始めにはっきり宣言しておくが、別に私は人間嫌いな訳ではない。ただ大勢に囲まれて女同士くだらない男の討論会に参加するのが苦手なだけだ。一般の女子なら愛してやまないディテールの凝ったパンプスも大好きだし、新作の化粧品や色とりどりのネイルだって結構頻繁に変える。勿論、髪型や大好きな洋服だってそうだ。ただ一つ、冒頭で述べたように今時女子特有の「女子会」という会合が苦手なのである。要するに私は人に対して興味がなく、自分の事だけにしか興味が湧かない。いわゆる、自分サイコー!な冷めた女なのである。




「あー…やっぱJIMMY CHOO可愛い。どーしよっかなぁー…やっぱ次のボーナス払いで買っちゃおっかなぁ」

「バッカ、やめときなさいよそんな無駄遣い。あんたこの前も同じ事言って今ローン支払い中でしょう?何度借金地獄に陥るつもりなのよ。少しは学習しなさい」

「えー?だって見てよ。この洗練されたディテールに程よい色の具合。さっすがJIMMY CHOO様!もはや完璧だと思わない!?次のデートにも使えるし取引先とのちょっとしたパーティにも最高の相性だとおも」

「はいはい、余計な御託はそこまで。ねぇ、とりあえず一旦休憩しない?あんたが次々行く店変えるから歩き疲れちゃったじゃない」

「あ!カフェならこの辺に良いお店があるからそこにしよう?こっちこっち!」

「えっ…ちょ、ちょっとナマエ!」

終始呆れ気味の親友の手首を引いたまま、その場にずっと張りついていたショーウィンドウ前から身を離し、スマホ片手にスタスタと目的地へと向かう。今日は週末、待ちに待ったお買いものデーだ。3ヶ月もの間取り組んできたビッグプロジェクトを見事突破し、誰の為でもない、自分の為だけに使う最高な至福の時間。働いた分だけ自分にご褒美を与え、頑張った分だけ自分に投資をする。それは当然の権利だし、誰に制限されるものではなく数少ない優越感にどっぷりと浸れる大切な時間だ。人と関わる事が大の苦手な自分にとって唯一無理を感じない親友と、二人こうしてアールグレイを啜る休日は、何ってお洒落で解放感に包まれた休日なのだろう。あぁ…出来るものならずっとこうしていたい。

「ちょっと、あんたさっきから私の話ちゃんと聞いてる?」

「…………え?あ、あぁ聞いてる聞いてる!ごめんごめん、えーとそれで何だっけ?」

「なによ結局聞いてないんじゃない。だからー、今日この後彼と久々のデートでしょう?なのにそんなに一杯の手荷物で会うわけ?邪魔じゃない?」

「あぁ、それなら心配無用!だいじょーぶ、彼の自慢の愛車に全部纏めて詰め込む予定ですから」

「あっそ。せいぜい我儘こじらせて捨てられないようにね」

「それこそ更に心配無用ですー。彼と私は7年ものの愛ですからー」

「あーはいはい。御馳走様です」

親友と二人、テーブルの端に置いてあるカップを手に取り、大好きなチョコを一つ口の中に放り込みながらクスクスと笑いあう。それからお互いの近況報告と今日見て回った買い物の詳細についてこと細かく感想を伝え合ってる内にあっという間に時間が過ぎていた事に気が付いた。どうやら腕時計の針は丁度この後彼と約束しているデートの時間まで迫ってきていたようだ。慌ててコートとバッグと本日の戦利品を手にし、慌ただしく友人に別れを告げて直ぐに彼の待つ待ち合わせ場所へと急いだ。今日は久々のデートということもあり、いつもより気合いを入れてヒールの高いパンプスを選んだ事が少し痛手だったけど、でもそんなアクシデントなんて直ぐに吹き飛ぶぐらい、私の心の中は彼に会える嬉しさで一杯だった。


「ごめん、もう終わりにしよう。他に好きな子が出来たんだ」


そう、彼にあっさりと別れを告げられるまでは。



止まない雨



どうして昔から自分はこうなんだろう。ショッピングにしても恋愛にしても全て勢いから始まり、先の事なんてこれっぽっちも考えやしない。ディスプレイされる煌びやかな洋服や靴やバッグに毎回運命を感じるように、それまでずっと私を輝かせてくれていた過去の持ち物は全て次の瞬間古いクローゼット行きだ。恋愛だってこれと同じ。ずっと一緒にいようねとどんなに口約束を交わしても、結局は自分を着飾る事に夢中で隣に居てくれるたった一人の大切な人さえ幸せに出来ない。生まれてからずっとこの繰り返し。無限のループだ。そのくせ人と群れる事を嫌うくせに人を求めずには居られない。こんな我儘で醜い私は、自分が一番嫌いな筈なのに。


「………あーあ、折れちゃった」


ガヤガヤと賑わう喧騒の中、大都会のど真ん中でただ一人ポツンと立ち尽くす自分はなんて愚かなんだろう。両手には抱えきれないショッピングバッグに前方には大好きな靴のショーウィンドウ。四方八方からキラキラと照らされたこの真新しいパンプスとは間逆で、ふと地面に目を向けるとポキっと折れたお気に入りの私のパンプスのヒールがただただ虚しく横たわっている。でもそれは当然の結果だ。いつだって今しか見ていない自分にはこの情けなく折れたヒールがよく似合う。恋愛も靴と一緒で、例えどんなに手入れをしようが壊れる時はあっさりだ。幾ら修理しようとも、チグハグな溝は埋まらずやがて別れの時がやってくる。大丈夫、何をそんなに嘆いているのだ私は。今回だってただの自業自得じゃないか。

「………ほんと、バッカみたい」

そう弱弱しく口にした言葉と共にズルズルと身体全体の力が抜け落ちてその場に蹲る。いつもなら彼ご自慢の愛車、後部座席にどっさりと我が物顔で腰を降ろしていた戦利品達も、今日に至っては誰が踏んだであろうか分からない地面と共に顔をくっ付かせて一休み中だ。何だかその姿が可哀想に思えてきて、思わず「ごめんね」と謝った。こんな後先考えない馬鹿な女に拾われて、そしていつかはクローゼット内奥へと収納されていくこの子達の運命も大概惨めで仕方ないだろう。…あぁ、どうしていつも私はこうなの。どうしていつも何かを失ってからじゃないと、その価値に気付けない馬鹿な女なんだろうか。

この危機的状況に陥っている今この瞬間でさえも、気軽に呼べる友人の顔が思い浮かばない。唯一脳裏に浮かんだのはつい何時間か前まで一緒に居た親友だけだけれど、さっきのさっきで呼びつけるのはさすがにちょっと気が引ける。そして改めて気づかされた。最愛の彼氏も居なければ気軽に呼べる友人も居ない、あるのはこの沢山の戦利品と惨めな自分だけ。もう何処かに逃げてしまいたい、そんな事を本気で考えていた、その時だった。


「お姉さん。その綺麗な姿はこんな場所で休憩するのには勿体ない格好ですよ。どうかされましたか」


ポツ、ポツ、と突然降ってきた小雨が頬を濡らし始めたその時、蹲る私の背後から聞こえてきたのは、低すぎず、それでいて綺麗で聡明な声の主の赤髪の男だった。まるで今から何処ぞのパーティーに参加するとでもいうように、パリっとした黒のスーツを着こなし、それでいて嫌らしくないデザインのコートを身に纏っている。その完璧な立ち振る舞いとオーラに圧倒された私は、つい何秒か前まで流していた筈の涙が一瞬で引っ込んでしまい、即座にその場を立ち上がって直ぐに「いえ!何でもありません…!ごめんなさい!」と深々と頭を下げた。但し、片方のヒールは折れたままだからかなり不安定なバランス感覚で、だけど。

「……ヒール、壊れたんですね。折角綺麗な靴なのに残念ですね」

「えっ…!あー…はい。あ、でも別に良いんですこれで。今の自分にはこの壊れたヒールぐらいが一番似合うというかなんというか…」

「そんな事ないですよ絶対。……今から少し時間あります?もし宜しければ僕にご自宅までお送りさせてください」

「………は!?い、いやいやいや!そんな大丈夫ですこのくらい!ほらこうして両方脱げば余裕で帰れますしお気持ちだけで充分で」

「コンクリート上には、僕達人間の視力では確認しずらい無数の破片等で沢山溢れ返っているから危ないですよ。それにそんな大荷物を抱えたままでは尚更。さぁ、行こうか」

「…………は、」

「僕に掴まって」

「えっ!ちょっと待っ…!きゃあ!」

どう見ても細いその身体の何処にそんな力があるというのか、地面に這いつくばっていた数々の私の戦利品と、壊れたパンプスを手にした私自身を軽々と抱き抱えた男は、何処か自分の目的とする場所へと向かって行く。そしてその辿り着いた先に待ち受けていたのは、何とセレブ御用達のやたら横幅の長い、黒いリムジンだった。うっわー…これガチでセレブの奴じゃん…車内にどデカいソファーとテーブルが配置してあるし、照明の感じとかまじでお洒落でやばい…ってか、これシャンデリアじゃん!えっ!ちょっとまじでなんなのこの人!よく考えたらめっちゃくちゃイケメンだしまさか芸能人…!?うん、それなら凄い納得出来るけど!

「君の家は何処だい?」

「いやえーっと…」

「…あ、そうそう。その前に一つ寄りたい場所があるから送るのはその後からでも平気かな」

「は、はいっ!もう是非是非私なんぞ気にせず行っちゃってください!最後その辺に捨てて貰って大丈夫なんで…!」

「する訳ないだろう、そんな事。すまない、じゃあお言葉に甘えてそうさせて貰うよ」

そう言って、いつの間にか取り払われていた敬語を気にする余裕もないまま、リムジンはゆっくりと何処かに向かって走り出す。窓を打ちつける雨はさっきより強まったみたいだ。あぁ、これは拾って貰えて正解だったかも。なんてぼんやりと窓の外を眺める中、この謎の富裕層ボーイと身の上話に花を咲かせる事となり、彼が聞き上手なのか、それとも単に私がお喋りなだけなのかはよく分からないが、移動中会話が途切れる事は一切なかった。そしてさっきまで何故あの場所で蹲っていたのか、そして何故泣いていたのかその詳細についても一から十まで説明する羽目となり、会話の合間合間に注がれる年代物のシャンパンと共に溢れ出てくる自分の言葉は、それはそれは滑稽で惨めなものだった。でもその反面、不思議と彼の注いでくれたシャンパンのように、ゆっくりゆっくりと気持ちが軽くなっていく感覚がして、どん底の気分がゆらゆらと浮上していくような気持ちを覚えた。

「でね?彼に別れを告げられた後、どうしても現実を受け止めきれなくて私彼の車の後姿を追ったの。追って追って追いすがって、でも結局最後まで止まってはくれなくて。…で、気付いたらこれ。ヒールと共に私の心もポキっ!と折れてしまった、ってわけ」

「なるほど、その男は見る目なさすぎだな。こんな素敵な女性を手放すだなんて馬鹿な奴だ」

「あはは!ほんとにねー。うん、でも嘘でも嬉しい!征十郎ありがとう」

「嘘じゃないよ。生憎僕はお世辞が苦手でね、自分の口から出る言葉は全て本音だ。だからそんなナマエに僕からプレゼントさせて欲しい」

「……………え?」

こちらへ。その一言と共に差し出されたその手を握り返した私の視界に広がったもの。それは大好きなJIMMY CHOOの店舗前だった。キラキラ輝くその店舗内に恐る恐る足を踏み入れると、確かに昼間私が欲しくて欲しくて堪らなかった鮮やかな色合いの靴達がお出迎えしてくれて。「嘘でしょう…?」そう両手で口元を隠したまま呆然とその場に立ちつくす私の耳元に、「嘘じゃないよ、さぁどれでも好きな靴を選んで」と、征十郎が優しい声で囁く。その言葉を皮切りに、フラフラとおぼつかない足取りで貸切状態の店内をゆっくりと舐めまわすように行ったり来たりしては目を輝かす私。ある程度店内を見終わった後でふと出入り口付近に視線を向けると、腕を組んだまま壁に寄り掛かって立つ征十郎の元へと、一歩一歩距離を縮めて彼の立つ場所へと辿り着いた。

「……征十郎、ありがとう。もう何て言ったらいいか…その気持ちだけで私は充分だよ」

「お前が良くても僕にとっては全然物足りない。言っただろう、どれでも好きな靴を選んで良いと」

「いや…でもそんな会ったばかりの人にこんな事してもらう義理なんてないし…」

「………やっぱり覚えてないんだな」

「え?」

その言葉の意味を知りたくて、俯かせていた自分の顔を勢いよく征十郎の元へと向き直す。でも彼の表情は少し曇ったままで、私が望んでいた答えを口にする事は無かった。

「いや…まぁそれは追々思い出して貰うとして…ほら、お姫様。好きな靴を何足でもお選びください」

「ちょっ…!バカ征十郎!!やめっ…お、降ろして!!」

「…却下。大人しく僕の言う事を聞くんだな」

私の右手には壊れたヒールのパンプス、そして左手はまたもや軽々と抱っこしてくれた征十郎の首元へ。まるでそれは何処かのおとぎ話みたいな話で、もはやこれが現実なのか空想の世界なのか見分けがつかない。どんなに気持ちだけで充分だと主張する私を無視して、店内に配置してある椅子に腰掛けさせ、半ば強引に選ばせてくれたある一つの靴を、まるで映画のワンシーンみたいに履かせてくれた彼の姿をじっと見つめる。そんなタイミングを見計らかったかのように突如現れた完璧な王子を前に、私はふとこんな事を思った。

どうせ夢なら目が覚めるまで浸ってみる事としよう。どっちにしてもこんな体験、夢でも現実でも早々味わう事なんて出来やしないし、やがてこの土砂降りの雨も、時期に止むだろうから…と。






10years ago…


「ねぇ、このバスケットボール君の?」

「えぇ、まぁ。そうですが…」

「やっぱり!ねぇ、一回で良いからこのゴールにシュートしてみてよ!私今日すっごく嫌な事があってスカっとしたい気分なんだ」

「…………っと。これでどうかな」

「わぁっ…!君とっても鮮やかなゴール決めるのね!ありがとう、これで明日から心おきなく留学出来るわ!」

「留学?」

「そ、明日からニューヨークなの私。その事で彼氏と揉めちゃってさぁー…でも今の君のシュート見て悩みなんて一気に吹っ飛んじゃった!ありがとね!」

「いえ、お役に立てたのなら僕も光栄ですよ」

「あはは!また何処かで再会する時があれば、その時も今のプレゼントを宜しくね。じゃあー…また!」


赤司は10年以上前の記憶に想いを馳せながら、未だ子供みたいにキラキラと目を輝かせて店内を物色するナマエの元へと急ぐ。あれやこれやと忙しない彼女を完全に手にする日が訪れるのは、まだもう少し先の話。

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