私の好きな人には、好きな子がいます。

「さつきー、それ寄こせ」

「あ!それ私の課題プリント!まだ終わってないのに!」

本日も晴天さながらのお昼下がり。昼休憩が終わる丁度10分前の教室に、幼馴染同士、男女二人の声が響き渡る。その内の一人で、一年生の頃からずっと仲の良いさつきが、「青峰君のバーカ!ガングロ黒スケ!」と、恒例の暴言を彼に吐いている。そんな二人のやりとりを真近で観察しつつも、ふと一人ぼんやりと考えるのは、「あぁ…何でこの二人、さっさとくっ付かないんだろう」という事柄だ。本当、これだけは未だに不思議で仕方がない。誰がどう見たってお互いに両想いの筈なのに。

「うるせぇ。次当たるんだよ。いいからさっさとそれ寄こせ」

「なら赤司君かミドリんに貸してもらえばいいでしょ!何でいっつもいっつも私なのよ!」

「ゴチャゴチャうるせーな。俺が寄こせって言ったら寄こせ!」

「あっ!!」

そう言って、青峰君はさつきの手元から強引にプリントを奪い取り、踵を返して直ぐにスタスタと自分の席へと戻って行った。その間、約0.1秒。容赦ない傲慢な態度に、さつきは涙目になりながらも「青峰君のバカーー!!」と、再び彼の背中に向かって暴言を吐き捨てている。うん、確かに。今の感じは誰が見たってさつきに非はない。ほんと、毎度ながら御愁傷様です。

「ねぇ、さつきさぁ。何で青峰君と付き合わないの?そろそろいい加減、見てるこっちがじれったいんだけど」

「は…?ナマエ、今のやりとりちゃんと見てた聞いてた!?どこをどう見ても青峰君とだなんてあり得ないでしょ!」

「えー?だって、彼何かある度に毎回さつきにちょっかい出しては嬉しそうじゃん。だから早く気付いてあげればいいのに、って思って」

「はぁ…これだからAカップは。いい?ナマエ、耳をかっぽじってよーーく聞いてね」

「ん?」

顔を真っ赤にしたまま、勢いよく机にバン!と大きな音をたて、風船のようにこれまた大きく息を吸い込んださつきの迫力に思わず肩を竦めてしまった。本当は「Aカップじゃなくて、ギリギリBカップだけど!」と主張したかったが、今回の所は見逃してあげようと思う。だって、今自分の目の前に座る彼女の表情は、多分幼い子が見たら泣き出してしまうくらい、鬼みたいな表情をしているから。

さつきよ、折角の美人が台無しだぞ。

「今まで何回も言ってるけど、青峰君とはただの幼馴染!それ以上でもそれ以下でもないの!確かに昔からよく付き合ってるんじゃないの、とか聞かれるけどそれは有り得ないから!だって…!私が心から愛しているのは、テツ君ただ一人だけだし…!!」

途中まではいい感じに熱弁していた彼女だが、最後の言葉に向かって徐々に声のニュアンスが変わっていったのは聞き間違いじゃないだろう。そして、はい出た。さつきの『テツ君』病。どうやらここ最近、彼女は恋をしたらしいのだ。さつきから興奮気味に深夜の電話にて延々と話を聞かされたのは、つい1ヶ月前の事。

よりにもよってあんな影の薄い…いや、薄いってレベルじゃない程の存在感の無さの彼、黒子君にホの字になっちゃうだなんて…もはや私には未知の世界の話な訳で。

「じゃあ、本当の本当に青峰君の事は好きじゃないのね?」

「もちろん!…あ、でも大事な人に変わりはないよ?私にとって、青峰君はたった一人の大切な幼馴染だから!」

「ふーん…そっか」

「うん!」

さつきの主張や言い分、更には無駄に『テツ君』ならぬ黒子君への熱い気持ち等、どれも事細かく聞いてみれば、確かにちゃんと納得は出来た。毎回返ってくる答えを分かっていながら、何度も同じ質問繰り返す私にここまで強く言い切ると言う事は、恐らくその気持ちは本当で、彼女の本心なのだろう。

………でも、

「青峰君は?」

「うん?」

そう、さつきはそれで良くても、彼、青峰君の気持ちは?多分…いや。かなりの確率で彼は、誰がどう言おうとさつきの事が好きな筈だ。毎日ずっと彼の姿を目で追っているこの私が言うのだから、それは絶対に間違いない。まぁ、自分で言ってて凄く虚しいけど。

「もし…もしだよ?青峰君がさつきの事好きだって言ったらどうする?オッケーする?それともやっぱり黒子君の事が好きだから、青峰君とは無理ってあっさり断るの?」

自分のこの気持ちに蓋をするように、得意のポーカーフェイスでさつきに問う。なるべく自然に、なるべく彼女に悟られないように細心の注意を払いながら。肝心の当の本人、さつきに目を向けてみれば、ただでさえ大きくクリクリした目を丸くさせて、パチパチと、二度瞬きを繰り返している場面だった。

