昔、誰かが私にこう言った。『恋と言う物は、経験すればするほど女の子は輝くものだ』と。確かにその見解は間違っていないと思う。でもそれはあくまでも上手くいってるカップル限定の話だと私は主張したい。

……じゃあ例えば、毎日毎日いざこざが絶えないカップル達は一体どうすればいいんだろう。輝くどころか、このままじゃ神経がすり減っていく一方なんだけど。





「はぁ?また喧嘩?」

「そ、遂に4日目。お決まりの冷戦状態」

「あぁ、またそのパターン。あんた達ほんと喧嘩するの好きね」

「うるさい」

遠くでザザァ、というさざ波の癒される音色を聞き入れつつ、開始早々罵倒を浴びせる私は一体どれだけ心が荒んでいるのだろうか。目の前にちょこんと存在している電伝虫の表情はお決まりの呆れた表情で、思わず眉を寄せてしまう。だが仕方ない。これはれっきとした緊急事態なのだ。反射的に顔が歪んでしまうのは自然の摂理というものである。

「はいはい、じゃああんたとトラ男は一週間に一回は緊急事態ってことになるわねー」

「なによ。ナミから私に電話して来たんでしょう?あんた達最近どーなのよーって」

「そうだけど、毎回毎回返ってくる言葉が同じだったらうんざりするでしょうが。何でいつもタイミング悪く喧嘩中なのよ。あんた達の幸せなエピソードなんて、もうかれこれ半年以上は聞いてない気がするんだけど?」

「いやいやいや、仲良い時は凄く仲良いのよ。ただいっつもナミが電話してきてくれる時は絶賛喧嘩中なだけで」

「だからそれが問題だって言ってんでしょ」

電話越しに、はぁ、と大きな溜息をつくナミの声がやけに胸に突き刺さる。言いたい事は分かる。確かにここ最近彼女に近況報告をする時は何故か決まってローとの喧嘩話ばかりだ。だがこちら側の意見にも耳を傾けてほしい。前回も前々回もそのまた前回(以下略)だって、どう思考をこじらせてみても原因は私じゃない。生粋のワガママ隈野郎、トラファルガー・ローならぬ我が彼氏のせいである。

「で?原因は何な訳?」

「そんっなに聞きたいなら仕方な」

「やっぱいいわ」

「あっ…!!ちょっと待っ」

てよ!と言う言葉はまんまと封じられた。なによ。そんなさっさと電伝虫を切らなくたっていいじゃん。ナミとの付き合いはかれこれ長いもんだが、いつもこんな感じで軽くあしらわれる事が多い。やはり女の友情はハムより薄いのか。持つべきものは親友よね!…なんて台詞、どうやら今回の所は使う機会が無さそうだ。

「はーもう…嫌んなるわ」

バタ!と勢いよく後ろから倒れたベッドに大の字でダイブすると、フワっと微かに舞い上がった埃がヒラヒラと辺り一面に広がる。その行方を辿りつつも脳内に思い浮かぶのは、ここ最近くだらない理由で言い争いをし合っているローの横顔だった。

『てめぇ…いい加減にしろよ』

そう言って、もはやこの世の者じゃない程のぶっとい青筋をたてて凄んだ我が彼氏の表情は、どう頭を捻り潰しても愛する彼女に対するそれではなかった。因みに事の発端は何てことはないただの言葉のやりとりだ。

『たまには好きって言ってよ。』

恋する乙女なら、一度は彼氏との間に勃発する議題ではなかろうか。…そう、ただそれだけ。たったその一言が聞きたいだけなのだ。なのに何だあの鬼畜野郎は。『面倒な事言うんじゃねぇよ』と、バッサリ辛辣な言葉を吐き捨ててくれやがった。こんな発言、ここ最近のドSメンズでもあんま言わないと思う。好きになる男を間違えたか。

「ナマエーキャプテンが呼んでるよー!」

コンコンと、可愛らしく2度ノックした後に愛らしい我がハートの海賊団マスコット兼航海士のベポがひょっこりとその頭を覗かせた。あぁ可愛い。なんって癒されるの。どっかの誰かさんとは大違いだ。しかしベポよ、幾ら君が可愛いくてもその要求は飲めないんだ、すまん。ってな訳で狸寝入りをバッチリ決め込ませて頂きます。おやすみ。

「あれ?なんだ寝てるの?キャプテンー!ナマエ寝ちゃってるみたいー!」

「あぁ?」

その名の通りスッポリと頭まで被った布団内にてヒヤリと一つ嫌な汗が米神に伝わった。あぁなんという最悪な展開。可愛さ余って憎さ百倍。

「ね?寝てるでしょ?昨日の海軍との対戦で疲れが溜まってたのかな」

「………ベポ。お前は持ち場につけ。ナマエの事は俺が面倒を見る」

「アイアイキャプテン!じゃあ宜しくね!」

待って!行かないで!と心の中で叫ぶ私の声はベポには届かない。寝てる私に気を使って、パタン…と静かに扉を閉めた音が何だか更に気まずさを演出した気さえする。どうにかこの状況を打破する手だてはないのか。そんな現実逃避をしてる間にギシっとベッドの軋む音がし、狸寝入りを決め込んでいる私に向かって「おい」と、低い声が降り注いだ。

