※現パロ



今までそれなりに恋はしてきたけれど、今の恋はそのどれにも似てない。

好きだの嫌いだの痴話喧嘩をして、互いに束縛し合って、離れて、またくっついて。それが当たり前だと思っていたし、ましてや恋なんて、その繰り返しだとさえ思っていた。

「ロー、こっち。早くー」

……だって、そうでしょう?それが恋って奴でしょう?

「今行く」

それがまさか、自分の好きな人が絶対に手が届かない人だなんて。

「ナマエもー!早くー」

「………あー、はいはい。今行くー」

まさか、好きな人が友達の彼氏だなんて。


恋って、案外辛い。





「しっかしあれだね。ナマエ、あんたもう枯れてるね」

「………………」

いい加減、男作れば?

白々しい程冷静に、そう私に言い放った親友は目の前のグラスを手に取り、ズズーっとレモンティーを啜りながら余計な忠告を口にした。

「…………は?余計なお世話なんですけどー」

「だってあんた、もう何年よ。男いないの」

「聞く?それ聞いちゃう?私が傷つくの分かっててそれ聞いちゃう?」

「わはは。哀れだなナマエ、もう俺と付き合うか」

「うっさいキッド。あんただけはない」

「安心しろ。俺もお前だけはねぇよ」

じゃあならそんなくだらん冗談を言った。と、言いたいのをグっと堪えて、代わりにテーブルの下からキッドのスネを蹴り上げておいた。奴は「痛ぇ!」と叫んでいたがそこも当然無視。さらばキッドよ。あんたとの儚い友情も今日までだ。

「別に無理して男なんざ作らなくても、その内出来るだろ」

「え?」

「こいつの場合はな、枯れてるんじゃねぇ。自ら望んで枯らしてんだよ」

「ちょっとそこの隈の濃い人。それどーいう意味?」

「はっ…どういう意味だろうなぁ?」

心底ダルそうに椅子の背凭れに腕をダランと伸ばして、いつものように憎まれ口を叩く男。奴の名はトラファルガー・ロー。私の腐れ縁でもあり、親友の彼氏でもあり、………そして。

「………あんたなんて大嫌い」

「そりゃ光栄な事だな」

厄介な事に、私の好きな人でもあるのだ。



『そこ、俺の席』

ローとはじめて出逢ったのは、高1の時。入学して早々同中の仲の良い友人達と離れ離れになって、テンションがだだ下がりしていた時の事だ。

『………え?』

『え、じゃねぇよ。だから、そこ俺の席。入学して早々堂々とボケかましてんじゃねぇよ』

『なっ…!』

なっんて失礼な男なんだろう!それが第一印象。そしてその後直ぐに冷静になってイケメンだなとも思った。が!しかし。イケメンだからって何でも許される訳じゃない。勿論暫くの間は普通にローの事は嫌いだった。だって、口を開けば理論的だし、ましてや女にモテるからか常に自信満々だし。良い所なんてルックスだけだ!とさえ思っていた。

『何やってやがる。本当鈍臭ぇなお前』

『るさいな…!仕方ないでしょ。気合い入ってたんだから』

『はっ…気合い入れた結果ゴール直前で派手にこける辺り本当、お前だな』

『もー…なにあんた。わざわざこんな所でまで私の事馬鹿にしに来たの?性格悪っ…』

『馬鹿言え。わざわざ心配で来てやったんだろうが』

『……………は?』

『ほら、さっさと脚出せ。俺が手当てしてやる』

それは、入学して初めての体育祭。運動神経なんて無いに等しいこの私が、何だか知らんがリレーの選手に選ばれて、そして何だか知らんままゴール直前で派手に転んだ。恥ずかしいやら気不味いやら、何とも例え難い感情と共にヨロヨロと辿り着いた保健室には先生さえも居なくて、最早ミジンコにでもなりたいとか思っていたその矢先に奴が現れたのだ。

『…………なんか、やたら手際良くない?』

『当然だ。ガキの頃から親に嫌って程教えられてきたからな』

『は?なにそれ。まるで医者の家系だーとでも言わんばかりの発言じゃん』

『言わんばかりじゃねぇ。医者の家系だ』

『……………は!?』

『おら、出来たぞ。痛みがひくまでこのまま安静にしてろ』

淡々と、そう冷静に口にしたローはそこに小さな溜息を残した。心底呆れた表情で消毒液を棚に戻している後ろ姿に向かって、『ありがとう』と小さくお礼を伝えてみる。ほら、人としてさ。大事じゃん。そういうのは。

『どうしたお前…熱もあんのか』

『ないわ、バカ。本当に助かったからお礼ぐらい言っとこうと思っただけ』

『いつもそのぐらい素直になれよ』

『はい、もう言わないー絶対言わないー』

お礼を言って3秒で後悔した。何処までも憎たらしい男だ。……嫌い。ローなんて、大嫌い。

『先に戻る。とりあえず横になってろ』

『うん…』

ポンポンと、2度私の頭を撫でて最後に優しく微笑んだロー。そのまま横を通り過ぎてグラウンドへと戻って行った。軽く触れられたそこがやたら熱を帯びて、それにつられるように徐々に頬まで熱くなってくる。米神を抑えながら、嫌な予感がしたその時の私は、まるで自分の気持ちを押さえ込むかのように大きく深呼吸をして、一人窓から見える蒼い空を見上げた。



「今考えたら、絶対あそこだったなー…ターニングポイント」

トホホ、と深く溜息をついて手元の珈琲を喉に流し込んだ。そんな私の行動を不思議そうに眺めていた親友が「何が?」と小声で聞いてくる。いや、何がと言われても…ねぇ?言えない。言えるわけがない。『実は私、あんた達2人がくっつく前からあんたの彼氏の事好きなんだ(はぁと)』とか。………うん、ないない。絶対ない、それだけは。

「いや、こっちの話。てか大した事じゃないからさ」

「ふーん?そ、なら良いんだけど…」

「うん」

「ナマエ、」

「何ですかー、トラ男さん」

「お前、明日暇か」

「…………は?」

映画行くぞ。そうとだけ言って、ローは自分のスマホに視線を下げては何やら画面を横にスライドしまくっていた。…………は?なに映画って。何の映画?てかそんな事より自分の彼女の前で他の女を誘うとか…何処まで空気読めてない+馬鹿なのこの男。

「ははは。誘う相手間違えてますよー。大丈夫なの、あんた。それでも医者?」

「あ?」

「あ、違うのナマエ!本当はその映画、私と行く予定だったんだけど明日私がどーしても休めない仕事が入っちゃってさ…」

「えっ…!じゃあ2人の日程をズラせば良くない?」

「いやー、そのつもりだったんだけど…ほら。ローも普段オペが多くて忙しいじゃん?だからうちらの予定が合う日が当分ないんだよね」

「あー…そう。なるほどー…」

「だからさ、本当ナマエさえ良かったら私の代わりにローとこの映画観てきてくれない?ロー、どうしてもこの映画観に行きたがっててさ」

「えっ…!いや。ぇえー…?んー…でも、」

「明日10時。お前んちまで迎え行くから用意しとけよ」

「ちょっと待って。誰が行くって言いました?……てか、うん。やっぱ冷静に考えて行く訳ないでしょう?親友の彼氏と2人で映画なんて」

「2人じゃねぇよ。安心しろ、俺も行く」

「馬鹿言え。お前は呼んでねぇ、ユースタス屋」

「いや、行く」

「来るな」

「行く」

「あーもう、分かった分かった。じゃあ3人で行こう?そしたらローと2人じゃないし、キッドも映画観れるし、皆んな嫌な思いしない」

「おい。俺はするぞ、嫌な思い」

「うっさい、黙ってロー。ね?それならあんたも安心だよね?」

「うん…ありがとナマエ!明日は三人で楽しんで来てね」

「……………」

なるほど。これが彼女の余裕って奴か。ふとそんな事を脳裏で考えた。まぁ…余裕も何も、彼女は私の気持ちなんて知らないんだから当たり前と言えば当たり前だ。

「仕事終わったら連絡しろよ」

「うん!ローもナマエ達と楽しんできてね」

「あぁ…」

「………………」

「………………」

別に、こんな光景もう慣れた。ローが目を細めて親友を見つめる視線がやたら優しいのだって、彼女の頬に滑らせる手も腕も何もかも羨ましいだなんて。もう今更何も思わない。ただ少し。少しだけ胸が痛むような気がするだけだ。

「………お前、大丈夫か?」

「………は、何が?」

その私の返事に、鼻で笑ったキッドが自分の煙草に手を伸ばす。そのまま大きく白い煙を吐き出して、次に口に煙草を咥えたまま、キッドは私にしか聞こえない声量でこう言った。

「いや…中々切ないポジションにいるなと思ってよ」

「……何言ってるか全然分かんないんだけど」

「あーそうかよ。んならそーいう事にしといてやるよ」

「……………」

キッドが何を言いたいのかは分かっていた。でもほら、本当今更だしさ。否定も肯定もする気もなければ、かと言って少女漫画のように奪う勇気さえもない。土俵に上がる事さえ拒んだ私が、今更どうこう出来る資格なんて万にひとつもないのだから。






「あれ、キッドは?」

「寝坊だ。さっさと乗れ」

「寝坊………あ、それで先に私を迎えに来てくれた訳ね。なるほどなるほど。それはご苦労であった!トラ男よ」

世は満足じゃ!と、戦国武将のような労りの言葉をかけてあげたら「黙れ」と秒で返された。クスクスと笑いながら後部座席のドアを開けて中に入ろうとした時、そこで何故か「おい」とドスのきいた低い声がして横目でチラっとローに視線を向けて見る。

「…………なに?」

「何でそっちに乗りやがる。何の嫌がらせだ、てめぇ」

「は?」

「前に来い。命令だ」

「……………」

何処の殿だよ。とか言い返そうとも一瞬考えたが、奴の目はちっとも笑っていなかったので一先ず言われた通りに助手席に腰を降ろした。そのまま何となく気まずい空気の中、バッグを膝に置いて、硬直状態の私を放置したまま、車は徐々に加速していく。何度か赤信号に引っかかりながらも次の交差点を左に曲がると、ようやくキッドのマンションだ。た、助かった…!と、思ったのも束の間。車は普通にそのまま真っ直ぐと道を突き進んで行った。

………………………は?

「ちょっと、ローあんた何してんの?道間違えてますけど」

「間違えてねぇよ」

「いや間違えてるって。いやいやいやっ、めっちゃ間違えてるって!」

「うるせぇな。寝坊したあいつが悪い」

「はぁっ…!?」

で、出たっ…!ロー特有の俺様思考!キッドも大概俺様だけど、ローの俺様具合は群を抜いているからタチが悪い。………あぁ。最早こうなると手遅れなんだよね。仕方ない…キッドには事の次第をLINEしとくか。

「キッド、キレてるよ。ロー次会った時に殺されるんじゃない?」

「あぁ?うるせぇ、てめぇが悪い。って返信しとけ」

「する訳ないじゃん。そんな恐ろしいこと」

考えただけで恐いわ!と1人蒼ざめていたら、そんな私を横にローはクスクスと楽しそうに笑っていた。……何が面白いんだよ、バーカ。てか、やめてよそういう可愛い顔。ドキドキするじゃん。嫌でも意識するじゃん、バカロー。

「久々だな」

「………え?」

「お前と2人で出掛けるのは」  

「……………」

「ナマエ、お前いい加減男作れ。その内本当に枯れるぞ」

「もーまたそれ?何なのあんたら…カップルして。てか、もう手遅れだから」

「好きな奴でもいるのか」

「……………えっ?」

「いるんだな。へぇ、意外」

「ま!まだ何にも言ってないし…!」

「どんな奴だ。……いや、待て。まさかお前…」

「えっ!?」

その時。点滅していた黄色信号が赤に変わって、車はゆっくりと停止した。いつになく偉く鋭いローからの質問にどっと身体中に冷や汗が噴き出てくる。ゴクリ、と一つ大きな唾を飲み込んで、恐る恐るローへと視線を右にズラすと、何とまぁナイスタイミング。奴は神妙な面持ちで此方を見つめていた。

……………ま、まずい!まさかバレ、

「ユースタス屋とか言うんじゃねぇだろうな。あいつはやめとけ。根っからの女好きだぞ」

「………………だから、それだけはあり得ないっつーの」

物凄く冷静に、はたまた死んだ魚のような冷ややかな視線で全力で否定だけしておいた。に、鈍い…ウルトラハイパー鈍い。鈍すぎる!何なのこの男!どこまで鈍感なの?いや、かと言ってまじでバレても困るんだけどね…!

「ロー、信号。青」

「あ?あぁ…早ぇな」

「……………」

余計な心配して損した。そんな事を思った、ある休日の始まり。そこから先は、別にいつもと変わらないうちらのテンションで、淡々と時間は過ぎていった。映画を観て、夜ご飯も食べて。帰りの車の中で昔の想い出話で盛り上がったりして。そんな、他愛もない時間を。

ただ一つ心残りなのは、遂にローに恋をしているとバレてしまったこと。そしてもう一つは、わざとじゃないにしろ、結果ローと2人で会ってしまい親友を裏切る形となってしまったこと。その夜、ローに家まで送って貰って直ぐにベッドに深く身体を沈めた。そのまま顔だけ横にズラして、電気もつけずに、窓から見える高層ビルのネオンをただただぼんやりと見つめていた。

「…………あー、切な」

誰も居ない、真っ暗な部屋の中で呟いた一言は余計に私を寂しくさせた。次第に視界が濁って見えて、あれ?と頭に疑問が湧く。

「そっか…泣いてんのか。私…」

ははは。と乾いた笑いを最後に、クッションを手繰り寄せてそのままそこに顔を埋めては泣き崩れた。泣く資格なんてない。今更手に入れたいとも思わない。頭では嫌って程理解しているのに、心はいつだって正直だ。


『好きな奴でもいるのか』


「嫌い…ローなんて、大嫌い…っ、」


その夜。メイクを落とすのも忘れたまま、一人静かに眠りについた。夢の中に登場してくるのは、いつだってあの頃の私達だ。汚れを知らない。まだ誰のものでもなかった当時のローを独り占め出来たのは、あの頃の私だけだったのに。







「お前と連絡がとれねぇって、トラファルガーからのLINEがうぜぇ」

「……………」

あれから数週間。職場と家を往復するだけの日々を過ごしていた私の家に、物凄く不機嫌そうな顔をしたキッドが現れた。まるで彼氏のようにズカズカと我が家に上がり込み、そして当然のようにソファーに座る私の横に腰を降ろしたキッドを鋭い目付きで睨む。

「ちょっと、体調が悪いだけだから。別に気にしないでとローにお伝えください」

「やなこった。面倒くせぇ」

「ケチ。女たらし。チューリップ頭」

「うるせぇ。チューリップ頭は余計だ馬鹿野郎」

「モテると思ってんの?その時代錯誤のヘアースタイルで」

「おー、余裕でな。今さっきも1人セクシー姉ちゃんを抱いてきた所だしな」

「ちょっと。汚らわしいわね、あっち行ってよ」

シッシッ。まるで犬を追い払わんばかりにヒラヒラと手を動かしてはキッドを遠ざけたが全く効果はなし。それどころか奴は更に距離を詰めてきて、ジィっと私を見つめてくる始末。ち、近っ…

「…………キッド、近い」

「………………」

「ねぇ、だからちょっと近いって…、」

「もうやめとけ、お前」

「……………え?」

思いがけぬキッドからの発言に、ピタリと動きが止まってしまった。何のことか一瞬分からなくて、でもそれが何を指し示しているのかは分かってしまって。気付いた瞬間、どう答えれば正解なのか読めないまま無意識に視線を床に落としてしまった。

「いい加減、辛ぇだろ。お前も…」

「…………だから、この前からあんたが何を言ってんのか全然わかんな、」

「俺じゃ駄目か」

「………………は?」

『俺じゃ駄目か』そう、二回同じ言葉を繰り返したキッドの顔を思わず見上げた。目が点のまま、パチパチと二回瞬きを繰り返して、そのまま互いに無言のまま見つめ合う形となってしまった。勿論何の冗談かと始めは思ったが、どうやらキッドの表情的に冗談でも何でもないらしい。それに気付いた瞬間、一気に顔が熱くなってくる。

「………この前、私だけはないってあんた言ってたじゃん」

「あ?当然だろ。あんな状況で正直に言う馬鹿がどこにいんだよ」

「わっかりにくい男…」

「お前こそ鈍い女。つーか、その鈍さがトラファルガーと同じレベルで俺はそれさえも苛立ってんだよ」

「……バッカじゃないの、あんた」

「お前にだけは言われたくねぇよ」

「……………」

「……………」

そこまで憎まれ口を叩いた所で、そっと静かに瞼を閉じた。その行動を悟ったキッドの腕が私の腰回りに伸びてきて、もう片方の腕はスルリと頬へと添えられた。キッドの顔が徐々に近付いてくる気配を感じながらも、こんな時でさえも脳裏に浮かぶのはただ1人だけで。苦しくて、切ない。だけどそれ以上に、いい加減ローの事を忘れたい。そんな複雑な想いで一杯で、無意識に頬に涙が流れた。



「楽しそうだな」

その時。背後から聞き覚えのある低音ボイスが聞こえてきて、キッドの胸に手を掛けては待ったをかけた。そしてそのままゆっくりと後ろに振り返る。その瞬間、私の心臓は馬鹿みたいにドクン!と大きく飛び跳ねた。

「!ロ、ロー…!?な、なんで…」

「……………」

「……………」

リビングに続くドアに、腕組みをしたまま寄りかかるローの姿がそこにあって。何の夢かと思うぐらい、ローは眉間に皺を寄せたまま無言で私達2人を睨んでいた。

…………な、何が一体どうなってんのコレ…

「おい、離れろ。ユースタス屋」

「あ?嫌だっつったら?」

「………あぁ?」

「つーかトラファルガー、お前。何の権利があってんな事言ってやがる」

「………………」

「ちょっ…、キッド…!」

「いい身分だよなぁ?本命は居て、キープする女もちゃーんと居てよ」

「………………」

「本っ当、………心底お前の事がムカつくぜ」

「はっ、そりゃこっちの台詞だ」

「あぁっ!?」

キッド!落ち着いて!

今にもローに向かって、突っかかっていきそうなキッドの腕を必死に捕まえては押さえ込む。全く話の流れは読めないが、とりあえずローに決定的な瞬間を見られた事だけは分かってしまった。未遂とはいえ、きっとローは流されかけていた私を見てさぞかし引いた事だろう。好きな人に1番見られたくない光景を見られて、泣きたいやら逃げたいやら色んな感情が胸の中に押し寄せてきてはまた泣きそうになってくる。

「大体今更都合が良いんだよ、てめぇは!おい、トラファルガー!何とか言えてめぇ!」

「うるせぇな。よく吠えるな…犬かお前」

「あぁっ!?じゃあ聞くが、お前本当はこいつの気持ちずっと知ってたよなぁ!?」

「………………えっ!?」

「………………」

そのキッドからの突然の発言に、それまで必死に押さえ込んでいた腕の力を弱めては一気に視線をローに向けた。………知って、た?

…………………え?

「知っててお前は知らねぇフリをずっとしてたよなぁ!?どーいうつもりだトラファルガーてめぇ!」

「………………」

「ロー…、本当に?本当に気付いてたの…?私の気持ちに…」

「………………」

「ナマエ、だから言ったろ!こいつはやめとけって、」

「……なんで?なんで今まで知らないフリしてたの?」 

「………………」

「答えてよ!ロー!」

「………………」

その私からの強い発言に観念したのか、ローはハァ、と大きな溜息をそこに吐いた。そのまま真っ直ぐと私に視線を向けて、何かを振り返るかのように「お前が悪いんだろうが」と、小さく呟いた。

「…………は?なにそれ。どういう意味?」

「あの時、お前が俺にあいつを紹介してきたんだろ」

「……………」

「何でもないって顔をして。俺の事はまるでハナから眼中にねぇって面でな」

「…………ロー」

「……………」

「確かにあの頃は、俺もお前の事を何とも思ってなかった。だから素直にあいつを受け入れたし、お陰で普通に好きにもなれた」

「……………うん」

「………………」

「だが、何かが足りねぇ」

「…………え?」

「………………」

そこまで言って、ローぼんやりとした視線を床に落とした。そのままある一点を見つめながら、何かを確かめるかのように話の続きを口にする。

「暫くして、あいつと付き合いながらもふと気付いた」

「……………」

「お前とは好きな時に会えなくなったと」

「………何当然の事言ってやがんだ。トラファルガーてめぇ」

「……………」

「確かに当然だな、それは。だがあの時はそこまで考えてなかった」

「……………」

「お前とは当然のように好きな時に会えて、自分のタイミングで会いに行けるとさえ俺は思ってた」

「…………ロー」

「それがいつからか、何か理由をつけなきゃお前には会えねぇ。ユースタス屋の存在も邪魔でしかねぇ。俺は日々心底苛ついてばかりだった」

「おい…そりゃこっちの台詞だっつってんだろ」

「黙れ。お前には言ってねぇよユースタス屋」

「あぁっ!?」

「…………っ、」

本来なら2人の言い合いを止めるべきなのに、現実の私はただただそこに棒立ちで泣き崩れるだけだった。そんな私の様子に見かねたキッドが、一目散に此方に来てくれて、ヨシヨシとでもいうように優しく背中を撫でてくる。その優しさが後押しをして、そこにしゃがみ込んだ私を支えるように、一緒に床に座り込んだキッド。そのまま彼の大きくてゴツゴツとした指が耳元に登り、そしてそこにそっと唇を寄せては小さな声でこう囁いた。


『この先どうするかは、お前次第だ』


「……っ、え?キ、キッド…?」

最後にふっと白い歯を出して、意地が悪そうに笑ってはそこに立ち上がったキッド。その姿を下から見上げたまま名前を呼んでみたけれど、彼の視線は既に目の前のローへと移っていた。

「おい、トラファルガー。俺は当分お前を認める気はねぇからな」

「……あ?別にお前の許可なんざそもそも必要ねぇよ」

「あぁっ!?お前ほんっと腹立つな!」

「うるせぇな。俺もお前は気に食わねぇ」

「けっ…知るかっ!じゃあな!好きにしろ!」

「………キッド!」

「………………」

やっとの思いで絞り出した私の声に、キッドの動きがピタリとその場に止まった。その広い背中に向かって、泣きそうな声で「ありがとう」と一言呟く。キッドはヒラヒラと右手を左右に振って、一度も振り返らずに玄関の扉を閉めて行った。

「………………」

「………………」

そして一気に訪れた、2人だけのこの空間。最早どうすれば良いのか、なんなら何から話せば良いのかさえもよく分からなくて、無言のまま涙目でローの顔を見上げた。

「…………悪かった。こんな形になって」

「………っ、ううん…」

「あいつとは別れた。……今からお前に言う言葉も自分自身、最低な事は重々承知してる」

「……うんっ…、」

一歩、一歩。ローがゆっくりと私との距離を縮めてくる。その足元を見つめながらも、自分の頬に伝う涙を両手で拭っては、徐々に近付いていく2人の距離とローへの想いに、胸の奥底からやたら切ない感情が一気に押し寄せた。

「………それでも、俺はお前が欲しい」

「………っ、」

「お前が好きだ」

「…………っ、…」

「……おい、何も反応しねぇんなら口塞ぐぞ」

「……ちょっ…と、待っ!」

「遅ぇ。塞ぐ」

「…………っ!」

遂に2人の距離が0になったと同時に、ローの長い腕が腰に廻ってきて一気に引き寄せられた。そしてそのまま口内にねじ込んできたローの舌が荒々しく唇を塞ぐ。何度も何度も顔の角度を変えて、腰に廻った腕が徐々に服の中へと侵入してきて、そして厭らしく背中をスルリと撫でられた。一度酸素を求めて顔を離してはみたものの、ローは逃がさんばかりに唇を塞いでくるもんだから、嬉しいやら切ない感情やらで一気に涙が溢れ出てくる。だけどそれさえも愛おしそうにローが舐めとってくれるから、途中で何もかもがどうでも良くなってきて、ローの首元に腕を回しては、離れていた分のキスを彼に強請った。

「……ナマエ、」

「…………ん?」

「ナマエ…、」

「ロー…っ、」

より一層深くなっていくキスに力が抜けて、そのまま2人して床に倒れ込んだ。ただただがむしゃらに互いの名前を呼び合っては、切なそうに眉を寄せるローの表情も、頬を伝う彼の指さえも心地良くて。今まで押さえ込んでいた『好き』という感情が止まらなくて焦る程だ。そんな私に煽られたのか、徐々にエスカレートしていくローの動作に、「ちょっと待って」と言ってみたものの、「もう充分待った」と、耳元で吐息交じりに返されてしまう。


『好きだ』

『もう逃さねぇ』


ローは、聞こえるか聞こえないかの声量でそう言った。少しだけ掠れたその声が、心が全ては今ここにある。その現実により一層胸は苦しくなる。

男と女は、付き合って、別れて、また寄り添って。ほとんどがそんな事の繰り返しだ。だけどごく稀に、ある一部の人間が絶対に手の届かない人に惹かれて、悩んで、苦しんでは、それまで退屈に感じていた恋愛さえも幸せなことなんだと気付く。


『ごめんね…』

かくいう私もその一人。ローとキスを繰り返しながら、痛む胸の奥底で親友に謝った。だけど、もう悪女と呼ばれても良い。良い子ちゃんもやめる。大好きな友達を裏切ってまでも手にしたこの幸福を、手放す気はもうないから。

「おい、風呂入るぞ」

「えっ?な、何急に…」

「お前の身体からユースタス屋の香水がして気分悪ぃ…さっさと服脱げ」

「……………ローって、」

「あ?」

「可愛いね!」

「……………」


大切な人を犠牲にしてまでも手に入れた、この恋だけは。


聖女と悪女

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