※現パロ 


窓を開けて、風通し良くして、深く深く深呼吸をする。カチ、カチ、と鳴るウィンカー音は今日も規則正しく動いていて、人間もそのぐらい完璧に稼働すればいいのにな、なんてぼんやりと考えた。次の交差点を左に曲がると、ようやく海が見えてくる。待ち焦がれていたその広大な景色を前に、その時一体私は何を思うのだろうか。



失恋日和



「……………さっむ」

ボソ、と呟いた独り言は風に舞って散っていった。あぁ、うん。別に分かってた。今の時期普通に寒いって。でもさ、何となくさ、あれじゃん。今日天気良いし、ましてや春だし、ほら何となく寒さとか感じなさそうじゃん。まぁ私の心は絶賛真冬ですけども。

「でも折角ここまで来たし、ちょっと歩こうかな…」

サクサクと砂浜を歩きながら手にしていたストールを肩に掛ける。そのまま無心で歩きながら、すぐそこにある広大な海へと視線を向けた。


『ごめん、俺もうお前無理だわ』


それは約1週間前。よりにもよって、彼と付き合いだして丁度3年目の記念日の事だった。

「………え?」

「だから、別れてくれ。俺と」

「な、なんで」

「疲れたんだ、お前のそのあっけらかんとした性格に」

だから次に付き合う子は、お前とは真逆の可愛い性格の子が良い。そう言って、彼はスタスタと私の部屋から去って行った。………なんだそれ。なんだその幕の引き方は。仮にも3年付き合った女にする?そーいうの。ないわ…てか引く。

と、そこまで淡々と感想を述べた所で涙が流れた。どうやら私は自分で思ってた以上に、彼の事が好きだったらしい。って、そりゃそうか…一応それなりの年数を重ねてきた訳だし。

「でもあんたの事なんかさっさと忘れて次行くからーーーーーー!!」

「覚えてろよ若ハゲ野郎ォォォォオオ!!」

てな訳で、それから仕事に行く以外は夜通しさんざん泣きまくり、ブタみたいに鼻を鳴らしては毎日毎日瞼をヒリヒリと腫らしまくった。でももう流石に出るもんも出なくなってきた訳でして。

要するに私今、休日に一人旅してます。電車乗るの面倒だから車で、だけど。


「……………うるせぇな」

そんな広大な海に向かって、自分の思いのたけを叫んだその時だった。

「………………は、」

「おいてめぇ、何そこで意味不明な事叫んでやがる。人の昼寝を邪魔するんじゃねぇよ」

なに!?人が居たのか!とか思いつつもその声の主をキョロキョロと探す。ようやく目が合ったその声の主とパチリと視線が重なって、そのまま暫くお互い沈黙が続いた。でもそんな事より気になったのは、何故かその隈の濃い男の顔で。……………あれ?何か私、この人の事知ってる。ふとそんな事を思った。

「………………」

「………………」

何故かそのままお互い何も口を開かないまま、約数分時は流れた。不思議と目の前に横たわっているこの男も軽く放心状態のまま固く口を閉ざしたままで、私の中でのその疑問は更に膨れ上がっていく事となった。

「…………あ、あのぉー…、」

「………………」

「……あれ、無視か?無視なのかこれ。もしかして死ん」

「でねぇよバカ。勝手に人を殺すな」

そう言って、さぞかし不機嫌そうにその場にムクリと起き上がった男は、黒いシャツのポケットに忍ばせていた煙草を一本取り出し、カチ、と火をつけて勢いよく白い煙を吐いた。

「で?何してやがる、んな所で」

「な、何って言われても……、悲痛な胸の叫び?みたいな」

「はっ…くだらねぇ。さっさと散れ、邪魔だ」

「は、はい…!お邪魔しました!」

そう深々とお辞儀をして踵を返す。そのままスタスタと一度も振り返る事もなくその場を後にした。だって、怖かったし。だって、殺されるかと思ったし。………でもちょっと、いやかなり格好良かったなあいつ。性格くそ悪そうだったけど。そんな事をちらほら考えながら、私は再び自分の車へと戻り、本日宿泊予定の旅館先へと勢いよくハンドルをきった。




