※現パロ (ヒロイン、なかなかのビッチです。何でも許せる方のみどうぞ)
生まれて初めて、思い通りにいかない女だと思った。
「あ、ごめん。起こした?」
深夜未明。薄暗い部屋の中、月明かりが彼女の横顔を申し訳程度に照らす。シュボッと質素な音をたてて一瞬明かりが灯れば、彼女は口にしたままの自分の煙草に火をつけながら小さくそう言った。
「……いや、別に」
「そ?なら良かった。ローも吸う?」
「あぁ、くれ」
「はい」
口に煙草を咥えたまま、フーっと気怠そうに白い煙を吐く女は俺のセフレでもあり昔の女でもあるナマエだ。出会った時がまだ10代だったからそれなりの付き合いの長さにはなるが、この女、昔から変わった性格でいまいち掴みようがない。
「あー…またこいつか。面倒くさ」
心底面倒そうにボーっと携帯の画面を見ながらボサボサ頭を掻きむしるナマエの端正な横顔をバレぬように盗み見る。左手に煙草を手にしたまま、またもやフーっと煙を吐き出しつつも「ねぇ、見てこれ。完全に頭イってると思わない?」とこちらに画面を向けて毒を吐いたナマエの表情は極めて険しかった。だが俺から言わせてみれば、お前のその無神経さの方が完全に頭イってんだよ。一体どの面下げてそんな事俺に言ってやがる。まじでふざけんじゃねぇ。
「あぁ?」
「ここ、ここのフレーズね。注目すべき観点は」
「『今日会えないならもう別れる』…あ?お前こんなカスみたいな男とも付き合ってんのか」
「まさか。こいつ妄想壁なんだよね。でも金回り良いから適当に繋いでんの。ほら私、服好きじゃん?あーあと靴もアクセもその辺お洒落に関するものぜーんぶ。だから金持ってる男は手放せないのよ」
「はっ…相変わらずクズみたいな生活送ってんな」
「ありがとう、それ私にとって最高の褒め言葉」
そう言って、自ら皮肉を口にして上手く立ち回る女に俺は日々心底苛ついている。こいつと別れたのはもはや大分前の話になるが、俺からしてみればそんなに時間が経過しているとは思えない程別れた後も頻繁に会っていた。そもそも別れた原因もこいつからの突拍子もない「まだ色々遊びたいから一人に戻りたい」という何とも身勝手な理由からだったし、そうは言いつつも『まぁ、その内戻ってくるだろう』と安易に考えていた俺の予想は見事に外れ今に至る。その宣言通り未だにフラフラと遊び回っているナマエはある意味ブレてはいないが、その反面何年経っても変わらない想いを抱えたままの俺にとって、彼女の言動と行動には振り回され続けていて腑に落ちないのだ。
しかもこの女…
「でも安心して?またローの元に戻ってくるから」
完全に俺の気持ちを知っててこんな発言をする、悪魔のような女なのだ。
野良猫
「終わりだろ、完全に」
「あぁ違いない、終わりだ」
「だな」
「ですね」
「……………」
てかあんなビッチの何が良いんですかキャプテン!最後にそう付け足したシャチはとりあえず無視するとして、今現在俺の機嫌はすこぶる悪い。そりゃそうだろう。何故なら頼んでもないのに勝手に俺のこの気持ちに結論を言い放ったこいつらの性格が悪すぎるからだ。
「おい…誰がそんな忠告しろなんざ言ったかよ。余計なお世話なんだよ馬鹿が」
「トラファルガー、お前正気か?そもそもあの女とお前が別れて何年になる?2年だぞ、2年。お前2年って言ったらどんだけ他の良い女を抱き倒せると思ってやがんだ。完全に馬鹿はお前だろうが」
「良い女なんざ腐るほど抱いてる。お前と一緒にするんじゃねぇよ、ユースタス屋」
「おいキラー。俺こいつ張り倒していいか?」
「いや、まだ早い。もう少し辛抱しろ」
「キャプテンは昔から本気になった女には弱いですからね。当分ナマエの魔の手からは逃げられないと思いますよ」
「早く目を覚ましてくださいキャプテン!何なら俺が代わりにあのビッチを相手してやってもいいですから!俺あいつの顔だけは好きなんで!」
「おいキャスケット野郎、奇遇だな。俺もあいつの顔だけはタイプだわ」
「あ、俺もですね」
「俺もだな」
「…………てめぇら」
やんややんやと居酒屋で好き勝手に討論を続けるこいつら4人は俺の悪友…とでも例えようか。別に大した会話を繰り広げる事など滅多にないが、日々こうして各々好きな時に集まってくる自由な奴らだ。左から、ペンギン、シャチ、キラー、ユースタス屋。呼び名は俺がその時の気分で決めた為、ユースタス屋だけこの謎な呼び方である。たまにそれについて文句を言われたりするが、まぁ俺からしてみればそんな事なんざ知ったこっちゃねぇ。呼びやすさ重視だ。
「お前も不憫な男だなトラファルガー。結局ただの都合のいい男に成り下がったか」
「うるせぇな、てめぇは少し黙ってろ」
「にしてもまじでいつまで続ける気なんですかキャプテン」
「あぁ?」
「ナマエ、あいつはハッキリ言って厄介な女ですよ。俺からしてみれば掴みようがない野良猫みたいな女ですから」
「野良猫!ペンギンナイスだなその例え!」
「おいシャチ、全部食べ終えてから発言してくれ…汚い」
そう言ってキラーが悩ましげに頭を抱えたのを横目にぼんやりと考える。野良猫…確かにな。昔から自由奔放に生きるナマエには正にピッタリなあだ名だ。頭を撫でてやろうと近付いても知らんぷり。餌付けしてやろうとあれやこれやよくしてやってもそ知らぬふり。あいつ、今更だが本当に面倒な女だな。
「あ、誰か携帯鳴ってね?」
「俺じゃねぇわ」
「俺でもねぇ」
「俺…でもないな」
「……………俺だ」
全員一致で無言の視線を浴びるのを無視して画面を勢いよくスライドさせる。電話口の向こうから聞こえてきたのは俺が今一番逢いたくて仕方がない女の声だった。
『あ、ロー?今どこ?』
「地元の居酒屋。お前は?」
『私は友達ん家からの帰りー。なんだ飲んでるんだ。ならいいや、邪魔してごめんね』
「いや待て、そこに居ろ。今から迎えに行く」
『え?だって今飲んでるんでしょ?いいよ別に、大丈夫』
「うるせぇ、いいからそこで待ってろ。場所はLINE入れとけよ。じゃあな」
強引に通話を切った直後に降り注ぐ冷ややかな視線。どうせこいつらが言いたい事は分かってる。俺に向かって馬鹿だ、騙されてる、とでも言いたいんだろお前ら。
「悪ぃ、先に出る」
「へいへい、本日もご愁傷様だな」
「右に同じく」
「じゃあ俺は左に同じく」
「俺は前方から同じく!」
キャプテン!グッジョブ!そう言って訳が分からねぇ笑顔でシャチに親指を立てられる。もはやいちいち反応を示すのも面倒くせぇ。よって無視する事とする。
「せいぜい足掻く事だな。完全に溺れ死ぬその時まで」
踵を返して2歩程進んだその時、ユースタス屋が気怠げに煙草を咥えたまま俺に告げる。その言葉の意味を瞬時に判断し、弧を描いて薄く笑い返してやった。
「望む所だ。溺れ死んだ後にある楽園まで俺があいつを連れて行ってやるよ」
そう宣言して店のドアを勢いよく開け放てば、季節の変わり目を告げる冷たい夜風に思わず目を伏せた。冷静な自分と本能むき出しな自分。あいつに逢う前の俺はいつもその二つの感情によって支配される。携帯を薄手のトレンチコートのポケットから取り出しLINEの通知を確認してナマエの居場所を確認する。そして最後に届いていた言葉に、俺は無意識に口角をあげて小さく笑った。
『早くー寒いー』
決してお世辞にも可愛いとは言い難いその自己中な発言。それさえも愛おしく感じる自分が完全に末期状態なのは明白だった。
「あ、やっと来た。おっそー」
「タクシーがなかなか捕まらなくてな。悪かった」
「うん良いよ。冗談冗談。何処に行こっか」
「お前もう飯は食ったのか」
「うん、軽くね。友達ん家で」
「へぇ…」
ナマエは都合が悪い時にいつも決まって『友達』というフレーズを俺に主張する。本人的には上手く誤魔化してるつもりなんだろうが正直分かりやすい。恐らく俺以外の男と逢っていたんだろう。そしてその相手はこの前面倒だとやたら口にしていたあの男の事だろうなとぼんやり思った。が、それを俺の口から彼女に問い詰める事はない。束縛めいた事を口にしたところで、『彼氏でもない癖に』と言われて終わるからだ。だから見てみぬフリをする。それが一番利口だと、この2年間もの間よく学んだからだ。
