昔から根本的に、男を見る目がないとは自負していた。浮気性な奴、DV男、金遣い荒い奴。とりあえず好きになる男と言えば大体そんな感じ。世の中には浮気一つせず、ただ純粋に彼女を愛する男達だっている筈なのに、何故か決まってハズレばかりを引き当ててしまう。いや、でも寧ろそういう男の方が好きなのかも。ほら、よく言うじゃん?刺激のある恋が好きなタイプ、とかってさ。あれってやっぱ、少女漫画の読みすぎとかかな。

「で?俺は何タイプなわけ」

放課後の教室。真ん中の校舎3階の窓から、陸上部やらサッカー部やらが大きな掛け声でグラウンドを駆け巡るBGMが耳に届く。それにつられるように、窓と隣合わせの白いレースカーテンがゆらりゆらりと風に揺れて、花宮のサラサラとした髪の毛にそっと覆い被さった。

「んー、花宮はねぇ。ゲスタイプ」

「ふはっ、悪くねぇな。最高じゃねぇか」

頭に乗ったレースカーテンを払う為、花宮は背をついていた壁から身を離して、手際良くカーテンを束ねながら悪どい顔でにたりと笑う。その横顔は何だかまんざらでもなさそうで、毒をついて傷つけさせる予定だった筈のこちらが完全に完敗した気分だ。全く、腑に落ちない。

「なんでそこで喜ぶの」

「ありがちじゃねぇから。未知のタイプって事だろ」

「そうだけど、折角皮肉たっぷりに言ってやったのに」

「それはそれは。無駄なご足労でした」

「ムカつく、あんたほんとムカつく」

はぁ、と溜息をついてバタっと勢いよく机に突っ伏す。そのままうだうだ文句を言い放てば、「うるせぇ、さっさと問題解け」との余計な一言が頭上から振ってきた。あぁもう、鬱陶しい。

「ならさっさとこの問題解いてよ。学校一秀才の花宮さんの頭脳を持ってすれば、こんな問題なんか朝飯前でしょ」

「お前に課せられた問題だろ。いちいち俺を巻きこむな」

「ケチ、ゲス、陰険」

「おーおー、大層なこった。何とでも言え」

手元に手にした難しそうな本に視線を落としたまま、花宮はさぞ面倒くさそうに相槌をうつ。本来なら今頃体育館にて、バスケの練習をしている男がこうしてクラス一落ちこぼれの私の面倒を見ているのだ。確かに軽くあしらいたくなる気持ちも分からなくはないけど、ちょっとくらい手助けしてくれてもいいじゃんか。だってかれこれ30分もこんなやりとりしてるんだよ?さっさとその無駄に高いIQをひけらかして、哀れな子羊に助け舟を出してくれても罰は当たらないんじゃないでしょうか。

「子羊なんて柄かよ、お前が。そもそも普段普通に授業さえ聞いてりゃ分かんだろ。こんなゴミみたいな問題」

「じゃあ花宮は毎日普通に授業受けてんの?いっつも寝てるか屋上でサボってんのに?」

「凡人と天才を一緒にするんじゃねぇよ。さっさとない頭で問題解け」

「嫌い、あんたなんて大嫌い」

「へーへー、俺はお前の事そこそこ好きだけどな」

ふぁ、とダルそうに軽くあくびをしてページを捲る花宮の表情は、最初に私の勉強を見てやれと担任に指示された時から何一つ崩れてない。「いや、先生!別にそんなの良いよ!全く望んでないし、こんな性悪男と二人だなんて願い下げだから…!」と訴えたのも虚しく、心底面倒くさそうな花宮に首根っこを掴まれて人気のない空き教室に連行されたのは約1時間前の事。嗚呼、神様…こんなのってないよ。どんなドSっぷりですか。

「お前の今考えてる事当ててやるよ」

「え?」

「あー肉まん食べたーい、だろ」

「死ね、全然違うし。カスってもねぇし」

「あぁ、間違えたわ。あー豚まん食べたーい、か」

「うっさい、黙れゲス」

さっきからずっとこんな調子で、ふっと口の端を上げて弧を描く花宮の発言、表情にただただ苛立ちは募るばかりだ。下手したらストレスでまじで頭禿げるわ、いやほんとに。

「で?」

「は?」

「また振られたのかよ、男に」

「…………」

突拍子もなく突然やってきた花宮の爆弾発言に、かろうじて握りしめていたシャーペンを床に落としてしまった。カラン、と小さな音をたてて転がったそれは、何とも質素で虚しい音色だ。あぁ、絶対今の衝撃で芯折れたわ。ラス1だったのに。

「……何で知ってんの」

「昨日の放課後、お前の元彼君とケッバイ女が腕組んで歩いてたから」

「あっそ…」

パラ、と再び花宮のページを捲る音が2人だけの教室に響き渡る。何だかその静寂さが急に心地悪く感じて、床に転がったシャーペンを拾った後、ようやく現実逃避していた課題へと視線を移した。

「皮肉なもんだよなぁ。お前あれだけアプローチされたってのに結果捨てられるとか」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。あんな男、こっちから振ってやったの」