「いえーーーーい!失恋最高ーーーー!てか一人旅最高ーーーー!」

大声で叫びながら後ろに敷かれてある布団に倒れた。勿論、手は万歳のままで。そのままモフモフと心地の良い布団の感触にうっとりしながらも静かに瞼を閉じる。そして脳裏によぎったのは元彼のあの言葉だった。


『ごめん、俺もうお前無理だわ』


「…………何がもう無理だあの野郎。次会ったら絶対しばく…」

弱弱しく呟いて、手探りで手繰り寄せたハンドタオルに顔を埋めた。何であんなに泣いたのに、まだそれでも涙は出てくるんだろう。最悪なのに。大嫌いな筈なのに。情けな…

「…………酒だ、酒。こーいう時は酒に限る」

ようやく落ち着いた悲しみから浮上して、直ぐに向かった先は、室内に配置してある冷蔵庫の前だった。若干酔いが回ってきた頭を左右に振りつつも、のそのそと手を掛け中を覗く。…………あれ、酒もう無い。まじか。

「えー…ダル。…買いに行かないとじゃん…」

よっこいせ、とか言いながら重たい腰を上げ部屋を後にする。ここに着く前までに大量に買い込んで来た筈のお酒を見事に飲み干した自分にある意味乾杯だ。我ながら凄い酒豪っぷりである。

「えーっと、自販機自販機…」

別にルームサービスで部屋まで持って来て貰っても良かったけど、それだと何気に料金が高いし、何より今は気分転換に何となく部屋から出て来たかった。まぁこんなお気楽な一人旅なんて普段早々出来やしないし、たまにはありだろう。そんな事を考えつつもお目当ての自販機前へと辿り着く。

「……………げっ、」

「あ…?」

でもまさかのここで緊急事態発生。なんっという偶然の悪戯!でもそんな悪戯今はいらん!てかヤダこれ嘘まじ!? ー完ー

とか言いたい程、それはまさかの事態だった。

「またお前か…てめぇいい加減にしろよ。俺の行く先々で現れやがって」

「それはこっちの台詞です!そしてそこ退いて下さい!邪魔!」

はいどいてどいてー!そう文句を言いながら自販機の前で陣取っていた男の身体を強く押す。そして財布の中から何枚かお札を取り出し、勢いよく購入ボタンを繰り返し連打し続けた。

「おい、そんなに酒飲むのか。流石に死ぬぞお前」

「ここで死ねたら本望なので問題ないです。ほっといて下さい」

「そんなに男に振られたのがショックなのかよ。哀れな女」

「!?な、なんでそれを知って…!!」

「あそこであんな大声で叫ばれたら誰でも気付くだろうが。アホかてめぇ」

そう言って、無駄に買い込みすぎた私のお酒を横から奪い取って、勢いよくプルタブを開けたこの男の名前は、トラファルガー・ローと言うらしい。どうやら彼も一人旅をするのが趣味らしく、よく休日には放浪をする、との事だ。正直その時は「あっそ」って感じだったけど、そこは仮にもお互い一人物同士。あれよあれよと展開は転がっていって、気付けば私の部屋で二人で飲み直す事となった。





「でね?私その時思ったの。やっぱ男なんか信用しちゃ駄目だなーって。結局男なんかどいつもこいつも口ばっかだよね」

プハァー!と、勢いよく喉にお酒を流し込んで片手を天井に突き上げる。そしてそのまま少し離れた場所に座っているローに向かって、「ちょっとー!無くなったから次ー!」と空き缶をプラプラと左右に揺らしながらもこっちに持って来て貰うようお願いをした。

「飲みすぎだバカ。もういい加減水にしとけ」

「やだ!だって飲まないとやってらんないもん!良いからローお酒ー、持って来てよお願いー」

ちっ、と軽く舌打ちをして再び冷蔵庫の中からお酒を持って来てくれたローは、それはそれはさぞかし面倒臭そうに溜息を吐きながらも、部屋の中央に配置された座椅子に腰を降ろした。でもそんなの気にしない。だって別にローとは今日だけの関係だし、後腐れもないまま綺麗にお別れする運命なんだから。そもそも傷心旅行中の私からしてみれば、相手を思いやる余裕なんて一切ないし、そんな事はしったこっちゃないのだ。

「あーあ…どっかに良い男転がってないかなぁ…」

そうポツリと呟いてテーブルに顔を伏せる。そんな意気消沈の私に、目の前で気だるげに座椅子に体重を預けたローが引き続き面倒臭そうに口を開く。

「そもそもお前の考える良い男ってなんだよ」

「……………え?」

「暇つぶしがてら言ってみろ。聞いてやる」

言い方はぶっきらぼうだが、ローは多分私に何もかも不満をぶちまけて良いと言ってくれている。何となくそんな気がした。それに甘えて、私はつらつらと不満や文句をローにぶちまけた。ローは、相変わらず面倒臭そうに話を聞いていたけど、でも結局私の怒りや悲しみが全部収まるまで、何も言わず聞いてくれた。

「気が済んだか?」

「は、はい…、お、おかげさまで…」

「じゃあ寝ろ、明日に響く」

そう言って、気付けば結構な時間帯まで喋っていた。そんな私を宥めるように、ローは布団を指差して目を細めながら笑う。………あぁ、今のマシンガントークで忘れてたけど、この人本当にイケメンだな…そしてやっぱりあの顔に見覚えがある……でも誰だろう、全く思い出せない……からの眠い…

「………おい、そこで寝るな」

薄れていく記憶の中、少し遠くで呆れたような、それでいて優しそうに笑った声がぼんやりと聞こえた。でもそこで意識を手放してしまったせいか、その正体はいまいち分からずじまいで、次に目が覚めた時にはそこに彼の姿はなかった。

「……お礼、言うの忘れちゃった」

朝の眩しい太陽が私の冴えない脳に突き刺さる。ポリポリと頭を掻きむしりながらテーブルに目を向けると、そこには一枚のメモ用紙が。のそのそと布団から出て、そのメモ用紙を手に取ると、綺麗な文字でこう書き連ねてあった。


『次会った時は覚えてろよ』


次、なんてもう二度とないのに。あえてそうして次があるように見せてくれた彼の優しさに、口角を上げ微笑む。

「さ、いい加減私も帰ろっと。夢の時間は終わり終わりー」

そう口にして帰り支度を開始した。最後に部屋から出る時に、ローが残して行ったメモ用紙をどうしようかなと一瞬悩んだけれど、これもいい機会だし今回の旅の想い出として持って帰る事とした。

「良い風だぁー…」

その帰り道、運転しながら見えた窓の向こう側は、行きと変わらない広大な海がそこにあった。キラキラと反射して輝きを放つ波の音を聞きながら、鼻歌なんぞ歌ってみる。どうやら今回の一人旅は大成功だったみたいだ。ローにも出会えた訳だし、良かった良かった。そんな事を考えながら、少し強く踏んだアクセル音が車道に響く。風はまだ、少し冷たかった。





「ナマエ、何か最近良い事でもあった?」

それから約一か月後。見事なまでに完全なる社会復帰を遂げた私は、いつもの慌ただしい日常へと戻っていた。今日は社内で半年に一回ある、大事なプレゼンの日だ。気合いを抜く訳にはいかない。と、一人鼻息荒く意気込む中、ふとこの前の旅の内容を思い出して、一瞬動きが止まった。そんな私の目の前に、不思議そうに横に首を傾げた同僚が顔を覗き込んで、此方に質問を投げ掛けている。…え、何で分かるの。そんなに私って分かりやすいのか。

「だって、何か嬉しそうに見えたから」

そう言って、ニッコリと同僚は笑った。そして「ナマエがやっと元気になってくれたみたいで良かった!」と、彼女は嬉しそうに私の肩に手を掛けた。その優しさが何だかやけに胸に染みて、そしてそれ以上につくづく自分は周りの人に恵まれてるなと実感した。

「では、今回のプレゼン内容についてですが…」

そんなアンニュイモード丸出しで始まった会議早々、手元に置いてある資料に手をつけると、開いた瞬間そこにあった文字に一気に目が点になる。……………んん?何かこの文字、どっかで見たことある気が…

「ミョウジ、次はお前の番だ。前に出て説明しろ」

そこまで考えて、は!と現実に戻る。隣に座る上司からの掛け声で一気に脳が冴えた私は、「はい!」と勢いよくその場を立ち上がり、カツカツとヒールを響かせつつも複写機の目の前へと辿り着いた。でもそこで前を向いた瞬間、予想してなかった人物の登場で頭は真っ白となった。

………………………は?


「……………ロ、ロぉっ!?」

「よぉ、1ヶ月ぶりだなナマエ」

そこに居たのは、もう2度と会う事はないだろうと思っていた人物で。何故か本日のプレゼン時に座る管理職側の席にローは座っていた。

「な、なんでここに…!?てか何してんのそこで!」

「?なんだ君達、知り合いだったのか?まぁ、同じ社内だから知り合いも何もないかもしれんが…」

「いや知り合いっていうか…な、なんというか…」

「えぇ、ちょっとした知り合いです。……遠い昔からの」

そう言って、ローはあの時みたいに私に対して目を細めて笑った。唯一未だに状況を把握していない私を置き去りにして、「では、会議を進めましょうか」と、ローがその場を仕切り直す。何が何やら意味不明な状態のまま立ち尽くしたままの自分に、チクリ、と一瞬何かの記憶が脳裏に霞んで見え、その突然の小さな痛みに思わず強く瞼を閉じた。





『覚えてろよあんの若ハゲ野郎ォォォォオオ!!お前みたいな男なんかこーしてこーだバッキャロォォォォオオ!!』

『……………うるせぇな。誰だてめぇ』

『ぎゃっ!!か、海賊…!?ジョ、ジョリーロジャー…!?……え!?まさかあんた、あのト、トラファルガー・ロー!?』

『黙れ、うるせぇ。心臓抜くぞバカ女』






……………もしかして、ローは。

そこまで考えて、ふともう一度目の前に座るローの顔を見上げた。そこにあったのは、何千年、何万年前から変わらないあの意地の悪そうな顔。


『さっさと思い出せ、バカ』


ふと、さっきも疑問に思ったプレゼン資料へと視線を落とす。そこに書かれてあったのは、ぶっきらぼうな文字と遠い記憶の彼方から巡りに巡ったあの日々の記憶。


『お前のそのつまらねぇ日常、この俺が海に連れ出して掻っ攫ってやろうか』


海独特の潮の香りに、何度も何度も死闘を繰り返したあの時代。やがて彼のその逞しさや広大な心に惹かれて、いつしか互いに何度も愛し合った。そんな記憶が蘇る。

「……………船、長?」

ポツリと呟いたその言葉は、きっと彼にしか聞き取れない魔法みたいな言葉のように感じた。そして無意識に資料の端をギュ、と強く握り締める。


ーーー船長じゃねぇ。あの頃と同じように、ローと呼べ。


少し離れた場所から、意地の悪そうな顔をしてデスクに頬杖をついたローが、口パクで私に指示を出す。その彼の表情は、共に海の秘宝を求めて何度も何度も様々な場所を旅をしていた頃と全く変わってなんかなくて。そしてその後、その時感じた私の予感は見事的中する事となる。


『ナマエ、さっさと俺の女になれ』


そう、ぶっきらぼうに此方に手を差し伸べてくれたあの頃のように。

きっと私はまた、何度も彼に恋をするんだ。

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