優先順位

しゃらんと頭で簪が揺れる。
銀の軸に緋色の紐で結われた飾りが生え、
貝だろうか、白い飾りがヒサナが歩く度に揺れて光を反射した。
いつも簪で髪を結い上げているヒサナが見たことのない簪でまとめていたので、出勤してからというもの鬼灯が不機嫌な雰囲気を纏っているのは、執務室を訪れる誰もが思っていた。
提出して鬼灯のサインをもらって返ってきた書類の筆圧は穴が開きそうなほど。
これは作り直しだろうか。しかしそう当人に問うこともできず、どうか主任に何をしでかして来たと怒られませんようにと、訪れる前よりも背を丸めて獄卒たちは帰っていった。

気づいていないのは、簪を身につける当の本人だけだろうか。

「ヒサナさん」

仕事中と思い、目で追うのをやめても音をたてて主張するそれの存在に我慢ならなくなり、鬼灯がしびれを切らせた。
しかしただそれの連想させるものの色が酷似しているにすぎないだけかもしれない。思い違いかもしれないという可能性も捨てきれず、まずは穏便にと鬼灯は心を落ち着かせた。
本来ならば今すぐ引っこ抜いてへし折りたいという鬼灯の葛藤も知らず、ヒサナはいつものように笑って鬼灯の呼び掛けに応えた。

「はい?」
「綺麗な簪ですね」

思い違いであってほしい。しかし本人がそれを気に入って選んで買ったというのも癪に障る。
ヒサナは簪と聞くと、目線を落としてはにかんだ。

「ありがとうございます」
「見たことない細工だなと思いまして…どちらで?」
「あ、それはわからないんです。白澤様にいただいたので―――」
「やっぱりか!」
「えっ痛っ!鬼灯様いたいですってば!」

予想を裏切らないというかやはりというか、奴を連想させる作りにまさかと思っていたが正にその通りだった。
鬼灯はガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がると手を伸ばし、簪を引っこ抜いた。正に鬼の形相と呼ぶに相応しく、眉間に深くシワを寄せていた。

「なにするんですか鬼灯様!返してください!」
「貴女が何をなさっているのかお分かりですか!他の男に送られたものを彼氏の目の前で普通喜んでつけますか受けとりますか!」
「先日お使いを頼まれたののお礼にと頂いたんです!そんな高価なものと思ってお断りもしました!ですが白澤様が持っててもどうしようもないからと…ご厚意を疎かにするわけにも参りませんでしょう?」
「……っ!」

鬼灯が大きく舌打ちをする。思わずヒサナも反論しすぎたかと肩をすくめた。
ヒサナはわかっていないのだ。鬼灯がどれほどヒサナの髪で主張する簪に、白豚が「彼女は僕のものだ」と嘲笑われているかのようで酷く不快だということを。

取り上げた簪を握りしめ、鬼灯はヒサナ目掛けてふりかざす。
まさかと思いぎゅっとまぶたを閉じたが、大きな音をたてたのはすぐ耳の横の柱だった。

「貴女は…私の女ではないのですか?」

なんて消え入りそうな声で呟くのか。
恐る恐る目を開ける。簪を柱に突き立てる手が震えているのは怒りからかそれとも…。

「鬼灯様、そんなに嫌でしたか?」
「その質問から既に自覚が感じられません」
「…申し訳ございません」
「いっそ髪を切ってしまいましょうか?そうすればこんなつまらない事をされることもない」
「そうしたら鬼灯様に頂いた簪が使えなくなるので嫌です」
「何故今日は私のをつけてくださらなかったのですか?」
「このあと閻魔大王様からの言伝てで極楽満月に行くので、お礼もかねて使用させていただこうかと…」

落ち着き始めていた鬼灯の表情がまた険しくなる。
また何かやらかしたかと目を泳がせていると、盛大なため息をついて鬼灯は諦めたように簪を柱から抜き、手の中でくるくるともてあそび始めた。

「貴女の他人への心遣いは貴女の長所であると思いますが。合わせて私の事も考えていただけるとありがたいのですが」
「本当にすみません気を付けます…」
「本当ですかねぇ」

もっとわかってほしい。告白を受け入れてもらえた日から、安堵感と同時にいつ奪われるかもしれないという不安は弱まるどころかより一層強くなるばかり。彼女はわからないだろう。貴女が思っているよりも、遥かに私の思いの方が強く、そして自身でも歪んでいるという自覚があるほどに想っているかということも。
鬼灯はそれを伝えるつもりはないが、そろそろ自分を周りと同等に扱うのも少し位は考え直してくれないかとも思う。

まぁ今に始まったことではないと怪訝そうにヒサナを見下していると、ヒサナは困ったように袖をそっと引いた。

「簪とか…そういうものがなくても、私は鬼灯様のも…もの?ですから…っ」

そんな顔しないで下さいと、今にも泣きそうなヒサナは鬼灯の胸に額を押し当てた。
彼女の額の小さな角が、柔らかく突き刺さる。

「まぁ、今回は信じておきましょうか」

普段恥ずかしがってそういった類いの言葉は口にしない彼女だ。
これは珍しい事を聞けたと、鬼灯はヒサナの預かり知らない頭上で、ヒサナの長い髪を手ですきながら目を細めた。
私ほど思えとは言いはしないが、少し位は特別に…第一に考えてくれる日が来ますようにと。ヒサナの髪を一房手に取り口づけた。



同日、天国の極楽満月にて顔を会わせた白澤目掛け、必殺仕事人よろしく凶器と化した簪を鬼灯が瞬時に放ったのはまた別の話。

20140710

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