「へぇ、そりゃまた強気な行動に出たもんだ」

「ねぇ、もうその話題いいからさ。ここ、分かんないからいい加減教えてよ」

「無理」

「は?」

人がようやくヤル気を出し始めたってのに、無理とか何。意味不明。つーか、あんたさっきさっさと問題解けとか私に言ってなかったっけ?これだから何考えてるか分かんない男は嫌いなのよ。先が読めないから。

「無理じゃない。教えろやゲス」

「じゃあお前から先教えろや」

「は、何を」

「あの薄汚ねぇ元彼君の事、わざわざテストを白紙で出すくらい好きだったわけ」

「え…」

何でそれを知ってるんだ、と言いたい私を見透かすように、「見え見えなんだよ、お前は」と、花宮は呆れ声で言葉を繋ぐ。

確かに彼の言う通り、あの薄汚い元彼君も私と張り合うくらい頭が弱くて、もしかしたらテストを白紙で出しさえすれば、補習でも何でも会えるかも、と考えたのは確かだ。でもそんな私の浅はかな作戦なんて、せいぜい自分の中で後を引くぐらいで、周りにはいつもの残念なミョウジで流される予定だったのに、ただ一人。花宮だけがそんな私の情けない作戦に気付くだなんて。本末転倒もいい所だ。

「答えたら教えてやるよ、その問題」

「…あんたって、ほんと性格悪いね」

「今に始まった事じゃねぇだろ」

「確かに。もはや背後から誰かに刺されるレベル」

「話逸らすな、さっさと言え」

これだから頭がキレる奴は嫌いだ。上手い感じに逃げようとしても直ぐに見破られて、また本題へと戻されてしまう。はぁ、と溜息を吐いてシャーペンを静かに机に置けば、退屈そうに本を読んでいた花宮とようやく視線が重なり合った。哀れだと思ってるのか何だか知らんが、花宮の表情は何故かどことなく切なそうで、まるでそれにつられるかの様にこちらも眉を下げて降参ばかりに、「そうよ、悪い?」と、正直に答えた。

「あぁ、悪い」

「何でよ、それであんたに何か迷惑かけた?」

「どう見ても掛けてんだろ。今この瞬間」

「あぁ、確かに。それは失敬」

「男見る目なさすぎなんじゃねぇの、お前」

「じゃあどうにかしてよ。好きでダメ男ばっか選んでる訳じゃないんだからさ」

もう一度大きな溜息をついて、がりがりと頭を掻く。このどうしようもない空虚感の埋め方が今の私にはどうしても探し当てる事が出来ない。そんな迷子のような私に「別に教えてやってもいいけど」と、パタン、と本を閉じ終えた花宮と至近距離で目が合う。いや、てかその前に何かさっきよりお互いの距離が近い気がする。は、なんだこれ。なんだこの甘い雰囲気。ちょっといい加減にし、


「………ここの数字、間違えてる」

そうお茶を濁すように、曖昧な言葉を吐く花宮の頬っぺたをペチン、と軽く叩いた。そんな私にうざったそうに目を細める彼の頬を、両手で掴んで引き寄せる。

「……何してんの、あんた」

「何って、答え」

「馬鹿、違う。そこじゃない。何ほいほいキスしてんの」

「おいおい、今更かよ。小悪魔か、お前」

「ちゃんと言葉で言えば。そしたら答え教えてあげる」

「ふはっ、いい性格してんな」

そう言って、またもや悪どい顔をして笑った花宮は、やんわりと私の手を頬から離して、0の距離だった身体をまた元の位置に戻した。相変わらず、その横顔に動揺の色は見えない。でも何と無く、ほんの少しだけ耳が赤いような気もして、単純な私はただそれだけの事に、さっきから心臓はバクバクもんだ。

「ミョウジ。お前確かさっき、自分は男見る目ないって言ってたよな」

「うん」

「これからもっと用心しろよ」

「なんで?」

「今からお前は、また最強にダメな男に掴まるから」

そう小さく、遠い目をした花宮の横顔を下から覗き込むように盗み見る。そんな不可解な私の行動に気付いたのか、机に乗せたままの私の手首を軽く掴む花宮。そして次の瞬間、息を呑む早さで後頭部に腕を廻されて重なった唇。そのどれもこれもが、まるで全て必然だったかのようにパズルは繋がって、気付けば嬉しさからか動揺からなのか分からない涙が、すぅっと頬に伝わっていった。

「……好きだ」

はぁ、と互いの吐息が漏れたと同時に耳に届いた花宮の少し掠れた声。その瞬間、私の胸のドキドキ度は一気に加速して、思わず飛びつくように彼の首に腕を廻して、ずっと鼻水を啜った。

「………合格。仕方ないから彼女になってあげる」

「上目線かよ…」

なんて、誰も居ない教室で憎まれ口を叩きあう私達はどこからどう見てもバカップルだ。そんな私達2人を祝福するかのように、開け放たれた窓から一つ、ビュウ、と、秋の冷たい風が、その場に優しく吹き抜けた。

いびつな愛の形

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