見送る人

「時間きっかりで大変助かります」
「私別に目覚まし時計とかじゃないんですけど。…鬼灯様がよく寝れたのならいいですが」
「ではまた、ヒサナさん」
「どうぞご贔屓に」

明け方、通りまで最後の客であった鬼灯を送り出し、ヒサナは店の暖簾を下げようと背伸びして手をかける。
と、その背後から腰に誰かが抱きついてきた。

「ひぃっ」
「しーっ!アイツが戻って来ちゃうじゃん!」

聞き覚えのある声に驚いて振り返れば、顔を真っ赤にした白澤がしまりのない顔で笑いかけてきた。
強い酒気と、僅かに漂う情事の臭い。
ヒサナはそんな白澤の醜態に呆れ混じりのため息をつくと、暖簾を手に取りカラカラと静かに引き戸を開ける。

「あれ、今日ももうおしまいだった?」
「朝帰りの白澤様は本来ご利用になれない営業時間なもので」
「でも、やっさしーヒサナちゃんは入れてくれるんでしょう〜?」

ニコニコとまとわりつく神獣に構わず、ヒサナは店へ引っ込む。
そういった意味で開け放したままの戸から、ありがとうと白澤は元気にヒサナの後に続いた。

「何でアイツ来てたの?」
「個人情報です」
「ふーん…大方徹夜続きの仮眠かな」

白澤に水を出しながら、個室の座敷に上がる。
薄い壁で隔てられた個室には布団一枚が敷いてあり、入り口にカーテンが引いてあるだけの簡単なもの。
しかしここは異性の行為を提供する店ではない。
それを承知している白澤は、ヒサナから受け取った水を一気に飲み干すとごろりと横になった。

「僕も開店時間まで寝れればいいや」
「目覚ましじゃないんですけど。…まぁいいですけど」
「わーかってるよ、妖怪枕返しさん」

そう言って白澤はまたへらへらと笑った。

ヒサナは枕返しと呼ばれる妖怪だった。
寝ている人の枕を返す悪戯をし、時には驚かせるだけだったり、酷い時には夢に迷わせそのまま目覚めさせなかったり。
昔はそんな悪さもしたが、今は地獄でこうして能力を活かし寝屋の商いをしている。
夢を選び、枕を返せばその世界に浸らせることができ、枕を戻せば目覚めさせられるものだから、今では夢を楽しみに来る人と、時間きっかりで目覚められる仮眠室として利用する人も来るようになった。

その為徹夜続きの鬼灯や、朝帰りの白澤等は常連客である。

「お相手した方のところで寝てくれば良いじゃないですか」

わざわざここへ来なくとも。
枕を布団に添えれば、白澤が身の位置を直してそれに頭を乗せた。

「疲れてそのまま寝入ることはあっても、女の子に気を張ったままだから休めはしないよねぇ」
「つまり私は気兼ねしなくてよいと」
「んーまぁそゆこと」

失礼な。私だって女性なのに。
まぁ白澤の相手をしたこともなければ望んだこともない。
職業柄ゆっくり休んでもらえるならば良いのかと、ヒサナはさらさらと白澤の前髪に手をかけた。

「ご所望は?神様」
「ヒサナちゃんの夢が見たいな〜」
「…どんな夢ですか」

呆れながらも香炉に一本の香をたてる。
それから上がるほんわりとした香りと細い煙は夢への道筋。
より近い夢を見られるように。
ヒサナは導く事はできるが、当人がどんな夢を見ているのかを覗く術はない。

「変なことしないで下さいよ」
「してないよ!只一緒に寝るだけ」
「ねる?!」
「ホントに!ホントに一緒に寝るだけ!何にもしてないよ!」
「どうだか…」

夢は所詮夢なので、別に見る人の自由だとは思うがこうも毎回自分が選択されてると、何をされているのだかと気にはなる。
まぁ自分ではないからいいかと、指先で彼の前髪で遊んでいれば、額の朱の瞳と目が合ったような気がした。

「…夢でも、女の子と遊ぶ夢でも見ればいいのに」
「それは現実にできるから、見ても仕方ないじゃん」
「へぇ…まぁ確かにそうですね」

特に興味無く頷けば、白澤が怪訝な顔をして上半身を起こした。

「あ、ちょっと寝てくださいよ」
「いやいや、『へぇ』ってヒサナちゃん」
「何ですか」
「ちゃんと深読みしてよ」

何を読みとく必要があったかと眉根を寄せれば、がっくりと白澤が肩を落とした。

「…僕ね、店に住み込みで桃タローがいるんだよ?」
「存じております」
「店に帰って寝れば、自動的に起こしてもらえるの。それでもヒサナちゃんの所に僕がこうして通う意味、考えたことない?」
「寝屋ですから、普通に夢を思いのままに見られる閨だから?それか…やっぱり目覚ましがわり」
「あの鬼と一緒にしないでくれる」

ムッと頬を膨らませた白澤は肩を落とす。

「まぁある意味あいつも自力で起きれるだろうに、報われてなくてざまあみろだけど」
「なんの話ですか」
「手を出さないのが悪い」

独り言を片付けていた白澤がぐいとヒサナに首を伸ばす。
ヒサナは眼前に迫った白澤に僅かに後退した。

「…なんなんですか。寝ないなら私にできることはありませんよ」
「僕はヒサナちゃんとならゆっくり寝られるの」
「そりゃ、そういう妖怪ですから」
「違う違う。君の側だと、すごく落ち着いて寝られる」
「だから、」
「妖怪だからじゃなくて君という存在に、僕は安心できるんだ」

いつの間にか手をとられている。
距離を取る事はもう叶わなかった。

「なんのつもりですか」
「僕はね、こういう性分で、女の子に関しては根無し草だ。だけど、それでも帰るところはヒサナちゃんのところがいい」
「…酔ってます?」
「とっくにさめてる」

なんの話が始まったのか。
酔っぱらって何か戯れ言を言い出したのかと思えば、白澤は素面の顔をしていた。
突然すぎて、意味を上手く飲み込めない。

「アイツにとられるのだけは嫌だ」
「白澤様、寝ないならお帰り下さいな」
「耳を塞がないで。僕の話を聞いて下さい」

真っ直ぐに見つめてくる白澤の瞳から、ヒサナは目をそらせなかった。
何を言おうとしているのかわかる気がする。
それを聞いてはいけないような気もする。
それでも、白澤の耳を塞ぐなという言葉が、ヒサナにその行動をとらせなかった。

「現実に叶わないことを、ここへ夢に見にくるんだ」
「そういう方も、いらっしゃいます」
「僕が帰る場所に、君がいる夢を見てはいけない?」
「夢は、その人のものです」

望むがままに。
何人たりとも、本来ならば侵してはならない領域だと、ヒサナの専売特許であるから理解できる。

「だから望んだの。ヒサナちゃんと過ごす時間を」
「どうして?」
「現実では願ってはならないものだから」
「何故」
「神様だもの。無限の時間のなかで、共に死ぬことも出来ないし、有限の時を生きる君を見送る事しかできない」

少し辛そうに顔を歪めるものだから、いつの間にかヒサナも真剣に聞き入っていた。
白澤は少し自嘲気味に小さく笑った。

「それでも、最近いいかなと思ってきた。アイツがいずれ本気で動き出したとき、アイツの隣にいるかもしれないヒサナちゃんをこの先見ていくんだと考えたら、我慢できなくなった」
「鬼灯様が?まさか…」
「あいつは意味のないことはしない。仮眠時間を割いてまで、ここに仮眠しに来るなんて矛盾もいいとこだ。なのにここにわざわざ赴く意味なんて、嫌でもわかるね」
「…」
「無限だと言っても、死の概念が無くても僕だって皆と同じ一度きりの生だもの。思うがままに生きて来たんだ。これまでも、この先も、僕はそう在るよ」

完全に身を起こしヒサナと向き合う白澤が真剣な表情を解き、目元口許の力を抜いて柔らかく笑った。


「だから望むんだ。僕の全ての時間をあげることは無理でも、君の残りの人生を僕にください」


思いもよらぬ申し出に、ヒサナは言葉がでない。
白澤は珍しく照れた様子で表情を緩めていた。

「神である無限の生の中、側に居ることを望んでいいなら、選ぶなら、ヒサナちゃんがいい」
「はくた…」
「共に死ぬことは叶わないけれど、君の時間を僕も一緒に過ごさせてほしい」

白澤の途方も無い無限の時間を思えば、妖怪故にそれなりに長い自分の一生も瞬く間の短いものなのかもしれない。
きっとこの先も白澤は数え切れないほどの出会いを繰り返し、同じ数だけ見送るのだろう。
それはよく考えてみれば、とても寂しい人のように思えた。
だからこそ、僅かでも記憶に刻み付けるかのように、この神様はあんなに楽しそうに人と関わるのだろうか。

「皆に言ってるんじゃないんですか?」
「僕は嘘は吐かないし、無責任なことは言わない。君に遊んでくださいって言ったことは無いよ」
「相手にもしてないのかと思いました」
「そうなの?!うわーだったらもっと言っておけばよかった…!」
「そうしたら…、今の言葉も冗談だと、思っていたと思います」
「じゃあ、言ってなくてよかった」

また安堵したようにくしゃりと笑うものだから。
先程の白澤の言葉が頭を占領し、彼の一挙一動に胸が高鳴る。
あんなことを言われれば無理もないだろうと、仕方がないじゃないかとヒサナは自身に言い聞かせた。

「ダメ?」
「…狡いです。そんなこと言われたら上手くもう考えられませんよ」
「じゃあ、今すぐ断らないで、考えてくれるんだね?」
「それは…」
「違うの?」
「かん…がえます」
「よかった」

策士でも、女の子に対して素で口をつく言葉でもなく、本当に心の底から吐き出すように白澤は笑った。
さっきから見たことのないくらい初々しい笑顔を見せてくれる。
そんな神様を見ていたら、考えてみてもいいのかもしれないと感じた。
時間はあるのだから、少し待つくらいこの神様には一瞬の事だろう。

20150322

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