※現パロ


「これってさ、運命ってやつじゃねぇ?」


そうやって、今現在、私の肩を抱き寄せたまま首を傾げる一匹の雄がいる。因みにこれは何かの漫画の出来事ではない。あまり認めたくはないが、いわゆるケツの軽い女と認識された、俗に言うナンパってやつだ。何の因果があってこんな人混みの中、15秒前に初めて会話した訳分からん男と『運命』について語りあわなきゃならないのだ。とりあえず、速やかにその汚い手をどけなさい。さもなければ、あんたの股間に激しい一発をかますぞ。

「あのさぁ…見て分かんない?ご覧の通り、今私電話中なのよ。しかもだーーいすきなダーリンと。さぁ、行った行った!うざい」

「ひっでぇ〜!そんな邪険にしなくたってよくね?…あ、そうだ!彼氏と待ち合わせ場所どこ?俺ちゃんと君をその場所まで送り届けてあげ」

「結構よ。ほら、シッシッ!」

まるで犬を追い払うように、右手をヒラヒラとかざしてやれば「なんっだよ!ブス!お高くとまってんじゃねぇよ!」との暴言を頂いた。うるせえ。ブスで結構。つーかブスじゃねぇし、どう見ても自分可愛いし。負け犬の遠吠えうぜぇんだよ。とかなんとかかんとか心の中で罵倒しつつも、通話したままの電話相手に「もしもし?ごめんごめん!」と、いつもの調子で軽く謝った。

「おい…誰がダーリンだ。ふざけた事言ってんじゃねぇよ」

「いいじゃん、ちょっとくらい。ナンパはあれくらいの気迫じゃないと引き下がらないし、彼氏いてもいなくても自分男います!アピールは必要不可欠なもんでしょ?」

「どうだかな…てめぇに限ってはそんな回りくどいやり方なんざしなくとも、ある意味余裕な気がするけどな」

「おっとローくん、今私にサラーっと喧嘩売った?」

「心外だな、どう考えても褒めてんじゃねぇか」

「あっそ。ならいい。…あ、てかもう着いた。中入るね」

終話画面をタッチしたのと、ガランと店のドアを開けたのは多分ほぼ同時だった。「いらっしゃいませー!」と、シンプルで可愛い薄茶色のエプロンを腰に巻きつけた店員に、お連れ様はあちらですと、店の奥へと案内される。このお店はまだ2回目だというのに何にも言わなくても席へと誘導されるのは、相手がローだから。相変わらずスマートで完璧な男だ。嫌味ったらしい性格は横に置いといて。

「……遅ぇ。やっとか」

「言い訳はしません。ご存知の通り、この美貌のせいでナンパされまくって遅れました。いやはや申し訳ない。」

「くだらねぇ事言ってねぇで、さっさと飲み物注文しろ」

「へーい」

ローの不機嫌さを追いやるようにやる気のない返事を返せば、テーブルの下から軽くすねを蹴られた。痛いじゃん、バカ。私の可愛い脚に痣でも出来たらどうしてくれんの。この万年どS男め。

「じゃあ、やっぱ最初は生で!あ、すいませーん!お姉さーん!」

メニュー表を持ったまま、もう片方の手をヒラヒラ左右へ動かし、『自分、あなたを呼んでますよ!』アピールをして生を注文した。料理についてはいつもローが私好みのメニューを勝手に頼んでくれるから、今日も私の任務はドリンクオーダーだけだ。そんな事を考えつつもふぅ、と謎の一息をついて、大して汗ばんでもない首元にパタパタとメニュー表をうちわ代わりに仰ぐ。

「おい、てめぇ1ミリも急いでねぇくせに無駄な演技してんじゃねぇよ…ふざけてんのか」

「あ、バレた?じゃあー大人しく乾杯と行きますか。はい、カンパーイ」

「…………」

我ながら恐ろしいレベルの早さで切り替えた私に呆れたのか諦めたのか、はぁ、と深い溜息を吐きつつも、ローは注文して速攻やってきた私のグラスに、コンと一回、軽く音を鳴らした。うむ、やはり仕事帰りの酒は格別だ。生きてて良かった。

「で?今日は急に飲みに行こうなんてどーしたの?珍しくない?ローが飲みに行く当日に連絡してくるなんて」

「別に。ただの気紛れだ。どうせお前、仕事終わってからも毎日暇してんだろ。」

「失敬な!いつも予定あるわい。今日はたまたまアポが入ってなかっただけで」

「おい、来たぞ。さっさと受け取れ」

「聞けよ!人の話!」

私が普段どれだけ周りから愛されキャラかと熱弁しているにも関わらず、ローはさぞ面倒くさそうな顔をしつつも店員からお皿を受け取ってテーブルに静かに置いた。あぁ、そういう感じですか。いわゆる無視ってやつですね?

「…にしても、お前来て早々よく食うな。まるで餌に餓えた獣だな」

「うるっひゃい…!しぎょとがえりははらがへるのよ…!」

「おい…汚ねぇな。全部飲み込んでから喋りやがれ」

「ぷはっ…!なら食べてる時に話掛けないでよ!」

ダン!と、生ビールのジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけてローをギロリと睨んでみる。が、奴はクスクスと高らかに笑うだけで見る限り何のダメージも見当たらない。そんなふてぶてしい態度が腹立って仕方ないが、トラファルガー・ローという男は、そういう男だ。いつ会っても隙が無い。

「あのねぇロー、そんな事言っても世の中は良いように出来てんのよ?」

「あ…?何の話だ」

「こういうガサツな女でもごく稀にいるのよ。物好きな男が」

「嘘付け。だったらとっくに男いんだろうが」

「はっはっはー、馬鹿め!ご生憎様、こっちにも選ぶ権利ってもんがあんのよ!自分のタイプじゃなければ、即さよ〜なら〜よ!」

「……タイプだぁ?」

「そう、タイプ!それ当てはまってなかったら付き合う以前の問題でしょ?」

そう言い残して直ぐに、テーブルにある料理に再び箸をつけた。大好きなサーモンのお寿司を喉に流し込めば、何とも言えない素晴らしすぎる味が口内に広がっていく。うっとりしながら2つ目へと箸を伸ばしたところで、「おい」と、ローに声を掛けられた。

「うん?なに?」

「…ナマエ、お前にもあんのか」

「は…?」

「そのくだらねぇ、男のタイプ、とやらは」

「は…?」

偉く低い声で呼び止めるもんだから何事かと思いきや、突拍子もないローのその質問に掴んでいたサーモンをお皿に落としてしまった。だってローがそんな事聞いてくるなんて未だかつてない大事件だから。いつも私が女子特有のガールズトークを繰り広げようとしてみても、「俺は愛だの恋だの、そんなくだらねぇ話は嫌いだ」の一点張り。なのに、え、なにこれ。つーか誰これ。頭でも打ったの、トラファルガーくん。

「な、なによいきなり…」

「これと言って話題もねぇし、さっさと言え」

わ、話題もないって…じゃあ毎回毎回思い出したように誘ってくるなよ!と、言いたいのを何とか我慢して、言われた通り自分のタイプを脳内に思い描いてみる。えーっと、まず経済面はしっかりしてて欲しいでしょ?やっぱ愛だの恋だの言う前に、お金はあってこしたことはないじゃん?あと私がこういう性格だから言いたい事があったらハッキリ言ってくれる人でー…あ。将来子供が出来た時に数学やら英語やら完璧に教えられる人もいいなー、え?何でって?そんなの私が教えらんないからに決まっ、

「もういい。長ぇ…」

「て、おいっ!早ぇよっ!」

芸人さながらのツッコミを一通り入れ終えたところで、さっき食べ損ねたサーモン寿司へと再度手を伸ばす。勿論、お口直しの為だ。ったく、何なのよこの男は。自分から聞いてきたくせに話を中断するなんて。…あ、そんな事より今度こそ落とさないように、慎重に慎重に…

「要するにあれだな。お前のタイプは俺って事だろ」

サーモンを掴みとる予定、だった筈なんだけど…?

「は、」

「俺は腐る程金持ってて、相手に容赦無く自分の意見は曲げねぇ。更に医者という立場上、まぁこの通り頭も良い。因みに完璧なルックスも持ち合わせている。つまり、後に俺とお前のガキが出来た暁には、問答無用でテストは毎回満点だ。どうだ、どう考えてもお前のタイプはこの俺だろ」

いつもの低音ボイスで淡々と意見を言って述べた目の前の男は、自分の主張に満足したのだろう。手元の酒を一気に喉に流し込んで、さぞご満悦のご様子だ。だが待て。あんたが何に対してそんなご機嫌なのかは知らんが、こっちとしてはただのちんぷんかんぷんである。そして声を大にして言いたい。確かによく考えてみれば条件はピッタリかもしれないが、その相手は確実にあんたじゃない。うん、ちょっと落ち着こうか。話が全然見えまてん。

「あ、あのさぁー…ロー。それはちょっと違」

「あぁ?」

「わなくもないですね!うん、そうかもしれない!いやー、まっさか理想の人がこーんな近くにいただなんて!私ってば運がいいなー!あはははははは!」

後頭部に手を当てたまま、さっき掴み損ねたサーモン寿司をパクリ、と勢いよく口に放り入れて場を繋ぐ。もはや生きた心地がしないこの状況下では、サーモンの味なんて分からなくて当然だ。そんな甘っちょろい事考えてたら殺られる…!何かよく分かんないけど、今ここで話合わせとかないと後で絶対私殺られる…!

「まぁ、お前がそんなに懇願するなら考えてやってもいい」

「………は?」

「俺としてはもう少し品のいい女が良かったが、まぁ理想と現実は違うって奴だ。不服だが、1万歩譲ってお前を受け入れてやるよ」

「あ、あのー…もしもし?トラファルガーくん?」

「まずはその色気のねぇ服装改善からだな。おい、週末予定入れんじゃねぇぞ。俺がてめぇに女の色気って奴を教えてやる」

「い、いやあのー別に頼んでな」

「10時に迎えに行く。遅刻なんざしたら100倍返しだ」

そう言って、何故か偉そうに一度頷いた後、ローは煙草に火をつけた。その表情は心なしか満足そうにも見える。

おいおいおい、ちょっと待て。は、なに?なんで今私ローの女に格上げした?しかもまさかの補欠当選。しかも1万歩譲ってとかいい身分だなおい。普段どんだけ下に思われてんだよ、私。って、そんな事言ってる場合じゃない。話を巻き戻そう。えーっと、とりあえず私の理想のタイプを聞いたローが何故か自分にピッタリ当てはまると。んで、それを考慮して私を自分の女にしてくれると。要するにそういう事ですね?そういう事なんですよね?ローさん。

「…あ?なんだ、その間抜けた顔は」

「あのさぁ、ロー。別にそんなお情けとかいいよ。私別に選んでるだけで決して選ばれてない訳じゃないしさ。ほら、現にさっきも来る途中ナンパされてたじゃん?私」

「おい、てめぇ頭沸いてんのか。ナンパされる女なんざ、結局やりたいだけに決まってんだろ。相変わらず都合いい解釈してんな、お前」

「はい、ちょっとタンマー。そんなの普通に分かってるから。あーもう、じゃなくってさぁ…何て説明すれば良いのか…」

「あぁ?」

「…よし、分かった。面倒くさいし、もうこの際はっきりと聞かせて頂こうじゃないの」

おほん!と一つ咳払いをして、3つ目のサーモンを掴む予定だった箸を丁寧にテーブルに置き、そのまま体勢を変えて、ゆっくりとその場に正座なんてしてみた。そんな私の突然の行動に、無論ローは「何してんだてめぇ」オーラがぷんぷん漂ってきているが、そこは綺麗さっぱり流す事としよう。

「要するにローは、私に惚れちゃってる!ってこと?」

「…………」

うん、もうあれこれ考えるの面倒だったから結論から言っちゃった。まぁ、これだけ問い詰めればさすがのローも首を縦には振らないだろう。ってか、逆にこっちが困るのよ。今更ローの事を男となんて見れないんだからさ。どうせなら何年も前に自分の中で終わらせた想いを受けとめて欲しかったわ。ばーかばーか、その手には乗らないもんね。2度も失恋気分なんてこっちから願いさ、

「まぁ、そうだな。惚れてんのかもな」

げって、は…?

「どうしたもんだかな。女の趣味壊れたか、俺」

そう小さく目を伏せたローの表情は、何だかいつもよりも優しく感じて思わず戸惑った。残り最後の白い煙を吐き出し、頬杖をついたまま灰皿に擦り付けるローをまじまじと真正面から見つめてみる。と、同時に煙草を消し終えたローと目が合った。こちらに視線を向ける彼の表情は何とも獣じみた目付きをしていて、目を逸らそうにも逸らせない。まるで蜘蛛の巣にでもハマった気分だ。それを知ってか知らずか、即座にその場を立ち上がったローは、長い脚でテーブルを挟んだこちら側に距離を詰めた後、壁に追いやられた私の耳元に唇を寄せてわざと息を吹きかけてくる。

「…ナマエ、あえて今言ってやる。俺の女になれ」

「ロ、」

「女は、こういう言葉が一番好きだろ」

答える間もなくその直後に降ってきたローの深くて甘いキス。いくら個室とは言え、ここは店の中だ!とか、理性を保て自分!とか、どれだけ頭の中で唱えてみても、どうもその効果は得られなかった。

だって私にとってそれは、何年もの月日を飛び越えてようやく訪れた、願ってもない幸せだったから。

運命論

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