突然だが、この日本中に溢れかえっているカップルの内、果たしてどれ程の人達が永遠の愛を信じているのだろうか。少しだけ自論を展開してみたいと思う。
「いわゆる遅すぎた春ってやつよ」
カラン、とグラスに放り込まれた氷が鮮やかな音色を奏でて底に落ちる。日当たり良好のこのカフェテラスに不釣り合いな言葉が広がれば、目の前に座る友人の眉間の皺は2割増し深く刻みこまれた模様。この非常に声を掛けづらい状況下で、意を決して事の真相を追及しようと、逞しく立ち上がる女が約一名。そう。それが何を隠そう、この私だ。
「遅すぎた春?どういう意味」
内心ビクビクしつつも平静を装い、テーブルに置いてあるマカロンを手にしたと同時に的確な相槌を打つ私。心地いい風が頬を撫でた昼下がり、絶妙なタイミングで自分の髪を掻きあげた辺りは我ながら素晴らしいエンターテイナーだと思う。至って自然な動作だ。
「だから長く付き合いすぎたって事よ。ほらよく言うじゃない?一緒に居すぎて、ある日を境に彼女を家族としてしか見れなくなったってやつ」
「あぁ、確かに。それよく言うね。結構ドラマとかでも使われてるし」
「でしょ?私はそれを言ってんのよ。だからあんたも気をつけた方がいいわよ」
「え?」
「赤司君。あんた達ももう結構長いでしょう?気をつけなよ。男なんて、結局いつの時代も若い女を求めてるもんだから」
「わ、若い女…」
「そ、若い女」
ま、あんた達に限ってそんな心配必要ないか。そう言って少しだけ口の端をあげた友人はゆっくりとその場を立ち上がり、奥のお手洗い場へと姿を消した。ちょっと、私もトイレ行こうと思ってたんだけど…ってそんな事言ってる場合じゃない。なんだかすんげぇ嫌な予感がする。気のせいだろうか。いいや、気のせいなんかじゃない。思い当たる節がありすぎてきっと今私の唇は真っ青に違いない。そう、まるで某アニメち○まる子ちゃんに登場する藤○君のように。
「……まさか、浮気?」
そんな…まさか征十郎に限って浮気なんてありえない。だがしかしさっきから存在しているこの嫌な胸騒ぎは何なのだろうか。こうなったら居ても立っても居られない。善は急げとよく言うし。そんな早とちりな結論つけた私は、お手洗い場に姿を消した友人を放置し、本日のカフェ代だけを置いてすぐ様その場を後にした。
「ただいま!……って、やっぱまだ帰ってないっか」
何年ぶりにこんな全力疾走をしただろう。夏前と言う事もあって、額に柄じゃない汗なんて掻いている。はぁ、と小さく息を吐いてようやく冷静になってきた脳と共に靴を脱ぎ、リビングへと続く廊下をペタペタと歩く。そしてゆっくりと部屋の真ん中に配置してあるソファーに腰を降ろした。
「…征十郎のバカ」
どうしてこんなにも彼の浮気を疑っているのか正直自分でもよく分からない。ただ一つだけ言えるとしたなら、ここ最近の征十郎は何だか様子が可笑しいのだ。前々から仕事に邁進するタイプではあったけど、でもだからと言って休日に会社に寝泊まりしたり、クタクタになるまで自分の身体を痛めつけたりするタイプじゃなかった筈だ。何かある。絶対何か他の理由が。でもそれが何なのかが分からない。いや待って今の嘘。本当は薄々気付いていた。征十郎が何処ぞの女と良からぬ事をしてい…
「ただいま。すまない、今日も帰りが遅くなってしまって」
気付けばソファーの上で体育座りをしていた。まるでこの世の終わりかのように沸々と湧き出てきた黒い感情と共に。そんな完璧痛い子の私の頭上から降ってきた聞きなれた愛おしい声。あぁ、耐えろ。耐えるんだ私。絶対今顔を上げたら征十郎に泣いていた事がバレてしまう。ここで耐えなければ女じゃない。そんな意味不明な決意を誓ったと同時に目の前に一つ影が落ちる。…あぁ、駄目だ。やっぱりいつだって彼には勝てそうにない。
「ナマエ、何を泣いているんだい」
そう言って私の目の前に跪いた彼は、私の顎に手を添えてゆっくりと顔を上に上げさせた。そうして頬に伝う涙を丁寧に拭いながら、「どうした、何があった」と困ったように笑う。
「ねぇ、いつも私と居て疲れないの?」
「なんだい、急に」
「いやだって…ここ最近征十郎いつも帰り遅いじゃん。だからもう私の事なんて嫌になっちゃったのかなぁって思って」
「ある訳ないだろう、そんな事」
「いいよ、もうこの際ハッキリ言ってくれて。大丈夫、ちゃんと覚悟は出来てるから」
ズズーっと勢いよく鼻水を啜って、一つ深い深い深呼吸をする。そうしてやっとこさまともに見えてきた征十郎の両手を握り、「でも最後にこれだけは言わせて!私は征十郎が好き、大好き!」と、今更感が半端ないが、もはや叫び声に近い感覚で一世一代の愛の告白をかました。
「…確かに疲れるな。お前と居たら」
「………ですよね」
「違う。鈍すぎて、という意味合いでだ」
「え…?」
はぁ、と呟かれた溜息と共に訪れた謎の浮遊感。その原因はどうやら征十郎のお姫様抱っこだったらしい。慣れない感覚とその突然の行動にビックリしすぎて、思わず何の抵抗も見せる事が出来ぬまま丁寧に寝室のベッドへと座らされる。
「疲れるよ、お前と居ると気が気じゃない。いつも呑気にその辺を走り回るお前にどれだけ神経を削られている事か」
「……え?」
「だからもうお遊びの時間は終わりだ。いい加減、お前を躾し直さなければいけない時期だろう」
そう言って、再度その場に跪いた征十郎は私の左手を奪い、その場にて優しいキスを落とした。王子様みたい、そんな感想を胸に抱きつつもふと左手薬指に違和感を覚え、ゆっくりと視線を落としてみる。すると、まるで手品のように征十郎のキスと引き換えに登場した美しいダイヤが輝きを放ち、そのキラキラした眩しさに思わず目が眩んだ。
「……征十郎、これ」
「結婚しよう、ナマエ」
その言葉を聞いた直後、数日前から不安に思っていた感情と、今の征十郎からの言葉で得た安心感が同時に次から次へと溢れ出してきて、気付けば馬鹿みたいに大泣きをしたまま彼の胸へと飛び込んだ。「不安にさせてすまなかった。色々と準備を進めていたらこんな形になってしまってね」と、そんな私を包み込むかのように彼が優しく笑う。
…あぁ、なんだ。もしかして人はこういうのを永遠の愛と呼ぶのかな。
そんな考えをぼんやり張り巡らしながら、目の前に居る征十郎の首に腕を廻し、沢山の愛情で包まれた彼からのキスに、今日も私は溺れていく。
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