召喚獣

天国のとある地区。
ヒサナは久しぶりに我が家で静かな朝を迎えることができた。
しかし昨夜からの頭痛。珍しく寝ても引かなかったので、薬を処方してもらおうと、彼女は極楽満月に立ちよった。
その結果が、今の状態である。

「あのー白澤様、そろそろお薬を…」
「えーもうちょっといいじゃん。ヒサナちゃん、次はいつ召喚されるかわからないからさぁ」

会えるときに充電しておきたい!と、白澤様は私の腰に手を回して腹部にぎゅうっと顔を埋めており、調合を始める様子は微塵も見受けられない。
正直恥ずかしいし、でも退いてくださいと申し訳なくて口にできない。

「は…白澤様…っ」
「困った顔も好きだけどね、困らせるのは好きじゃないかなぁ。…じゃあね、敬称を省いてくれたらぼくも退くよ」
「む…無理です」
「同じ神獣なのに様付けじゃなくてもいいでしょ、ヒサナ様?」

恭しく頭をたれる白澤様の肩を無理ですやめてくださいとつかむと、ほらね嫌でしょとにんまり笑ってまた腰に手を回して飛び込んできた。そして頬を膝にあてたままニィと笑うのだ。

確かに私も神獣と呼ばれる部類なのだろう。
しかし白澤様は『神様である獣』の神獣なのであって、『神様に作られた獣』である私とは天と地…いや、地獄程の差を感じる。
思考を巡らせていると、忘れていた頭の痛みがずきずきと主張を再開した。

「…からかわないでください」
「君も人から見たら神様でしょうに」

そうだろうか?
私は歴史の分岐点や、危機にさらされた星が必要としたときに召喚される、世界が正しい方向へ流れるようにと『この世界を作った神様』に作られた存在。
化身は鳥の姿をしており、鳳凰様とは異なる大きな鳥だ。
神様の何分の一かの力を分け与えられており、手にいれられればその争いに勝ったも同然の存在として、いつの戦乱の世も姿を変え、名前を変え、もうひとつの争いのもととなってきた。
どちらかというと兵器の方がしっくり来る気がする。

その使命故にいつ呼び出され帰ってこれるかもわからず、つい先日役目を終えて天界に帰ってきたばかりだ。
地球だけではなく地球であっても別次元であったり、異世界に召喚されることもあるため、それは年単位で長く皆に会えないことも多い。
召喚されると秘密保持のためか天界の記憶も無くなる為、白澤様に会える環境だったとしても私にはわからないのだ。

「皆さんお元気でしたか?」
「みんなの心配に僕もまとめられちゃったか…」

ちぇっと口を尖らせて私の腰から手を離した白澤様は、その手を自身の頭の後ろに組みなおした。

「元気元気。鬼インフルとか流行ったりもしたけど誰も倒れてな…あぁ、アイツは過労で一回死んだな」
「えっ!どなたか亡くなられたんですか?!」

青ざめて問うと、違う違うと目を細めて笑う白澤様。
どうやら比喩であったらしい。
その事に胸を撫で下ろし安堵していると、
白澤様は人差し指を一本、額に押し当てた。

「アイツだよアイツ。地獄の閻魔大王第一補佐官だよ。現世の長期出張中に夜はこっちの仕事こなしててぶっ倒れたんだよ」

白澤様が示すのは額に『一本角』を持つ鬼。
そして閻魔大王第一補佐官。
その響きに懐かしさを感じる。

鬼灯様だ。

いつも多忙にしていらしたけれど、出張中もこちらの業務を怠らないのはいつもことのように思う。
鬼灯様が体調管理を疎かにするとは珍しい。
自分の限度をわきまえてギリギリまで粘りつつ、きちんと最低限の休息を挟む人だ。
そんな鬼灯様が倒れたという。

「鬼灯様は大丈夫だったのですか?」
「今は元気だよ。まぁ3ヶ月も仮眠だけでそんな生活してればつぶれるだろ」
「3ヶ月?!」

長期出張と聞いてもいつもは1週間かそこらだ。
なんて長い期間現世に赴いていらしたのだろう。それほどまでに重要な視察だったのか。

「鬼灯様も大変だったのですね…」
「違うよ。視察と銘打って殆ど自分の都合だよ。そっと見守る守りかたもあるだろ馬鹿じゃないの自業自得だよバーカ!」

…途中から白澤様の口調がおかしい。
明らかに話し相手の私に向けるものではなく、
私の背後、戸口の方へ向かって吐き捨てるようだった。
誰か来たのだろうかとゆっくり振り返ろうとすると、それよりも先に金棒が宙を舞い、白澤様の顔面に見事にぶち当たった。
見覚えのある金棒が白澤様を壁に叩きつけたのを驚いてみていると、
背後から肩口を引かれ、倒れ込むように後ろから抱き止められた。
頬の横には、俯いた漆黒の頭に角が一本。

「やはり記憶が無くなりますから、気づいていませんでしたねヒサナさん」

腕に込めた力が強くなる。

「わかってはいたんですけどね、あまりにも急で居てもたってもいられなかったんです。貴女を見に、降りてしまいました…」

未だ曖昧になったままのこちらの記憶と現世に降りていたときの記憶が少しずつ帰ってくる。

「鬼灯様…」
「約束、したじゃないですか」

…した。
確かにまた明日と、鬼灯様に最後会った帰り道に、突然…いや、いつものように召喚されたのだ。
そのまま数年間、彼を置き去りにしてしまった。

話があると、鬼灯様に約束を取り付けたのは私なのに。

「ごめんなさい鬼灯様」
「…思い出せませんか?」

「約束をしたことは覚えているのですが、何を話したかったのかはまだ…」
「ヒサナさんの嘘つき…」
「ごめんなさい…一番に会いに行くべきでした…」

私を抱き止めている腕を私も抱き締めて目を閉じる。
とても伝えたかったことがあったはずなのに、それはまだ私のなかにはない。

「プロポーズでしたか?」
「そっ…それはないです!」
「それは残念です」
「ヒサナちゃんが愛想つかして近寄らないで下さいって言いたかったんじゃないの?」
「それだったら約束を取り付けるまでもなくその場で言えますのでその可能性は皆無です残念でしたね白豚目の前から消えろ」
「ここ僕の家なんだけど」

頭上で繰り広げられる見慣れたやり取りに思わず綻んでいると、
ああ、やっと帰ってきたのだなぁと実感がわいてきた。
今まで召喚され過ごしてきた日常ももちろん帰るところであったが、やはりこちらの方がしっくりくるようだ。

「ああそういえば」

白澤様との口論からの怒声から一転、普段の声音に戻った鬼灯様の呟きに見上げれば、
鬼灯様が頭に顎をのせて息をはいた。

「お帰りなさい、ヒサナさん」

懐かしい響き、懐かしい呼び声。
やはり、私の帰ってくる場所はここなのだ。

いつの間にか頭の痛みもひいていた。

20140709

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