「ごめん、俺自分の女が海賊とか無理なんだ」

…………………ですよね。

出会って2週間。恋に落ちたのが20秒。そして告白して返ってきた返事は約0.1秒。間髪入れずに告って速攻振られた私の人生は、誰がなんと言おうと、紛れもなく何かに呪われているに違いない。





「もう男なんて一生いらない…!!」

「………………」

ダン!と威勢の良い音たてて、手にしていたグラスをテーブルに叩きつける。そしてそのままそこにガクっと肩を落とした。ナマエ、来月で21歳。今から華の女街道まっしぐらのその道の途中、早くも人生何度目かの危機を迎えている。

「おっまえなぁー…その台詞これで何回目だよ。つかどんだけ普段から男見る目ねぇんだよ、人間見た目じゃねぇの。ハートよ、ハート」

「………………」

わかる?もうこれも何十回も言ってて俺も大概飽きてんだけどさぁー。

そう言って、別に頼んでもない相談役を請け負ったシャチが隣でグチグチと文句を吐き捨てた。あぁうるさい…誰が説教してくれと頼んだよ。ってか!だって仕方ないでしょ!?今回の今回こそ、彼が自分の運命の人だと思ったんだから!

「随分安っぽい運命論だな、ナマエ」

「ペンギン!ナイスタイミング!俺ちょっと便所行ってくっからお前俺の代わりにこいつの面倒見ててくんね?」

「だーかーらー!別にこっちは頼んでないっつーの!!」

「シャチ、ついでに帰りに俺の酒も注文してきてくれ。無くなった」

「おー、りょーかいりょーかい」

「はいー出たっ!あんたら恒例の無視!!」

はんっ。悲しいにも程がある。泣きたくなるぐらい最早何もかもがどーでも良くなってくるわ。冒頭からチクチクといらん世話を焼いてくるこいつらは、シャチにペンギン。私が10代の頃からずーっと飽きもせず共に旅をしている仲間達だ。何を言っても喚いても動じない彼らと仲間になってからそれなりに経つけど、毎度毎度よくもまぁそんなにも私の恋愛をからかってくれるな。てか!超今更だけどあんたらの可愛いクルーがこうしてしょげてるっつーのにそりゃないんじゃないの…!?そもそも失恋した夜はフラっと立ち寄った酒場で一人しっぽり飲みたいんじゃい…!

「まぁそう言うな。あれでシャチもお前の事心配してるんだから」

「心配する方向性が間違ってる気がしますけどね…」

「ははっ、まぁ言われてみれば確かにそうかもな」

「ははっ!じゃないよ全く…」

はぁ、と大きな溜息を吐いてそこに頬杖をつく。さっき派手に叩きつけたグラスに手を伸ばして、もうほぼ水と言っても良い程の残りをグイッと全部喉に流し込んだ。

『好きです。あなたが大好きです。私と付き合ってください…!』

『ごめん、俺自分の女が海賊とか無理なんだ』

魂が抜け落ちたかのように、テーブルに頭を伏せてはうんうんと唸る。さっきから頭の片隅で、繰り返したくもない映像が延々とループしてる。……いや、まぁね?分かるよ?分かる分かる。そりゃ自分の女が海賊なんて嫌だよ。嫌に決まってる。でもさ?そうは言っても私も海賊の前に一人の女な訳。だからそういうのは一旦抜きにして、私自身を見据えて返事して欲しかったのに。現実って奴はとことん上手くいかないな。

「はぁー…やっぱもう男なんていらない…」

「相当病んでるな、お前」

抜け殻だなとか、冷静なツッコミを入れてきたペンギンを、下からギロリと睨む。そのまま「うるさいよ」と恒例の文句を吐き捨てて、まるで何かから生まれ変わったかのように勢いよくそこに立ち上がった。

「おい、何処に行くんだ。まだ俺の酒が来てないぞ」

「ごめんね、ペンギン。私、腐ってもイケメンが好きなの」

「大真面目に言う事か、それ……って、おい!ナマエ…!?」

踵を返して、早足で店の出入口へと向かう。店を出る直前、トイレから戻って来ていたであろうシャチに「お前!無銭飲食かよ!」と叫ばれたが無視して聞こえてないフリをした。すまんな、シャチ。イケメンで負った傷はイケメンでしか癒されないのだ。て事でここの支払いは任せた。

「あいつ…あんな大急ぎで何処に行く気だよ…つーか、まじで支払いどーすんのこれ」

「シャチ、俺今月誕生日。悪いな」

「何が!?」




ズカズカと派手な足音を立てて目の前に憚る扉の前でピタリと動きを止めた。胸に手を当てて、二、三度深呼吸を繰り返して最後に大きな息を吐いては気持ちを落ち着かせてみる。よし、と一人呟いて、ドアノブを握って中に入ろうと思った矢先、ブゥンという効果音と共に、大きくて広い、青いサークルに一気に包まれた。よしキタこれ!

「船長ぉぉぉぉおおおおお!」

「黙れ、うるせぇ」

景色が一変したと同時に目の前に現れた船長に縋りつくように抱き着いた、つもりだった。だが現実は空中でジタバタと手足をバタつかせてわんわんと馬鹿みたいに泣き叫ぶ私の姿がそこにあったのは言うまでもない。そんな私をこれでもか!という程眉を顰めてベッドから睨みつけている彼こそが、我がハートの海賊団船長、トラファルガー・ロー様である。はー、いつ見てもイケメン。癒される。

「聞いてくださいよ船長ぉぉぉぉお!また私男に振られたんですぅぅう!」

「あぁ?何をそんなに喚いてやがる。いつもの事じゃねぇか」

「つめたっ!!でも好きです!顔が!」

「うるせぇよ」

チっ、と舌打ちをかました船長の指がクルクルとその場に円を描く。そしてついでに自分の身体もその場でゆっくりと時計回りに回り出した。わはは!なにこれ!ちょっと楽しい!

「で?ナマエお前、何しに来た」

「へ?」

「へ?じゃねぇ。何しに来たのかって聞いてる。男に振られた夜は何処かに飲みに行くのがてめぇの十八番だろうが」

「あぁ、ご心配なく船長!もう行ってきました!んで邪魔が入ったんで船に帰って来た所です!」

「…………そうかよ」

もっと長居してこいや。とでも言いたげな顔をして、これ見よがしに重苦しい溜息を吐いたロー船長。そしてさっきからフワフワと空中浮遊している私の身体を、自分の指をクイっと折り曲げてゆっくりと床に降ろしてくれた。

「ねぇ船長ー…」

「あぁ?」

「今日、ここで寝て良いですか?」

「良い訳あるか。さっさと自分の部屋に行け」

「さっき、港の繁華街で船長の好きそうなお酒も買って来たんですよ私」

「知るか」

「高かったなー。買った瞬間速攻ビンボーになったなー」

「……………」

「でも船長が喜んでくれるんなら、クルーの私にとってそんなもん屁でもないっていうかー」

「……………」

「はぁ、でもどうしても邪魔だと言うのなら今日は泣く泣く自分の部屋に戻ります」

「……………」

「では船長、突然すいませんでした。おやすみなさ」

「おい」

わざとらしく肩を下げて、ゆっくりとドアの前に進みだした時だった。実はこう見えて私、船長が本当は誰よりも優しい人だって事を知ってたりするのだ。背後から呼ばれたその声に、内心ほくそ笑みながらも「なんですか?」と引き続き女優さながらの演技をしつつもゆっくりとその場に踵を返して力のない声で返事をする。

「…………キッチンから二つ、グラス持って来い。そんぐらいなら付き合ってやっても良い」

「!うぅっ…!せ、船長ぉぉぉぉお!」

今こそリベンジの時が来た!まるで長年会っていなかった恋人に再会した日のように、怒られるのを覚悟しつつも両手を広げて泣きながら船長に抱き付いた。エンエン、ワンワンと大泣きしながらも船長の腰廻りにへばり付いては涙と鼻水まみれの頬を摺り寄せる。「汚ぇ、寄るな」とか言いつつも、船長はその後何だかんだ私の気が済むまでポンポンと背中を撫で続けてくれた。あぁ…船長。あなたは本当に優しい人ですね。私、船長みたいな人を好きになりたかった。そうしたらきっと、こんなにも辛い想いをしなくて済んだかもしれないのに。





「船長ってさ、誰かに振られた事とかあるのかな」

「あん?」

クエーっと大空に羽ばたいているニュースクーが鳴き声をあげた頃、私とシャチの二人は甲板で酒瓶と肉を両手に持ったままいつものように肩を並べてぼんやりと海を眺めていた。今は夜に開催される宴の準備の真っ只中。船内はバタバタと忙しない空気が漂う中、恒例のように今私達は堂々とサボっている。(すげぇだろう)因みにこのお酒と肉はキッチンにいるコックの目を盗んで手にした戦利品である。うーむ、美味い。

「ないんじゃねぇの?だって、あの船長だぜ?」

「だよねぇー…いいなぁー…」

「はっはーん…さてはお前、今更ながら船長に惚れたな?」

「ばっ…!!んなっ!なに言ってんのあんた…!!んな訳ないじゃんっ…!!」

「いーっていーって!んな隠さなくて。でも残念だったなナマエ、あの人に惚れた所でお前が振られるのは最早決定事項だ。短い恋だったな、ドンマイ」

目頭を指で押さえて、泣き真似をしながら不憫そうに私の肩に手を置いたシャチに「だから違うって!!」と大きく否定の言葉を繰り返した。……そうだ。そんなの有り得ない。ていうかそんな事あっちゃ駄目だと自分が一番よく分かっているつもりだ。例えあの失恋した夜にちょっと優しく肩を抱かれたからって!例えそのまま顔が近付いて来てサラーっと船長にキスされたからって!たったそれだけの事で好きになんかなるもんか!いや違う、なって堪るかってーの!!

『慰めて欲しいか』

『え…?』

そう言って、あの夜いつものようにスマートな言葉を添えて私にキスをしたロー船長。ただ触れるだけの軽めのキスだったけど、目の前に居た彼の端正な顔に月明かりの光が反射していつも以上にキラキラして見えた。瞼を閉じて、私の左耳にわざと息を吹きかけて、そんな悪魔みたいな台詞を吐いて困ったように笑った船長の顔を見上げたその先にある展開って一体何なんだろう。今更船長に恋をした所でこの先どうすれば良いのかが分からない。やっぱり私の人生、絶対何かに呪われてるって…!ヤダよ、誰か助けて…!船長みたいなレベル高い人の事なんて好きになりたくなんかない!!本末転倒も良い所だ!

「てめぇら、堂々とここでサボるとは良い度胸してやがるな」

「!!」

「ひぃっ!せ、船長…!!」

あーだこーだと脳内パニックを起こしている私の背後からにゅっと長い腕が伸びて来て、そのまま力強く抱き締められた。……ていうより、羽交い締めされた。そして何で私だけ捕獲!?シャチは放置ですか船長!そしてシャチ!あんた逃げ足早いよ!置いてかないで!!(てかせめて肉と酒だけでも置いていって!)

「い、痛いですよ…船長。離してください…」

「……………」

自分でも分かる。きっと今私の耳は真っ赤だ。耳だけじゃなくて、多分顔全体が真っ赤だろう。ドキドキと馬鹿みたいに心臓が早鐘を打ちながら絞り出したその声は微かに震えていた。そんな私の発言に微塵も反応を示さない船長にビクビクしながらも、腰廻りに廻された船長の腕をぼんやりと見つめながら返事を待つ。

「………この前、お前何で逃げた」

「…………えっ」

「あの日は俺の部屋で寝るんじゃなかったのか」

「……いや、だ…って、」

「ぶっさいくな面しながら俺に縋りついて来たと思ったら、いざとなったら逃げんのか。何だお前、魔性か」

「は、はぁっ…!?」

それはこっちの台詞ですよ!!思わずそう言いたくて後ろに振り返った瞬間、後頭部に腕を廻されて噛みつかれるようなキスをされた。一瞬何が起きたのか分からなくて、でもそれでも確かに脳の片隅で今現在起きている事が何なのかは分かっていて。またもやパニック状態になっている私の腰を捕まえた船長が、チュ、と小さなリップ音を残してはゆっくりと顔を離す。そしてあの強い眼差しで、涙目の私の視線を捉えた。

「…………私、船長の考えてる事が分かりません…」

「…………あ?」

「そ!そりゃ船長みたいな…!か、カッコいい人からしてみればっ…!!私みたいなちんちくりんを手玉に取るのなんて容易い事なんでしょうけど…!」

「………おい、」

「で!でもっ…!でもでも…!!それでもこっちは…あ、あんな事されたら嫌でも意識しちゃうし…気になっちゃうもんなんです…!!」

「ナマエ、」

「だ!駄目なんです…!!船長は…!船長だけはっ…!!……だって…!」

「……………」

「…あ!あんな事されたら……好きに……なっちゃうじゃないですか…」

「……………」

「……止まらなく…なっちゃうじゃないですか…」

「……………」

これ以上傷つきたくないんです、私。

それだけ言い残してその場を去った。船長は、何も言わなかった。きっと、いつものように空気を読んでくれたのだろう。ついこの前まではその優しさが嬉しかった筈なのに、今ではもう遠い昔の事みたいだ。だけどスルリと船長の腕から逃げるようにして離れた時に、何故だか一段と胸が苦しくなって寂しくなった。馬鹿だな私…これじゃ何もかも矛盾してる。逃げ場所なんて無いに等しい狭い船内を全速力で駆け抜けながら、ふと、そんな馬鹿な事を思った。





「それでは!我がハートの海賊団の今後の行く末を祝ってー!」

カンパーーイ!!!

シャチの粋の良い掛け声と共に、予定通り本日のメインである宴は開始した。あれから自室に戻り、宴開始時刻まで布団の中で丸まったまま後悔の念に捉われていた私を引き摺り出して来たシャチ。そんな彼を遠巻きに睨みつつも、手元の酒瓶を勢いよく傾ける。つーかシャチあんた!誰よりも一目散に逃げだしたくせに本当調子良いな!こういう時だけ生き生きとしてんじゃないよ!そんな事を思いつつも引き続きゴクゴクと手元の酒を喉に流し込む。

「初っ端からそれじゃ、お前明日戦闘が起きたら真っ先に死ぬぞ。二日酔いと言う名のくだらん理由で」

「!ペンギン…」

酒瓶をラッパ飲みしている私の隣に、やれやれと言ったような表情をして颯爽と現れたのはペンギンだった。はーよっこいせ。とか言いつつもジジイのようにそこに腰を降ろしたペンギンを横目に「二日酔い上等よ。それでも勝利を得るのが天下の海賊ってもんでしょ」と答えた。

「おーおー、今日はやけに荒れてるな。どうした、船長と喧嘩でもしたか」

「ぶっ…!!」

急に突拍子もない発言をされたもんだから、変なところに酒が入ってその場でゲェッホゲェッホと咳き込んでしまった。ある程度落ち着いた所で、流れで隣にいるペンギンを睨みつける。だけど彼はケラケラと楽しそうに笑うだけで、何だか本気でキレてる自分が一気に馬鹿らしく思えて一先ず睨むのは止めた。

「船長も船長だけど、お前もお前だな」

「は…?」

「恋愛なんてな、ちゃんと言葉にしないと相手には伝わらないもんなんだよ」

「……………」

「良いのか、あれ」

「…………え?」

ペンギンが人差し指をかざしたその先に視線を向けてみると、そこにあったのは船長と船長の周りにベッタリとへばり付いている大勢のセクシー美女達の大群があった。勿論そのセクシー美女達は、我が海賊団が誇るイケメンでもあり象徴でもあるロー船長の腕にしがみついては我こそが!と息巻いているようだ。因みにあの美女達は、別にうちの海賊団のクルーではない。ちょっと前に、たまたま上陸した島で勝手に船長の後を追い掛けて来て勝手に居座り続けている娼婦達である。……ちくしょう、いつ見ても良い女共だな。羨ましい限りだ…

「感心してる場合か。ほら、さっさと行け」

「…………えっ!?」

「船長が他の女に取られるのが嫌なんだろ。だったら行け、取り返して来いよ」

「えっ…!!べ!別に私はそんなつもりは…!!」

「船長ー、ちょっと今良いですかー。何かナマエが話があるそうですー」

「ぎゃぁぁぁあ…!!やめんか馬鹿っ!気まずいにも程があるわっ!!」

ペンギンのとんでもない発言に、ぎゃあぎゃあと悲鳴をあげつつもその問題の人物でもある船長の元へと自然に自分の視線が向いてしまう。そしてはいっ!視線が合いました!ですよね!そりゃ目が合いますよね!

「あ…、いやー…そのぉー…」

「………………」

「えへへ…」

「………………」

少し離れた場所から、船長とその他大勢の視線が痛い程突き刺さる。取り敢えず、この後の対策を頭の中で考える為にも一旦ヘラヘラと笑ってみた。が、何の良い案も思い浮かばない。そしてこの場を繋ぐ自信も無い。と、いう事は、だ。

「私、ちょっと昼間から体調が悪くて…!すいません!今日の宴は抜けます!」

失礼しました!!90度直角に頭を下げて踵を返し、結果昼間と同じように逃亡した。恐らくこんなに本気で全力疾走をかましたのは、何年か前に海軍に追われた日以来だろう。頭真っ白状態で何とか自室に辿り着き、鍵を掛けてそのままドアを背に力なくそこにしゃがみ込んだ。息なんて馬鹿みたいに荒くて動悸も凄い。でも本当はそれ以上に胸が苦しくて、痛かった。

「……っ、船長の馬鹿野郎ぉ…女たらしっ…!ヤリチン…!イケメン―――!!」

自分でも何故最後が褒め言葉なのかはよく分からなかったが、取り敢えずの所思いつく限りの船長への悪口を口にしながらもそこに泣き崩れた。体育座りをして頭を伏せて、次から次へと涙が溢れ出てきてもうどうしようもないって感じだ。薄暗い部屋の中で、悶々と船長の事を責め続ける傍らに、本当は胸の奥底では自分の気持ちにハッキリと気付いているくせに。

「聞き捨てならねぇ言葉だな」

「……!?」

その言葉を最後に、ドン!!と鈍い音が部屋中に響き渡った。ドア越しに自分の背中が前のめりになり、急いでドアから離れて様子を伺う。その辺の床に転がっていたクッションを思わず抱き締めながら、おそるおそるその声がする方へと視線を向けた。

「ナマエ、てめぇ何俺から逃げてやがる。勝手な真似してんじゃねぇ」

「…………せ、船長…」

「取り敢えずさっさと出て来い。話はそれからだ」

「嫌です!!」

「…………あぁ?」

この船のクルーになって早数年。今までどんな時だって船長の命令に従ってきた自分とは思えない程、それはそれはハッキリと否定の言葉を叫んだ。そしてそれに反応をした船長のご機嫌はすこぶる悪い。そりゃそうだ。だって自分でも何様だって思うもん。

「わ!私…!次の島で船降ります…!!」

「あ?何言ってやがるてめぇ…そんなもん誰が許すか」

「ひ!引き留めたって無駄ですからね…!絶対絶対ぜーーったい次の島で降りますからっ…!!」

「おい、馬鹿な事言ってねぇでさっさと出て来い。俺をこれ以上怒らすんじゃねぇ」

「せ!船長だって…!もうこれ以上私の心をかき乱さないでください…!」

「あ?」

「辛いです…私ばっかり…」

「………………」

「…………船長は、ズルいです…」

「………………」

……今の声、船長に聞こえたかな…クッションに顔を埋めたまま言ったから、もしかするとちゃんと聞こえてなかったかもしれないな。……だけどきっとこれで良いんだ。たかが一度や二度キスされたからって、ほいほいと好きになってしまう私は船長の側に居るべきじゃない。恋って本当に厄介だ。一度誰かを好きになってしまったが最後。それが実らない想いだと理解したその先は、別れを告げるかその人の前から去らないといけないから。

……だけど、それでも不思議と言葉にしたくなる。想いが実ろうが実るまいが、もう今更引くに引けない。


「………好きです、船長…」

「聞こえねぇよ、そんな小せぇ声じゃ」

「…………………えっ!?」

さっきまで少し離れた場所から聞こえていた筈のその声が、何故か更に距離を詰めて聞こえてきたのは気のせい!?……じゃない!!ちょっ…!!なんで…!?何で船長が中に入って来てんの…!?許可してない!私全然許可してない…!!

「って、……あ!!私のクッション…!!無い!!」

「うるせぇな…耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇよ」

「ちょっと船長…!!能力使って勝手に侵入してくるとか…それ卑怯ですよ…!!」

「黙れ。こうでもしねぇとてめぇが俺を中に入れねぇからだろうが」

「だからって…!!」

「ナマエ、」

……船長は、どこまでもズルい男だ。卑怯だと喚く混乱状態の私を、たった一言名前を呼んだだけで黙らせるなんて…今だってそうだ。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、私の両頬に手を添えて、下から覗き込むようにして優しい表情で見つめてくるとか…そんなのってないよ…

「…………俺がなんだ」

「………………」

「言え」

「………………」

……好きです。いつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せるあの顔も、こうして意地が悪そうに笑う顔も、壊れ物を扱うかのように優しくキスをしてくれる所も、大きくて暖かいこの腕だって、何もかもが…

「……っ……好き、です…」

「………………」

「……せ、船長のことが…好きです、私っ…」

「………………」

両目から、馬鹿みたいにポロポロと涙が溢れてくる。俯き気味に小さな小さな声でカミングアウトした私の声と想いは、今度こそちゃんと船長に伝わったかな。

……好きです、船長。大好きです。シンプルにそれだけ、何度も何度も船長へ同じ言葉を繰り返し伝えた。もうどうなっても良い。最早そのくらいの覚悟を持って、何度も何度も自分の気持ちを船長に届ける。

「……………やっとかよ」

「……っ、…え…?」

「この俺にしては手こずったな、お前のこと」

「……………えっ!?」

「そもそもな、てめぇ俺の魅力に気付くのが遅ぇんだよバカ」

「……………は!?」

まるで、必死に伝えた想いに横やりを入れるように、船長は暫くの間私の事を「鈍い、バカ、遅ぇ」と次々と文句を言い放った。そんな船長の言葉に一瞬何が何だか分からなくなって、思わず放心状態になる。そしてふと我に戻った次にこう思った。

……ちょ!ちょっと…!こんなのってアリ…!?てか地味に傷つくんですけど船長…!そしてバカってなに!

「言っとくが、俺はヤリチンでも女たらしでもねぇ。こう見えて一途だ」

「…………へー…、そうだったんですか…」

「…………おい。何がそうだったんですかだ。てめぇ…ちゃんと意味分かってんのか」

「はい、分かってます。船長が一途にあのセクシー美女の誰かに本気で恋してるって事は。……大丈夫です、船長。私誰にも言いません」

深く頷きながらも、ズズっと鼻水を啜り、その場で敬礼をしては真剣な眼差しで船長の顔を見上げた。そんな情けない姿の私を前に、船長はこれ見よがしに重い息を吐いてはギロリと鋭い視線で私を睨んだ。こ、こわっ…!

「……………おい、俺はこのバカの何処に惚れたんだ。今更ながら自分で自分がよく分からねぇ」

「え?」

うんざりしたような表情で、少しだけ頭を床に俯かせた船長をぼんやりと見つめては横に首を傾げた。………あ、あれ。何か今、ちょっと凄い事が聞こえてきたような…

「………ナマエ、一度しか言わねぇ」

「………えっ?」

「さっさと耳貸せ」

「え…な、なんでですか…」

「ちっ…良いから来い」

「きゃっ…!!」

そう言って、船長は私の腕を力強く引き寄せて、私の身体を自分の大きな胸の中に収めた。体勢を崩されたせいで横髪が少しだけ乱れてしまい、慌てて直そうと腕を上げた瞬間、その手は前からやんわりと船長に奪われてしまった。船長はそのまま私の手首にキスをして、いつものように優しい手付きで船長の指が私の耳を這う。オデコ、瞼、頬、そして最後に唇にキスを残して、船長は困ったように笑いながら私の頬を撫でた。そのまま私の左耳にサイドの髪を掛けて、右頬にもう片方の手を添えたまま今度は船長の唇が私の左耳へとゆっくりと辿り着く。そうして一言。船長は少し掠れ気味な声で、次の瞬間、私を絶望の淵から幸せの絶頂へと一気に引き上げてくれた。

「お前が好きだ」

その一言で、またしてもグニャリと視界が緩んだ。夢を見てるのかと疑い、本気で頬をつねってみたら、嬉しい事に凄く痛くて、これは紛れもない現実なんだと気付いた。

「俺はお前が欲しい」

その言葉を最後に、泣き崩れながら目の前に居る船長の大きな胸へと飛び込んだ。きっと、今日の出来事は一生忘れる事はないだろう。これまで幾度となく駄目な恋を繰り返して来たこんな私だけど、今更ながらやっとこの結論に辿り着いた、記念すべき日だから。

「おい、ナマエ…泣くな。どうせなら笑え」

「うぅっ…!だ、だって…!」

「それ以上泣くつもりなら、このままここでお前を押し倒すぞ」

「はいっ!喜んで…!!」

「………………」

私は船長に恋する為に、この船に乗ったんだって。そこまで辿り着く過程に、今まで散々な恋を繰り返してきたんだって。

そんな何処にでもあるような、ありきたりな結論ではあるけども。


偶然でも必然でも

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