」

じゃあローさん、また明日!そう言って、ローの話の続きを全く聞かぬまま素直にその場を後にしたナマエに完全に振り回されている。そんな状況がまたローを苛つかせた。だがまぁ良い。その内ログも溜まるだろうし、どっちにしてもあの女も口で言う程本気ではないだろう。

……………と、思っていたのだが。

「ねぇー、仲間に入れてくださいよぉ…ローさーん」

「……………」

なのに何だというのか。あれから宣言通りこの女は毎日自分の目の前に登場し、そしてその度に意味不明な告白と共に自分をクルーにしろと主張してくるではないか。全くもって想定外である。ローは、とある喫茶店にて珈琲を啜りつつも目の前のテーブルに顔を突っ伏しているナマエに対し、どう対処すればいいのか数日前から頭を悩ませていた。

「……だから、無理だって言ってんだろうが。一体何度同じ事言わせるつもりだてめぇ」

「ちゃんとお役に立てるようにコックでも何でもしますからぁー…どーしても駄目ですか…?」

「……………」

「そうか、駄目か…まぁ諦めないけど、私」

はぁ。そう言って、深い溜息を吐いたナマエにローは眉を顰める。そして手にしていたカップをソーサーに戻し、「そもそもお前、何でこんな所に一人で居やがる。家族は」と、彼女に質問を問いかける。

「家族?居ないですよそんなもの。私、物心がついた時にはこの島でずっと一人だったんで。だから生計を立てる為に仕方なく海賊狩りをしてただけですし…」

「……………」

「でもそのお陰でローさんに出会えた訳だし、初恋も味わえたから良かったですけどね!」

落ち込むのも束の間、即座にテンションが戻ったナマエが嬉しそうに口の端を上げてあどけなく笑う。その笑顔に、ローは珍しく心が揺れ動いたような気持ちを覚えた。……なるほど、だから気軽に自分を仲間に入れろと言ってくるのか。ローはその一連の流れに納得をし、そうしてその場に500ベリーをテーブルに置いて、座っていた椅子から身を離した。

「どっちにしてもお前を連れて行く気はねぇ。ログも溜まった事だし、明日の早朝にはここを出発する」

「え!!もう!?私は…!?」

「残念だ、お前の顔をもう二度と拝めねぇとは」

そんな皮肉な台詞を吐いて、ローはクルー達と待ち合わせている場所へと急ぐ。勿論、当然のようにその後を追ってくるナマエを無視して能力を使ってその場を後にした。最初からふざけた奴で自分が一番苦手するタイプの女ではあったが、そうは言ってもこの先の海は女一人を受け入れてまで連れて行ける程甘い世界ではない。それはロー自身が一番分かっていた。きっと、何かの間違いでナマエを自分の船に乗せたとしても、今後その道の先に待っている困難な試練を抱えて行くより、この住み慣れた場所で平凡な毎日を送ってくれた方がこの女の為になるだろうと、冷静に判断を下した結果でもあったからだ。


「出航だァァア!」


次の日。大きな声で、シャチが空に向かって拳を突き上げたと同時に船が大海原へと動き出した。あと数分後には船体は海水へと潜っていくことだろう。そんな事を考えつつも、甲板に身を寄せたローは、徐々に小さくなって行く島の浜辺をただぼんやりと眺めていた。

「本当にこれで良かったんですか、キャプテン」

手摺りに肘を付く自分の隣に、何か諦めを覚えたような表情でそんな言葉を呟く男へと目を向ける。そこに居たのは、先日も自分に何処となく軽いアドバイスを投げ掛けて来たペンギンが立っていた。その言葉にローは目を細め、「何の事かさっぱり分からねぇな」と、返事を返す。

「あのナマエって女、身寄りも居ないようですし能力も戦闘力も中々だったじゃないですか。考えを改めるなら今の内ですよ」

「はっ…馬鹿言ってんじゃねぇよ。誰が連れて行くか、あんな女」

「はいはい…じゃあそういう事にしておきます」

やれやれ、とでも言わんばかりに肩を竦めたペンギンは、その場に踵を返して船内へと戻って行った。…いちいちうるせぇんだよお前は。俺に指図すんじゃねぇ。ローはふと、心の中でそんな毒を吐く。

『だって!私あなたに恋しちゃったんですもん!』

『私、物心がついた時にはこの島でずっと一人だったんで』

未だぼんやりと海を眺めているローの脳裏に、ナマエの言葉が何度も覆い纏う。別にこれで良かった。自分は特に何も間違った判断はしていない。そう言い聞かせる傍らに過る、ナマエのあの数々の言葉。どうやらこの2週間もの間、自分では思ってなかった以上にあの女へと肩入れしてしまっていたようだ。何ともまぁ後味が悪い。ローはそんな事を考えつつも、その場にて深い溜息をついた。

「っと…!ぎゃあ!!痛っ…!!」

「あ…?」

そこまで色々考えていた矢先、自分の背後で蛙でも踏みつけたかのような雄叫びが響き渡る。当然の如く、ローは何事かとその場に踵を返した。そこにあったもの。と、いうか存在していたのは、つい今の今まで自分の脳内の片隅に思い浮かべていたナマエの姿がそこにあって。無論、その状況にローは目が点になる。そしてそれを踏まえた上で発した言葉。

「…………何してんだてめぇ、そんな所で」

正にそれは誰が見てもこの状況に相応しい言葉だった。そんなちんぷんかんぷんの状況の中で、どうやら着地に失敗したらしい女が、自分の腰回りに手を当てて「あいたたたた…」と呟いては何度も上下に摩っている。そしてその数秒後、ようやく女は状況を把握したのか、その場に体制を整えて、まるで海軍のように額に手を添え、ローにびしっと強く敬礼をした。

「ローさんお待たせ!ナマエ、たった今此方の船に辿り着きました!」

「…………誰も待ってねぇけどな」

そんな皮肉を溢しつつもローの頬は自然と緩む。どうやら彼女はまたしても自分の能力を駆使して、この船までワープしてきたようだ。大方クルー達の靴裏にこびりついている砂を頼りにここまで辿り着いたのだろう。ローは、その合点いく事実に今度は先程とは違う安堵の息を吐いた。

「てな訳で、今日からお世話になります!そして末永く私を愛してやってくださいませ!」

「誰がてめぇみたいな女なんざ受け入れるか。さっさと帰れ、今ならまだ間に合う」

またまたぁ!そう言いつつも待ってたくせにぃ!

もはやローの意見等微塵も相手にしないナマエを前に、ローは無意識に呆れ気味に口角を上げ微笑んだ。どうやら偶然にもふとあの島に辿り着いたのにはそれなりの理由があったらしい。

「ローさん!私素材は良いんで、多分あと2、3年したらとんでもない美人へと変貌しますよ!楽しみにしててくださいね!」

「黙れ。興味ねぇんだよ、お前の事なんざ。んな事より本気でこの船のクルーになりてぇんなら、さっさとうちのツナギでもペンギンから調達しに行ってこい」

「!!……ロ、ローさん!」

「さっさと行け…」

「はいっ…!!」

そのローからの指示に、ドタバタと派手な足音を立ててナマエは嬉しそうに船内へと消えて行った。そんなナマエの姿を前にローは再び小さく笑みを溢す。その顔は、珍しくも穏やか且つ満足そうな表情で、たまたまそこに出くわした船員の目撃情報によると、どうやら何かに満ち足りているようにも見えた、との事。


さて、結局この真逆な二人が今後どうなるか気になるって?それはまた、別の機会にでもお話する事としよう。


―海賊日記―

>ヨルダンの冒険より抜粋。

prev next
TOP

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -