「も、もうその辺で良いだろう…!?こいつは虫の息だ…!!」
「はぁ?その辺?その辺ってどのくらい?……もしかして、」
「ヒィッ…!!」
バァン!と鈍い銃声音が鳴り響く。そしてそれと同時に私の脳内の警戒区域が決壊した。大の大人…いや、大の男が大粒の涙を流しながらこちらに向かって助けてくれ!と命乞いをする。その無様な姿が鼻についた。
「このくらい?悪いねお兄さん、私何事も全力で生きるタイプなの。恨むんなら自分達の運命を恨むんだね」
自分が敵だと認識した相手には容赦ない。あいつは悪魔だと例え嘆く者もいる。血も涙もない女、ミョウジナマエ、革命軍内の若手エースの一人と呼び声高い女である。
「まーたダラダラしてんのかお前は」
クエーっとニュースクーが大空を羽ばたく最中、甲板で一人サンサンと日光浴をしている私の頭上に聞き慣れた声が降り注ぐ。折角人が良い感じに太陽の光を浴びようとしていたのに何てバッドタイミング。その呆れたような、それでいて困ったような表情でこちらを見下ろしてくる目の前の男にはぁ、と小さな溜息を漏らした。
「これはこれは革命軍のNo.2、参謀総長様。こんなお日柄の良い日に今日は何の御用で?」
「何の御用で?じゃねぇよバカ。ほらこれ、今日のお前の分の資料な。夜までには片付けとけよ」
全く似てない私の物真似を披露しつつも、やれやれ、とでも言いたげにドッサリと大量の書類を手渡してきたのは革命軍きっての精鋭、参謀総長もといサボ。…の顔が若干優越感を含んだ表情をしているのは気のせいだろうか。いいや絶対気のせいじゃない。何とまぁ憎たらしい顔なのだろう。恐らくこの膨大な資料をこちらに預ける!というこの一連の流れ自体が、彼の中で私に対してのやり返した感に値しているのだろうが…ふん!でもそんなの無駄だもんねー。後でちょちょーいとコアラにも手伝ってもら…
「駄目だ、全部自分でやれ」
「えっ…!なんでケチ!」
「ナマエ…お前何で戦闘能力は高いのに普段の事務能力は低いんだよ…折角革命軍きってのエース、なんて言われてるのに勿体ないだろ。その馬鹿さ加減が」
「うん、それ一言余計だね」
褒めるんなら最後まで褒めろよ!と、心の中で突っ込んだ私の意見は届かない。ったく、可愛い顔してどんだけS男なんだか。何て言ったって一番タチが悪いのは、こーんなにも優しそうな表情をしつつも、この男の口から出てくる言葉はほぼ毎回毒舌だという事だ。文句を言おうにも腐っても奴は参謀総長様。どんなに理不尽な主張をされた所で、さすがの自分も権力には勝てないのだ。
「さっさと資料纏めて俺のところまで持ってこいよ。じゃなきゃお前の今日の晩飯俺が食べっから」
そう言って、ヒラヒラと気だるげに片手を振りつつもサボは踵を返してスタスタと遠く彼方へと去って行った。もう見えないその後ろ姿に眉根を寄せてジーっと静かに睨み続ける私はなんてカオスなのだろうか。その直後に出くわした隊員に「ぎょえっ!」と、とんでもない雄叫びをあげられてしまった。昔から食べ物の恨みは恐いとよく言うが全くもってその通りだと思う。サボ、今に見てな。あんたに私の大好物、ビーフシチューは渡さないぜ。
「って、はいすいません見栄張りました!ギブですっ!」
バタっ…と女がその場に苦しげに倒れる。女ってか私だけど。いやだってさ、無理じゃんこの量。これ完全に嫌がらせでしょ。サボのやつ…相変わらず姑息な手段を使うな。
「うっわ〜!なーにこの膨大な量!これぜーんぶナマエが一人でやるのー?大変だねぇ」
「コアラ…!!」
神様仏様コアラ様!ナイスタイミーング!
「ゴアラァァァっ…!ちょっ…!もうだずげでー…!!死ぬぅぅぅぅう…!」
「はーいはい、とりあえずその汚い鼻水拭いて。みっともないなぁ。それにしても、相変わらずサボ君にイジられてるんだね」
「そーなの!サボの奴ほんっと酷いよね!?毎回毎回思い出したかのように私にばっかり庶務の仕事を回してきて…くぅっ…!なんって小さい男なの!」
ぐぬぬ!とでも言うように、机の上に何日も前から放置していたハンカチを勢いよく噛みしめる。その逞しすぎる私の動作に若干引きつつも、コアラは話の続きを口にした。
「まぁナマエが毎回異様に事務仕事をしたがらないのも悪いとは思うけどね。革命軍は確かに戦闘力も必要だけど、それ以上に情報収集やそのデータを纏めるのも大事な仕事の一環でもあるからさ」
「それは分かってる!分かってるけどでもさぁ…!」
「まぁまぁ元気出しなよ。はいこれ、ちゃんと持ってきてあげたんだから」
「え…?」
「ビーフシチュー、大変だったんだからね。サボ君にバレないようにここまで運んでくるの」
感謝してよね。そう言って、ドアの向こう側からガラガラと荷台を引いて来たコアラの美しい指先が指し示す場所には私の大大大好きなビーフシチュー様(その他諸々)が並んでいた。そのまさかのご登場に手にしていた書類をヒョイ!と後ろに放り投げる。そのまま風を切るように一直線に荷台の前へと辿り着き、「コアラ様!グッジョブ!」と白い歯を出して、親指を突き出しては歓喜の声を挙げた。
「それにしても、君達ってよく分かんない関係だよね」
「うん?」
カチャカチャとお皿をテーブルへと運んでくれているコアラが小さな溜息を吐いては力なく肩を落とす。一方、口では相槌を打ちつつも腹ペコの私は目の前にあるご飯へと夢中でよだれを垂らしている真っ最中だ。
「仲が良いんだか悪いんだか。何か外から見ててお互いじれったいっていうかさぁ。同じ仲間なんだからもうちょっと適度に距離を詰めればいいのに。勿体ない」
そう言って、コアラは不可解な表情をして椅子に腰掛ける。そのまま膝に腕を乗せて頬に両手を添え、ようやく訪れた目の前のビーフシチューの味に夢中な私の顔をまじまじと見つめた。
「ふっ…コアラさんよ。君は何も分かってないね」
「え?」
手元に置いてあるコップを持ち、その場で仁王立ちをかましたまま一気飲みをする私にコアラが不思議そうに横に首を傾げる。
「何も分かってないってなにが?」
「だから!サボと私の関係についてですよ!」
「君達二人の関係?」
「そう!サボと私は互いに良きライバルなの!勿論向こうの方が私より立場が上だから権力的な事は完全に劣るけど、でもそれは戦いの場となると話は別!どっちがより敵の数を捕らえる事が出来るか常に競い合ってるってわけ!」
「ふーん、そうなんだ。どうでも良いけどナマエ、さっきから口の周りにビーフシチューがついてるよ」
「え!?」
「拭きなよ、みっともないから」
はい、どーぞ。そう言って真顔でティッシュ箱を手渡してきたコアラに一言お礼を伝える。ゴシゴシと勢いよく口の周りを拭く私を前に、コアラは「でもそっかぁ、良きライバルかぁ」と、何かを確かめるようにうんうん、と二度頭を頷かせているようだった。
「そうそう、だから別に仲が悪いって訳じゃないのよ。んぐっ…、たでゃたたきゃいのばげんていで、りゃいばるってだけで、」
「うん、もう何言ってるか分かんないから食べるか喋るかどっちかにしてね」
「ふぁいっ…!!」
頬杖をついたまま、にっこりと笑う割に中々の毒舌を吐いたコアラに敬礼する。お下品にスプーンを加えたまま額に手を添える私に、「ほら、さっさとこれ食べて仕事の続きしなよ。私も手伝ってあげるからさ」と、コアラは眉を下げつつもビシ、と床に放り投げてある大量の書類に人差し指をかざした。
「ゴ、ゴアラァァア…!!」
「あーもう、分かったからさぁ。……あ、また口の周りにビーフシチュー付いてる。もぉ…」
まるで幼い赤子をあやすように、ティッシュ箱に手を伸ばしてゴシゴシと私の口周りを優しく拭いてくれるコアラに乾杯だ。良い友達を持ったな、私よ。これも日頃の行いが良いせいだな。とか何とかかんとか頷いていると、「調子乗らないのー」とゴツンと軽く彼女に拳骨を喰らわされた。じ、地味に痛い…さすがサボの相棒。そのキュートなお顔に似合わないパワフルさに私は毎度ながらメロメロメロリンですわ。
「よ―――し!んじゃ腹ごしらえも完了したし、こっからが本番だ――!見せてやろうやんけ!わいの本気を!」
おー!と、再び一人二役でその場に立ち上がった私を無視して「あ、これじゃ駄目だ。あぁ、これもこっちもぜーんぶ駄目駄目だぁ」と、コアラは床に散らばっていた書類を手にしたままその内容に目を通していた。その何ともやる気の削がれる言葉を耳にして思う事はただ一つ。
現実って奴は、いつだって厳しいのね。でも私…、負けない。
「頼もーう!」
バン!と派手な音を立てて勢いよく登場した私に、その部屋の主がビク!と肩を竦める。どうやらテンションが上がりまくってドアをノックしなかった私に彼は苛ついたらしい。部屋に入って早々、「うるせぇ!ビビるわ!」と怒鳴られてしまった。こ、こわ…!
「これは失敬、参謀総長様!ですが此方をご覧ください!革命軍期待のエースナマエ、たった今本日の仕事を無事に、そして完璧に任務を終えました!」
「いや遅ぇから。今何時だと思ってんだよ、もう日付変わったわ」
えぇぇっ!?反応薄っ!何だよその冷静なツッコミ!切ねぇ…!
とか何とかかんとか心の中で悪態をついている内に、サボはさぞかし面倒臭そうに「ほら、寄こせよそれ」と至極冷静に私の前へと掌をかざした。ま、まぁ…そうは言っても奴が指示を出しているそれは別に当然の事なのでおずおずと書類を手渡す。格好つけてドヤ顔で登場してもそれは基本サボの前では何の意味も成さない事なのだと、ある意味いい勉強になったから良しとしよう。
「……お前これ、本当に全部一人でやったのか?」
「えっ…!も、勿論ですよ総長…!」
「ほんとかよ、なーんか怪しいな…」
「何を仰います!お忘れですか総長!この私の日々の勤勉な態度を!」
「お前が勤勉だったら、今こんな事にはなってない筈だけどな」
「……………」
それは全くもってごもっともな意見である。ま、まずい…何かこれ半分バレてる気がする。でも今更引くに引けないので「本当であります!」と、その場に勢いよく敬礼をかましてやった。サボはその私の言葉に未だに悩ましげに疑いの目を此方に向けていたが、途中で追及するのが馬鹿らしくなったのか、「まぁ、良いけど。別に内容自体は間違っちゃいねぇし」と手にしていた書類をテーブルの上へと置いて小さな息を吐いた。
「では、私はこれにて失礼しま」
「あ、おいナマエ」
「え?」
用も無くなった事だし、さっさと事がバレる前にこの場を立ち去ろうと踵を返した所でサボに呼び止められる。なんだ?とか思いつつも視線を向ければ、椅子に腰掛けたサボが少しだけ前のめりの状態で此方に真剣な表情を送っていた。その稀に見る真面目な顔に、つい思わず私の背筋はピン!と伸びる。……そして、怖い。
「な、なに…」
「お前、最近戦闘の時に無茶ばっかしてるだろ。結果的に相手を倒せてるから良いけど、でもちょっと冷静さに欠けてんじゃねぇの?」
「………え、」
「革命軍のエース、なんて言われて調子乗ってるのか知らねぇけど、もうちっとよくその場を見極めてから行動に移せよ。じゃないと危ないだろ」
「……………」
『そうは言っても、お前も女なんだから』
そう言って、サボはその場に深い溜息をついた。……お、女。まぁ別にそれはそうだけど…でも、何で今更?てか、何で今そんな事言うの?普段からそんな優しい言葉なんて私に投げ掛けてくれた事とか無かったじゃん。なんか…調子狂う。
「お言葉ですが総長、」
「あ?」
そこまで口にして、スぅっと深く息を吸い込む。
「こう見えても私、自分の周りに配置している部下の場所も相手側の攻撃もその時その時で常に冷静な判断をして対応しているつもりです。なのでそんな女扱いとか一切必要ありません」
「……………」
「てか!女だからってナメないで!こちとら性別なんて、革命軍に入った瞬間にその辺に捨ててきたんだから!だから別にそんな心配をして貰わなくても結構で」
「別に良いだろ、心配するぐらい」
「…………え?」
そのサボの言葉に、ピタリと思考と動きが止まる。そしてそのままポカンと口を開いたままの状態で、目の前に座るサボへとゆっくりと視線を引き上げた。
「心配なんだよ、お前が。悪いか」
「…………サ、」
「敵襲だ―――――!」
返事を返そうとようやく何か口を開き掛けた所で、船内中にカンカンカン!と大きな鐘の音が鳴り響く。どうやらこの時間帯にしては珍しく、敵が此方に責め込んで来たらしい。その隊員の叫び声と鐘の音に瞬時に脳のスイッチが戦闘モードへと切り替わる。どうやらそれは目の前に居るサボも同じようだった。
「行くぞ」
「うん」
いつもの温厚な視線は何処へやら。サボの目は完全に戦闘モードで鋭い目つきへと変貌していた。勢いよく扉を開けてドタバタと派手な足音を立てつつも二人して甲板へと急ぐ。辿り着いたその先には、既に臨戦態勢で砲弾やら何やらと複数の革命軍士達が真向いに居る敵船へと圧力を掛け始めているようだった。さて、何処から攻めようかと瞬時に脳内で作戦を立てる傍ら、「サボ!ナマエ!ヴァナータ達こっちよ!」と、イワンコフならぬイワちゃんが大きな声で私達二人を呼び寄せる。そして因みに顔もデカい。
「イワちゃん、今どういう状況?私もう攻めに入っても良い?」
「待て、早まるな。どっちにしても俺が先に行く」
「んー!もうっ、ヴァナータ達相変わらずね!ちょっとまだそこで待ってなさいよ!今ドラゴンからの指示待ちだから!」
「「りょーかい!」」
ヒーハー!と叫ぶ、そのイワちゃんからの助言に、二人して同時に頷く。そのまま暫くその場所に身を潜めていると、イワちゃんが手にする電伝虫のコール音が鳴り響いた。どうやらドラゴンさんからの攻撃開始の合図のようだ。きたきたきた!とか思いつつも、その場に一気に立ち上がり、そうして数歩離れた先から物凄いスピードで加速して敵船地へと飛び乗った。
「馬鹿!!お前俺が先に行くって言っただろ!」
「そんなの知った事か!じゃね、サボ。おっさきー!」
「ちょっ…!おい!待てって馬鹿!」
背後からサボのとんでもない悪口が聞こえてきたが、今はそれに反応する暇はないし、どっちにしてもそもそもサボの指示を待つ気なんかさらさら無い。てな訳で、ナマエ行っきまーす!
「どけどけどけ―――い!!邪魔じゃぁあ―――!」
目の前に憚る敵をバッタバッタと銃で撃ち倒し、そして時には格闘を繰り広げつつもずんずんと前へと押し進んで行く。「ぎゃあっ!」と相手側の呻き声を耳に聞き入れつつも、「アディオス!」と一言残して銃を構える自分は何て逞しいのだろう。我ながら中々様になってるじゃないか。
「ナマエさん!横!!」
「え?」
と、正にいつもながら自分に惚れ惚れしているその時だった。
「っ…!!」
背後に付いて来ていた自分の部下に注意を促して貰ったものの、それは一瞬の出来事で判断力に欠け、そしてまさかの右腕に一発、敵からの攻撃を喰らってしまった。
「おめぇか、最近巷で噂になってる革命軍のナマエって奴は」
そんな悪人さながらの台詞を吐いて、物陰に身を隠していた男が自分の目の前へと登場する。そしてそれを前に思う事。……あの、眉毛繋がってますよ。
「うるせぇ!これは俺のポリシーだ!」
「何のポリシーだよ!つーか何で心の声が聞こえんの!?つーか絶対変だってそれ!止めた方がいいよ!」
そこまで言い合いを交わした所で、男はバン!と一発天井に向かって銃を放った。
「ごちゃごちゃうるせぇ女だ。…だが、強気な女は嫌いじゃねぇ。どうだナマエ、俺の女にならねぇか?だったらこの救いようのない状況を回避して助けてやってもいいぜ」
「だーれがなるか!あんたみたいな眉毛野郎の女に!付き合った瞬間眉毛繋がるわ!女子力下がるわ!」
「てめぇぇえ!さっきから俺の眉毛の話しかしてねぇじゃねぇか!ナメてんのかこのアマぁあ!」
その言葉を最後に、男はもう一度天井に向けて銃を撃ち放ち、自分の部下に向かって「やれ!!」と指示を出した。ちっ…面倒臭いな。にしてもどうする私、流石に利き手をやられてちゃいつものように簡単にはいかないぞ。
「でもそんなの関係ねぇ!ナマエ、再び行っきまーす!!」
と、何の作戦もたてぬままとりあえず目の前の敵へと乗り込もうとした、その時だった。
「だから、お前は馬鹿か。いいから退いてろ」
「え?」
その瞬間、ドゴォォォオン…!と大人数の敵達がその場に投げ飛ばされた。今直ぐにでも前へ突進しようとした正にその時、背後から伸ばされた腕によって引き留められ、次に気付いた時にはその大きな背中に守られていた。帽子の下から覗くその見覚えのある金髪に、目をひん剥いて丸くする。
「サ、サボ…!?」
「おい、お前等。俺の大事な女に手出すんじゃねぇよ。死にたいか?そうか、死にたいんだな。よしじゃあ歯食いしばれ」
まだ何にも返事をしていないというのに、サボは勝手に結論つけて瞬時に大勢の敵に向かって「竜の鉤爪」と口にする。そしてその直後、更に大勢の敵達が床一面へと投げ飛ばされて散らばって行った。む、酷い…
「ったく、何してんだよお前は。ほら見ろ、言わんこっちゃねぇ」
「…………ご、ごめん」
周囲は物凄く激しい戦いが繰り広げられているというのに、どうやらさっきのサボからの攻撃に敵は腰を抜かしてしまったようだ。「船長やべぇっすよ!奴は革命軍の2、サボだ!一旦ここは引きましょう!」と叫んでは、スタコラと逃げ足早く去って行ってしまった。
「お前等も、もうここは良い。後は違う場所を攻めろ」
そう言って、背後に居た部下達に指示を仰いで、一気にその場が嘘みたいに静かになる。はっと気付いた時にはサボと私の二人きりとなっていて、そしてそこで「やばい」と思った。……ま、まずい。分かる、私には分かる。怒ってる。この人今すんげぇ怒っていらっしゃる。
「あ、あのぉー…」
「あーもうお前!心配掛けさせんなよな、まじで…!」
「え、」
この馬鹿!!と、とてつもない感情を上乗せして辛辣な台詞が頭上から降り注ぐ。
「ご、ごめんってまじで…でも何となくイケると思ったのよ、私」
「イケるイケないとかそういう問題じゃねぇんだよ…はー…もう、ほんっとお前って女は…」
まるで空気が抜けた風船のように、ズルズルとその場にサボがしゃがみ込む。どうやら本当に私の事が心配だったようだ。ごめんね、サボ…心配掛けて。流石にちょっと今回は、自分でも調子乗りすぎだったと思う。反省。
「サボ、ねぇ本当にごめんって…もうあんな心配掛けさせたりなんかしないから」
「嘘つけ。よく言う」
その場にヤンキー座りで頭を俯かせているサボに向かって、同じように自分も床にしゃがみ込む。そして彼の顔を下から覗き込んだその瞬間に訪れた謎の温もり。それが一体何なのか、…なんて。いちいちそんな事を考えなくてもぶっちゃけ直ぐにその答えには辿り着いてしまった。
「………ナマエ、もうお前は俺の目の前から離れんの禁止な。危なっかしくて見てらんねぇ」
「サ、」
「お前は、黙って俺に守られてろ」
『好きだ』
そう簡潔に、でも破壊力抜群の甘い台詞を口にしたサボの顔がゆっくりゆっくりと近付いてくる。そして流れるように私の首元へと腕を廻し、一気に腰を引き寄せられたその瞬間、互いの唇同士が綺麗に重なった。
「……………馬鹿、今戦闘中じゃん」
「たまにはありだろ…こういうスリルのある告白も」
そうして今度は触れるだけのキスじゃなく、互いの舌と舌を絡ませた奥深い口付けへと変化していった。その光景は何てアンバランスなんだろう。きっと傍からしてみれば、こいつら一体戦闘中に何してんだ?ってレベルだ。
…………………でも、
「もしかして、私も好き、なのかな。…サボのこと」
「かな、じゃなくて好きだろ。どう考えてもお前は俺の事が」
そう言って、目の前の金髪男はニヤリと口の端を上げて意地が悪そうに笑った。至近距離で、互いのおでことおでこをくっ付けたままの状態で、私達二人は同時に笑い合う。その空気感が、彼のその優しい温もりが、まるで全て必然のようにそこにあって。何だかそれにやけに胸が一杯になり、そしてそれと同時に比例するように私の胸の高鳴りはバクバクと馬鹿みたいに激しく波打った。
「砲撃用意―――!!」
そんな中、未だ周囲はバタバタと絶賛戦闘中である。そこで意識を取り戻した私が即座にその場に立ち上がり、「サボ、行こう!」と床に座っている彼へと声を張り上げる。
「そうだな、行くか。……でもその前に、」
「え…?」
『あと、もう一回』
立ち上がったのも束の間、再び腕を引かれてその場に強制的に腰を降ろさせられる。そうして重なった唇。その衝撃に目を閉じるのも忘れていた私の前に、何とも色っぽい表情で瞼を伏せたサボの端正な顔がそこにあって。
「…………くれぐれも、気ぃだけは抜かすなよ」
そう言って、するりと頬を撫でたサボに赤面してしまう。こ、こいつ…!
「そ、そんな事は分かってますよ参謀総長様…!いいいいい行きますよ…!ほ、ほら早く…!」
「はは!あぁ、はいはい」
動揺を隠すように今度こそ勢いよくその場を立ちあがった私に、サボがくすくすと楽しそうに笑う。くそっ…!この男確信犯か…!とか思いつつも、せかせかと戦闘場へと歩を進めた。その時の動作が、まるで壊れたブリキの玩具のように手と足がぎこちない動きだったと聞かされるのは、後日散々サボに抱かれた、3日後の夜の事だった。
オゾン層の破壊
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