「えー?どうしたの、ナマエ。そんな事私に聞いてくるなんて」

「んー…まぁ、何となく?」

「あはは!なんとなくって!んー…そうだなぁ…でもそうかも!青峰君の事は確かに放っとけないけど、男の子としては見れない!って、返事しちゃうと思うよ?」

「ふーん…やっぱそうなんだぁ」

「でも、どうして?」

?と、頭の上に沢山のクエスチョンマークを浮かべて、彼女は不思議そうに横に首を傾げる。そんなさつきに心の中で苦笑いを漏らしつつも、「別に?ただほんと何となく聞いてみたかっただけ」と、答えた。そして直ぐに午後からの移動教室へと移ろうと彼女を諭す。うん、とふわりと笑うさつきの表情に女の私でもつい思わず見惚れていれば、「なにしてんの、ナマエ。置いていっちゃうよー?」と、逆に彼女に急かされてしまった。慌てて返事を返して、机の中から教材と筆箱を手にしたまま彼女に駆け寄る。走ったせいなのか、束ねていた髪の毛が少しだけ乱れた。片耳に髪を掻き上げながらふと廊下の隅に目をやると、気怠そうに窓際の壁に寄り掛かっている青峰君と目があった。

あぁ、彼は本当にさつきの事が好きなんだなぁ

そう思わずにはいられない程の、彼の時折見せる切なくてもどかしそうな表情。その視線を向けられるさつきの立場が羨ましくて妬ましくて仕方がない。そんな事を思いつつも、隣で笑うさつきに笑顔で相槌を打ちながら、次の移動教室へと二人して歩く速度は徐々に早足へと変わっていった。




「わー、綺麗な夕焼け…」

放課後、趣味の読書には欠かせない本の宝庫、図書室へと続くドアを開けて直ぐに目に飛び込んできたものは、茜色に染まった綺麗な夕焼け空だった。パタン…と静かにドアを閉めて、誰も居ない図書室の窓へと近付いて行く。その場に両手をついて顔を上にあげてみれば、見事なまでの美しい風景がそこに広がっていた。

「なんか東京っぽくなくていいなー…」

窓越しに見える美しくて何処か切ない景色を前にふと思い浮かんだのは、やっぱり昼間の青峰君のあの表情だ。あの強気な性格と言葉の節々の裏側には、彼独特のオーラと繊細さが滲み出ている気がする。いや、そう思わずにはいられないのだ。だって、彼の事は1年の時からずっと見ているし、密かにこうして想い続けているのだから。

「…て、まぁそんな事私が想い続けても何のメリットもないんだけどね」

やれやれ、じゃあ恒例の本の物色にでも励みますか!なんて、心の中で気持ちを切り替えて、いつものように図書室内をグルっと一周し始めた時だった。

「あ?なんだ、ここにもいねぇのかよ…」

突如ガラ!と開かれたドアの大きな音に驚いて、勢いよく声の主へと顔を向ける。その瞬間、多分3秒くらい時が止まったと思う。何故なら目が合った声の主は、私が好きで好きで堪らない青峰君だったからだ。

「あ、青峰君…」

「お、なんだミョウジじゃん。…そーだ、さつき知らねぇ?あいつ赤司に呼び出されてからずっと体育館に戻ってこねぇんだよ」

「さ、さぁ…?とりあえずここには来てないけど…」

「そっか、悪ぃな!んじゃまた明日」

「あ…!ちょ、ちょっと待って…!!」

質問に答えた私に向かって、右手を胸の位置まで引き上げ、ヒラヒラと手を振った後、直ぐに踵を返した彼の背中に対して、つい大声で呼び止めてしまった。そんな私の声に反応を示した青峰君は、「あ?」と、目をきょとんとさせながら不思議そうにこちらに振り返る。

「あ、青峰君ってさ…好きな子いる、の?」

「は…?」

「いる、よね…?私、それが誰か知ってるよ」

「…………」

窓から射し込む夕日が、彼の端正な顔を照らして、何故かいつもより儚げな表情のように見える。眉を寄せ、目を細める彼のその仕草は、「あぁ、そうだ」と、まるで自ら認めているようなものだった。

「…だったら何だよ。もしそうだとしても、そんな事お前には関係ね」

「あるよ」

「あ…?」

間髪入れずに青峰君の言葉を遮る。さっきからずっとズキズキ胸が痛い。ギュ、と強く拳を握って床に落としていた視線を彼へと向け、一歩一歩距離を詰めていく。そのまま0の距離になった瞬間、彼の肩に手を乗せて、背伸びしたまま唇を重ねた。

「…関係、あるよ。私、分かるから」

「…………」

「好きな人に、自分を見てもらえない辛さ…分かるから」

「ふーん…なら、もう覚悟しろよ」

「え?」

次の瞬間、後頭部に回った彼の大きくてゴツゴツした手に引き寄せられて、気が付いた時には、彼の切れ長で青い瞳と至近距離で目が合った。

「けしかけて来たのはお前。後からぎゃあぎゃあ喚いたって無駄だ、諦めろ」

そう言って私の顎に手を掛け、直後に降ってきた、深くて息継ぎもままならない彼のキス。それが何だか嬉しくて、切なくて、罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、気持ちとは全く別の正反対の行動で、彼の首元へと腕を回した。

「今日から俺とお前は共犯だ。お望み通り、地獄に突き落としてやるよ。」

なんて、そんな最低最悪の問題発言を、さらりと言ってのけちゃう彼の何処に、私は惹かれてしまったんだろう。

だけどその言葉に臆する事はなく、「いいよ、存分に突き落として。」と返事する自分はもっと最低だ。こんな関係を始めた所で、辿り着く先は分かりきっているのに。


立ち位置は把握してます

たけど今だけは、君の側にいさせて。

prev next
TOP

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -