数え終わり

元々鋭い目付きである鬼神の眼が更に細められ、特殊な鏡を見つめる。
現世を写し出すその鏡には、友達と仲睦まじく歩く一人の女性の姿が映し出されていた。

「見つけましたよ」

引き結ばれた口許からは感じられないほどの柔らかさを含んだ眼差しで、男は鏡に手を伸ばす。

愛おし気に伸ばした指先で、鬼灯は鏡に写る彼女のその輪郭をなぞった。








目を醒ますと、そこは見たこともない部屋だった。
かけられた布団を掴んで身を起こすが、古風な和を思わせるその掛け布団も普段愛用している自分の羽毛布団ではなく覚えもない。
戸惑いながらベッドに腰掛け足を下ろせば、古い木目の床がきしむ。
素足であることにも驚いたが、自分が白い着物を纏っていることにも驚いた。
生地は真新しく汚れ一つ無いが、襟の合わせが逆であり宛ら死に装束のようであった。
いや、そもそもその考えが違うのではないかと、襟のあわせを掴んで呆然とする。
これは本当に死に装束のつもりなのではないかと、着物をつかむ指先が冷たくなった。

「お目覚めですか」

突然聞こえた低い男の声にびくりと肩を跳ねさせれば、音もなく開けられた正面の扉を見ると、一般男性の平均身長を軽々と越えた和装の男が立っていた。
まるで時代劇の世界にでも迷い込んだのではないかと目を疑うが、どうも夢の感覚とは違う。
混乱している間に男がドアを閉めると、キィと小さな音が鳴った。
先程は寝ている自分を気遣って開けてくれたのかと少しだけ余所事を考えるが、未だ状況は何一つ理解できていないまま。

「気分は如何ですか」
「ひっ…!」

一歩一歩と、草履を掠りながら近づいてきたことで鮮明になる男の顔立ちに、床に下ろしていた足を再びベッドの上に引っ込め後ずさった。

整った顔立ちだが鋭い目付き。
しかしそんな見た目で判断はしないが、それらをおいても悲鳴をあげずにはいられない信じられないものを目の当たりにしてしまった。

額に、絵本や漫画、教科書などの挿し絵でしか見たことがないような一本の白い角が、目の前の大男にはえていたからだ。

「お…鬼…っ?!」
「そうですよ。覚えはないんですか?」
「何が…」

簡単に肯定され訳がわからない。
ベッドの端まで身を寄せるが、逃げ場もないその上に見知らぬ男も腰を下ろしたので、少しでも距離をとろうと精一杯足を体に引き付けた。
間近で恐る恐る相手の表情を伺うが、男は無表情。
その上見れば見るほど、どう見ても彼の額から角が突き出ている。
今時の特殊メイクか何かだろうかと、気を紛らわせるためにまじまじと見つめるがさっぱりわからない。

「私は正真正銘の鬼ですよ」
「お…鬼、本当に、そ…存在するんですか…?」
「ええいますよ。この通り」

しゃべる男の口許から時折覗く八重歯は明らかにヒトのそれとは異なり、吸血鬼のイメージとまではいかないが長く鋭い。
尖った耳に牙、そして角と、本当に鬼なのかと恐々首を引いた。

「あぁ、今の貴女のお名前は?」
「え?な…名前…貴方は?」
「…私は鬼灯です」
「ホオズキさん?」
「現世にもあるでしょう。植物のあの鬼灯ですよ。鬼灯で構いませんよ」
「鬼灯、…さん」
「…まぁいいでしょう。で、貴女の名前は?」
「……ヒサナです」
「そうでしたね」

鬼灯と名乗った男が手を伸ばしてくるものだから、驚いて身を竦めるが顔に伸ばされた手はそのままヒサナの頬を捉えた。

「あ、あの…」
「はい?」
「私帰らないと…」
「何処へ?」
「どこ…家へ、あの、ここは何処ですか」

お父さんとお母さんが心配してる。
そう呟き部屋を見回すが時計らしきものは見当たらない。
ここは何処だと聞いたのに、視線を戻せば目の前の鬼は子首をかしげて、何を言っているのかと心底不思議そうな顔をしていた。

「何故帰るんですか?」
「は?いえ、だって、家族も心配して…」
「帰る必要はありませんよ」

頬に添えられた手の冷たさが肌に馴染んだ頃、ヒサナはその手から逃れるように反対側に首を傾げるが、その手はするりとヒサナの首もとに添えられる。
全く力は添えられてないのに、どくどくと自分の脈が早くなっているのが身の内に響く。

この男は、何を言っているんだ。

「帰る必要はないので安心してください」
「安心って、勝手なこと言わないで下さい」
「勝手?勝手に居なくなったのはどこの誰だか…」
「何、を」
「お答えしましょう。ここは地獄ですよ」

スッと細められた鬼灯の目から、ヒサナは目を離せない。
そらしてはいけない気がした。

その前に彼は何と言った。
ここは、何処だと言った。

「じ…ご…?」
「地獄。貴女は死んだんですよヒサナ」

突き付けられた現実に背筋に冷たいものが駆け巡り、体温を失った指先は勝手に震え力も入らない。

「死んだ?ウソ、だって…え?」
「大丈夫です。苦しまない方法でしたから。その身も何も傷つけてませんよ」
「…は、うそ…」

震えるからだに、もう鬼灯の声も動作も捉えることが難しく、背に腕を回され囲われたことすらヒサナは気付かなかった。

「おかえりなさい」

顔のすぐ横で細められた目を、ヒサナが確認することは叶わなかった。

20141122

[ 154/185 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -