同じクラスの赤司君とは、今の今まで特にこれといった深い会話をした事なんて一度もなかった。あいにくクラスの中でも可でもなく不可でもない位置づけにポジショニングしている自分とは違い、何をやっても様になり、ましてや校内中の女子や教師、はたまた同性にまで人気がある彼と私との人生が交わる事なんて一切ないだろうとさえ思っていた。

「花火大会があるんだね。ミョウジさんも行くのかい?」

そんな天と地ほど差がある彼に話し掛けられたのは、つい3秒程前の事だ。

「え…?」

「これ、この近くだろう。明日の花火大会が開催される場所」

そう言って、人差し指を校内掲示板に指し示した赤司君は目を細めてにっこりと穏やかに笑った。どうやら私に話し掛けているようだ。……いや、まぁ他に誰も周りに居ないし、どう考えても私に対して声を掛けているのは確実なんだけど。

「あぁうん、何かそうみたいだね」

「僕はあまりこういう行事に参加した事がなくてね。折角だから一度は行ってみたいと考えていたんだ」

「へ、へぇ…そうなんだ。うん、たまにはそういうのもアリだと思うよ。是非とも行って来たらいいんじゃないかな」

「あぁ、じゃあそうするよ。当日迎えに行く時間は何時頃が良いかな」

「……………え?」

予想外もしないその問い掛けに、一瞬で頭が真っ白になる。何の冗談かと思い、勢いよく隣に立つ彼へと視線を送れば、そこにあったのは冗談でも冷やかしでもなさそうな至って真剣な顔をした赤司君が此方を見つめていた。………え、ええ!?

「わ、私…!?」

「迷惑だったかい?」

「い、いや別に迷惑とかじゃないけど…!てか寧ろ大歓迎ですけども!…で、でも何で私…?」

君と一緒に見たいと思ったんだ。そんな少女漫画のヒーローかのような甘い台詞を吐いてまたもや穏やかに笑みを溢した赤司君に立ち眩みをかましそうになった。当然の如くそのまま後ろに倒れそうになった私の肩と腕をさらりと支えて、「おっと…大丈夫かい?」なんて労りの言葉を投げ掛けてくれる彼に鼻血寸前である。ち、近い…!そして何って美しいお顔なの!あんたモデルかい?

「じ、時間は何時でも大丈夫です…!赤司君の好きな時で是非とも宜しくお願いします…!」

何とか遠のきかけていた意識を取り戻して目の前に居る彼に想いを伝える。それと同時に支えてくれていた赤司君の腕をやんわりと解いて、「ありがとう」と一言お礼も添えておいた。

「また連絡するよ。詳しい決定事項はそこで決めよう」

「は!はい…!」

そう言い残して、我が洛山が誇るスーパースターは私の目の前から去って行った。嗚呼…今日の夜は絶対眠れないだろうな。なんてそんな事を考えつつも踵を返し、下駄箱に向けて方向転換をする。タン、と床に落とした上履きをフラフラとした足取りで靴に履き替え正門を目指したその先で、ふいに見上げた空は夏特有の入道雲がひしめきあっていて。何だかそれがより一層今の私の気持ちを高揚させてくれたような気がした。





From:赤司征十郎

明日、18時半に家の前まで迎えに行くよ。


ピンピロリン!と鳴り響いたそのメールの着信音にビク、と肩が竦む。誰も居ない自分の部屋の隅っこで、Gでも出たのかってくらい遠くから腕を伸ばしてそろりと画面をスライドさせ、そしておそるおそるその内容を確認した。……うわ、本当に連絡来た!しかも家の前まで迎えに来てくれるとな!?何だこれ!神か!

「りょーかいでっす。楽しみにしています…と、これでよし」

ふぅ、と謎の溜息を吐いて額から溢れ出た汗を手で拭う。なんだこれ。何の汗だ。にしても、偶然前に一度彼と連絡先を交換しておいて良かった。この展開はもはや奇跡なのでは?たまたま彼と一緒に学級委員をしていたかいがあるってもんだ。


『すまない、ミョウジさんのアドレスを教えて貰ってもいいかな』


前にそう言って、淡々とこちらにお願いをして来た赤司君の顔もやはり超絶イケメンだった。それは今もはっきりと覚えている。あの日はたまたま部活と委員会が重なり、どうしても外せないミーティングがあるからと私に断りを入れてきた彼が、その後の経過を把握しておきたいからと、わざわざ律儀に私のアドレスを聞いてきてくれたおかげで今に至るのだ。

「ううむ…でもここで一つ問題が」

その場に腕を組み、眉間に皺を寄せたまま正座をする私の目の前に立ちはだかる最難関の問題が発生した。それは彼が余りにも目立つ存在で、余りにもイケメンすぎるという問題である。

「普通の服で行くべきか…はたまた浴衣で行くべきか…」

なんて言ったって相手はあの赤司様である。隣に並ぶ女が芋すぎてはなるまい。と、そこまで考えていた所でまたもやピンピロリン!と着信音が鳴った。なんだなんだ?とか思いつつも画面をタップしてその内容を確認する。


From:赤司征十郎

僕も楽しみにしているよ。


……………………よし、決めた。

「お母さんー!!浴衣出して浴衣ー!あの去年お姉ちゃんが着てた可愛いやつー!」

赤司君のその神対応のメールのおかげで、ようやく私の決意は固まった。とりあえず流行る気持ちを抑える為にも一旦返信は保留にして、1階にいる母親の元へとドタバタと階段を駆け下りた。そんな気合い入りまくりの私の顔を見かねた母親が、ぎょ!とした表情でその場に仰け反ったのは言うまでもない。何故なら、自分でも引くぐらいのテンション高めで、且つその表情はとんでもなく緩んだ間抜けな顔の自分が居たからである。(後日談)





「やぁ、待たせてすまない」

次の日。そんなジェントルマンな発言をして、爽やかに此方に手を掲げた赤司君が私の家の前でにっこりと笑う姿がそこにあった。からの本日も安定のイケメンである。そしてまさかの甚平姿とな!?ちょ!誰か一眼レフ持って来て!速攻この色気ムンムンの彼をシャッターに収めるから!

「あ、赤司君…わざわざお迎えありがとね。そして甚平よく似合ってるね…めっちゃくちゃ格好良いよ…!」

「そうかい?ありがとう。ミョウジさんもその浴衣姿とても似合っているよ。可愛い」

「えっ!!」

可愛い!?えなにそれ聞き間違い!?とか早速脳内がフリーズしている私の手をやんわりと引いて、「行こうか」と赤司君が笑う。その横顔は完全にオフモードというか何というか、兎に角いつもの校内で見かける彼の姿とは何となくイメージが異なっていて、単純な私はただそれだけの事に初っ端から心臓は破裂寸前となってしまった。……嗚呼、今なら多分私死ねるわ。幸せ。

「花火も楽しみだが、何よりも屋台が一番楽しみだな」

「え?そ、そうなの…?」

「あぁ、何かいかにも祭りって感じがしないかい?」

「す、するね…言われてみれば。完全に」

「ミョウジさんは屋台の中でどれが好きかな。僕も君と同じ物を食したい」

「自分的にはベビーカステラがお勧めっすね!うっす!」

何故か謎の体育会系の語尾で、勢いよく赤司君の質問に答えてしまった。ぎゃあ!なんだその喋り方は!幾らテンションが上がってるからと言ってもそれはないだろ!ちょ!もう誰か時間巻き戻して!恥ずかしすぎる…!

「はは、やっぱり面白いね君は」

「え?」

「ベビーカステラか。よし、じゃあそれを一番に食べよう」

その場に動揺しまくっている私に一切引く事なんてせずに、寧ろ嬉しそうに笑ってくれた彼の横顔はとてもご機嫌のように見えた。その可愛い笑顔を前に、何だか一人あたふたとしている自分が一気にどうでもよくなってきて、隣に並んで歩いている私もつられるようにニヒヒ!と笑い返した。

「赤司君、楽しみだね!花火大会!」

「あぁ、そうだな」

未だ何気に繋がれたままの右手をギュッと強く握りしめて、そのまま軽く前後に揺さぶる。そんな私に穏やかな笑みを浮かべて返事を返してくれた彼の表情は、いつもより数段気を許してくれているようにも見えて、なんだかそれがとても嬉しかった。ついつい足取りも軽くなり、そして石ころにつまずきそうになっては繋がれている右手を引き寄せて助けてくれる赤司君に胸が高鳴る。………まずい、これは完全に惹かれ始めている。てか既に手遅れだ。どうしたもんかと、その気持ちを精一杯誤魔化すように茜色の空を一人、そっとその場で何かを祈るように見上げた。





「やっぱり人の数が半端ないねー。赤司君、ちゃんとそこから見えそう?平気?」

無事に開催場所へと辿り着いた私達は今、あと数分後に開始するであろう絶景スポットを前に大勢の人混みの中に居た。勿論、私の手には大好物のベビーカステラも健在だ。屋台がひしめき合う中、一目散にベビーカステラ店へと猛ダッシュをかました私に、クスクスと何かを堪えるように笑った赤司君は中々印象的だった。何せ彼の普段からのイメージは常に冷静で、どちらかというとこういった行事的な物になんか興味なんてないんだろうなぁとぼんやりと想像していたからである。そんな私の妄想を遥かに飛び越えて、隣に並んで歩く赤司君の横顔はやっぱり予想以上に楽しそうで。どうやら彼は彼なりに、この夏の風物詩を快く感じ取ってくれているようだ。

「あぁ、ちゃんと見えそうだよ。ミョウジさんの方こそ平気かい?少し窮屈そうにも見えるが」

「うん、私は大丈夫。何気に毎年家族とここから花火を眺めてたから」

「へぇ、そうなんだね。それは少し悪い事をしたな。すまない、そんな大事な日に僕が予定を埋めてしまって」

「いやいやいや!気にしないで!寧ろ新鮮で楽しいし、人生で一度は男の子と見に行ってみたいと思ってたから…!」

本当だよ!そうしつこく念押しをして赤司君の顔を下からそっと見上げる。彼はそんな私に驚いたのか、少しだけ目を丸くして、そして直ぐに口元を緩めて嬉しそうに笑った。……ま、まずい。この顔はまずい。反則じゃなかろうか。なにそのキョトンとした可愛い顔!なにそのはにかんだ笑顔!いやいやいや、こればっかりはまずいって!そ、そんな反応されたらうっかり勘違いしてしまいそうになるじゃないか…!

「あ、始まった…」

「………え?」

ドォォォオン…!と、派手な音をたてて夜空一面に色鮮やかな花火が舞う。そして姿を消しては再び夜空へと旅立ち、今度はまた違う一面をさらけ出すように観客達の顔を照らしていく。よこしまな考えを張り巡らせていた私を覆い隠すように、キラキラと輝いては散っていくその様は、とても綺麗な分、でもそれ以上に何処か切なさも感じて少しだけ胸が痛んだような気がした。

「……本当は、理由なんて何でも良かったんだ」

「え?」

夜空を眺めながら、歓声が響くその場所で赤司君がゆったりと口を開く。

「ミョウジさんとデートをする口実が欲しかった。ただ、それだけの事だよ」

そう言って、隣に並んでいる私の右手をギュ、と強く握り締めた赤司君が口角を上げて笑う。その横顔は花火に照らされているせいで、いつもより一層彼の端正な顔を美しく演出させてくれた。その綺麗な横顔を見つめながら、その場に放心状態の私は口をパクパクと金魚のように動かしてはみるみると頬を赤く染めていて。そんな私に彼は気付いたのか、少しだけ意地の悪い表情を浮かべて、此方へと目線を下げたオッドアイと目があう。そうしてゆっくりとその長い腕を伸ばして、私の耳に手を添え、そっと口元を近づけては彼はこんな事を私に問い掛けた。

「………そろそろミョウジさん…、じゃなくてナマエって呼んでもいいかな」

にっこりと笑う、そんな彼の確信めいた発言に私はその場に腰を落としそうになってしまった。またもや昨日のように、「おっと…大丈夫かい?」なんて、私の肩と腰を支えた彼がクスクスとからかうように笑う顔がそこにあって。そんな紳士な一面を出しつつも、その顔はどうやら私のよこしまな想いを全てを見透かしているようだった。ま、まさかこの男…!

「ナマエ、後で他の屋台もゆっくりと回ってみようか」

至って自然に、さらりと私の名前を呼び捨てにした彼の左手をギュ、と強く握り返す。きっと、私がこうして彼の手を握るこの動作も彼にとっては想定範囲内の事なのだろう。

……………それでも、

「うん…行く」

好きになってしまった物は仕方がない。……いや、もしかしたら昨日今日の話なんかじゃなくて、本当はもっともっと前から既に彼に惹かれていたのかもしれない。

『すまない、ミョウジさんのアドレスを教えて貰ってもいいかな』


あの二人で交わした、何気ない会話の時から。………ずっと、ずっと。


夏の夜空と恋模様





「征ちゃん、何だか今日はご機嫌ね。珍しく頬が緩んでるわ」

「あぁー、何かやっと好きな子の連絡先をゲット出来たらしいよ!」

「まじか!あいつ好きな女いたのか!……ゲフぅー」

「ギャァァア…!ちょっとあんた汚いわね!近寄らないで頂戴!」

「赤司の事だから、相手の女の子を落とすのにも相当な綿密な計画を立ててるんだろうねー」

「そうね、ある意味相手の女の子も可哀想だわ……ってちょっと根武谷!近寄らないでって言ってるでしょ!汚らわしい!」

「レオ姉ー、休憩終わるよー。早くー」

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