「俺ん家来るか」
「うん、良いけど今日私あんまエッチする元気ないよ」
だろうな。そう心の中で返事を返して無言で駅方面へとナマエの手を掴んで歩き出す。さっき店を出てきた時と同じ冷たい北風が俺達二人に風吹き、何故か少し胸が痛んだ。隣で呑気に「ローの手はいつも暖かいね」なんて喋ってるナマエの手を握り締めながら、何となく泣きたい気持ちに陥った理由は多分、柄にもなく自分が報われない恋をしているのだと嫌になる程理解しているからだろう。
「あ、ロー見て。綺麗!今年ももうこんな時期になったんだねー」
目をキラキラと輝かせて俺の腕にしがみついたナマエの視線の先を辿れば、道路の両脇に連なる沢山のイルミネーションが視界一杯に広がっていた。どうやらそれを機に彼女のテンションはぐんぐん上がったようだ。鼻を赤くして、嬉しそうに写メを撮るナマエを横目にふつふつと湧き上がってくる黒い感情。その衝動を抑え込む事が出来たら一番良いし早いんだが、生憎今の俺にそんな余裕はないらしい。
「おい」
「え?……ちょっ…ロー!」
何処行くの?まだ写メ撮ってないよ!そんな文句を背後から主張するナマエの腕を強く引っ張って人通りの少ない路地裏へと連れ出す。そして壁に両腕を押しつけたまま荒々しくナマエの唇を塞いだ。
「……っ!ロー…どうしたの…っ?」
「うるせぇ…いいから黙ってろ」
キスの狭間、目を丸くしたままナマエが悩ましげに俺に問う。それを制して彼女の後頭部と腰に即座に腕を回し、今度は完全に喋れない程深く深く口づけてやった。そしてそれと同時に改めて気付かされた。嫉妬だ、完全に。俺は今自分でも予想以上に、見たこともなけりゃ話した事もない男に対して殺してやりたい程嫉妬している。
「全部…お前のせいだ。お前が2年前俺の首輪を拒否したせいだろ…見てみろ。訳が分からねぇ輩でお前の周りは溢れ返ってやがる」
「………ロー」
「このバカ野良猫が…」
ようやく唇を話したと同時にその小さな身体を力強く抱きしめた。そして出てきたのは辛辣な台詞。でも弱弱しく呟いたせいか、ナマエは困ったように笑って俺の腰に腕を回し、そしてこんな残酷な言葉を吐き捨てた。
「嫌なら別に無理して餌付けし続けなくたって良いんだよ?…ローはいつだって飼い主を辞める事だって出来るんだから」
飼い主のポジションなんざ当の昔に無くなっただろうが。そう言いたくても言えない。ぐっと唇を噛んで思わず言葉を飲み込んでしまうのは、それ以上に俺自身がこいつに心底惚れていると分かっているからだ。
「あぁ…そうだな」
全く納得してない癖に、こうして俺はまた一つ嘘を重ねる。懐いてくれる訳でもなく、自分の腕の中に閉じ込めて置く事も不可能。俺の手には負えない、そんな女だって事も充分分かっている。でもどうしても手放せない。手放したくはない。まさか自分がこんなにも醜くくて辛い想いをするとは夢にも思ってなかった。
「ねぇ、もう一回イルミネーションまで戻ろうよ。んで2人で写メ撮るの。イルミネーションをバックにして!」
ね?ロー行こう?
そう言って、スルリと俺の腕から上手くすり抜けたナマエが少し離れた場所から俺の名前を呼ぶ。その姿を前に一度深く深呼吸をし、夜空に向かって大きな溜息を吐きつつもゆっくりとナマエとの距離を縮めながらカツカツと革靴を地面に響かせた。
「…………来年の今頃、俺はお前の隣に居れてんのかよ」
もう何度目だ、そんな切ない自問自答を繰り返すのは。
俺の報われない想いと共に、その言葉はガヤガヤと騒がしい夜の喧騒の中へと散っていく。まるで始めから存在していないかの如く姿を消す、野良猫のように。
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