「グーグー…」

「ROO」

「はいなんでしょう船長様!!」

くそっ。やはりこの男に嘘は通じない。下手に誤魔化そうとして前みたいにバラバラにされるよりは、さっさと神対応してお帰りを願うしか道はない。

「てめぇはガキか。いつまでそうして不貞腐れてやがる。さっさと機嫌直せ」

「じゃあ言ってよ。愛してるって」

「…何どさくさに紛れてハードル上げてやがる。誰が言うかそんなくだらねぇ事」

「何故!世の女子達は常に愛してるとか好きって言葉を望んでるもんだよ!」

「そうかもな。だがお前は相手が悪かった。てめぇが付き合ってんのはこの俺だ。どう考えてもありえねぇだろ」

「えぇ、そうですね!あばよ」

神対応するどころかまるで真逆の逆ギレでバサ!と再び勢いよく布団の中に丸まる。駄目だ。やっぱり付き合う男間違えたって私!何だってこんな愛の無い男にしがみついてんだろう。よく考えたら分かる事じゃないか。奴はどんなにこちらが望んでも甘い言葉なんて吐かない男だと。

「……よく分かった。お前は俺と仲直りする気ねぇんだな」

「…………」

「じゃあ一生そこでそうしてろ。残念だったな。今日はお前の大好きなハンバーグだったのに」

「…………」

「あばよ」

「…………ちょい待ち」

無視を決め込んで僅か数秒後。奴にぎゃふん!と言わせるどころか逆にこっちがぎゃふん!と言ってしまいそうだ。なんなの。なんで今日に限ってハンバーグなの。そんなの起きるしかないじゃん!機嫌直すしかないじゃん!無意識にローの服の裾を掴んだ私の右手もきっとそう嘆いているに違いない。

「……私の分、ちゃんと取っといて」

「あぁそりゃ無理な話だな。うちの船員共はお前と同類で皆食い意地が張ってんだろ。諦めてそこで狸根入りでもしとくんだな」

「じゃあローが責任持って保存しといて」

「そりゃもっと無理な話だな」

「なんで!」

「だったら機嫌直せ。俺はいつまでもつまらねぇ事でイジけてやがる女のフォローなんざしねぇ」

「ぐっ…!」

してやられた。なんって巧妙な手口だ。わざわざ顔を出しに来たくせに一切自分は折れず、挙句の果てには餌で私を釣って無理矢理仲直りさせようとするとは。…だがしかし、かと言っていつまでも意地張ってこのままの状態で居られる訳がない。生物という物はどんなに腹が立っても、悲しい事があった時でも平等に腹は減るのだ。致し方がない。ここは涙を飲んで謝る事にしようじゃないか。全てはハンバーグの為に。

「す、すいませんでした…」

「あぁ?聞こえねぇな」

「す、すいませんでした!」

「もっと大きい声で」

「ほんっとすいまっせんした!!」

「いいだろう。じゃあそこで大人しく寝てろ。今救急箱持ってくる」

「………え?」

ベッドに埋まるんじゃないかと思うくらい深々と下げていた頭をゆっくりゆっくりと上に上げる。ようやく重なり合った互いの視線が交差し合う中、「怪我してんならさっさと言え馬鹿」と呆れたような、それでいて困ったような表情でローはそうボソっと呟いた。

「お前と一緒にいるとロクな事がねぇな」

わざわざ取りに行くのが面倒になったのか、能力を使って隣の部屋から救急箱を手にしたローがはぁ、と小さな溜息を吐く。そのまま昨晩私が自分で手当てした腰の包帯をあっさりと解き、「なんだ、このチンケな応急処置は」と小言を吐きつつも丁寧に消毒液をつけてくれた。

「………ロー」

「なんだ」

「……消毒液痛い」

「我慢しろ。それだけお前が昨日海軍と殺りあった結果だ」

「…………」

「にしてもお前よくこれちゃんと止血出来たな。下手したら傷残るんじゃねぇか」

「………ロー」

「……なんだ」

「…………好き」

「…………」

せかせかと消毒してくれている手がピタリと止まった。俯いたままの私の顎を軽く持ち上げられた瞬間ふっと二つの影が重なる。それがキスされたのだと気付くのにはあんまり時間は掛からなかった。

「……何泣いてやがる」

「だって…何か幸せ感じちゃったんだもん」

「……単純なやつ」

「えへへ」

相変わらず好きだとか愛してるとか滅多に言ってくれない彼氏だけど、本当はずっと前から分かっていた。軽々しく愛を伝え合うより、行動が全てを表しているんだと。安っぽい言葉を並べても、約束を果たせなきゃ意味がない。どんなに深く愛してると主張された所で、大事な物を守り続けなきゃ存在する意味もない。…あぁ、そうか。きっと私は彼のそういう所に惹かれたんだ。

目的を達成する為には手段を選ばない、そんな強い信念を持ったトラファルガー・ローという男に。

「飯持ってくる。お前は大人しくそこで寝てろ」

「…うん。ありがとう、ロー」

多分、これからもずっとこんな感じでやっていくんだろう。何度喧嘩したって、何度すれ違ったってこの関係は不変だ。そしてきっとこれからもっともっと私の輝きは増していく。だったら成すがまま転がされていこうじゃないか。



恋愛マスター でもある、我が愛しい彼氏と共に。



「愛してるくらい言ってやれば良いじゃないですか」

「………ペンギン。盗み聞きとは頂けねぇな」

「あいつ、ずっと年がら年中あんたの惚気話してるんですよ。たまには褒美ぐらいあげても良いんじゃないですか」

「まだ時期じゃねぇ」

「…………はい?」

「こういうのはな、あいつがもう駄目だと自覚して限界突破した時に言ってやるもんだ。そして結果あいつはますます俺から離れられなくなる。それで良い」

「あんたどんだけドSなんですか…」

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