探し物はなんですか

「いらっしゃいませ」

実家のよろず屋を手伝うようになって早数千年。
数えきれないほどの棚の品出しも慣れたもので、誰かが暖簾をくぐった気配にヒサナが振り返れば幼馴染みが来店していた。

「鬼灯君」
「こんにちは、ヒサナさん」

幼馴染みというか教え処の同級生。
よく皆と野を駆け回り遊んだものだが、卒業してそれきり。
その後彼が二代目の閻魔大王第一補佐官の座についたと世間を騒がしてしばらくしたある日、突然駆け込んできた。
漢紙はあるかと、新制度や記録をつけるのに紙が足りないと、駆けずり回って買い占めているとの事だった。

『お父さんに聞いてみないと』

当時はまだ手伝いを覚え始めたばかりで、全部出していいのか勝手もわからず配達に出た父親を質問攻めにした。
ヒサナも父親と一緒に店内や在庫をあわせたありったけの紙を荷車に積む最中、久しぶりの再会にぽつぽつと懐かしい昔話をした。
作業しながらだったが、昔話に花を咲かせる時間もあっという間に終わり、会計を済ませる。
最後に領収書を切って、忙しなげな鬼灯の背にお元気でと告げれば、『いいえ近いうちにまた来ます』と、それだけ言い残して早急に戻っていった。
そして彼は宣言通り、数日後に再び訪れた。
それ以来、仕事の入り用の物や私物なども買い求めに訪れるようになり、鬼灯はそれからの長い付き合いのお得意様である。

「…申し訳ございません鬼灯様。顔を見ると癖で…つい」

あっと声を上げたヒサナが口をつぐむ。
いくら幼馴染みと言えど、お得意様であり地獄のナンバー2の高官である鬼灯を敬称付けせずに呼ぶなど言語道断である。
気の緩みにいけないと頭を下げるが、鬼灯はゆるゆると首を降った。

「いえべつに。いつも言いますが気にしませんよ。むしろ呼び捨てでも構いませんよさぁどうぞ」
「そんな訳にはまいりませんよ!あっ…もしかして怒らせてしまいましたか申し訳ございません…!」

鬼灯の沸点は分かりにくい。
鬼灯が苛立ちそうな態度の相手だなとハラハラしながら様子を見守っていれば何事もなかったり、大人しく対応しているかと思えば急にキレたりと未だに掴めない。

「怒ってませんよ。率直にお答えしたまでです」
「…率直に感情を出すからそういう風に怒ってる姿も見かけた気がしますが…」
「気のせいですよ。さぁ気にせずお仕事をどうぞ」
「うー…では…。いらっしゃいませ鬼灯様、何か入り用ですか?」
「えぇ、欲しいものがあるんです」

気をとり直してヒサナは笑顔を深めて会釈をする。
営業用スマイルは完璧なはずだ。
それが鬼灯相手なら、必要以上に緩みそうになる頬を保つのが厄介なほど。
次はいつ来るだろうか、今日は来るだろうか等と思いを馳せるている事など、鬼灯は知りもしないだろうが。

「何をお探しでしょうか?自慢の品ばかりですよ」
「ええ、知ってます」
「…珍しい切り返しですね。えぇと…刻煙草ですか?」
「いいえ」
「じゃあ餌ですか?でもこの間金魚草の餌は配達したばかりですものね」
「はい、ヒサナさんの所で取り寄せていただけるので大変助かります」
「それはどうも…」

頑張って仕入れたものを誉めてもらえて嬉しいが、鬼灯の様子がおかしい。
普段だったら、金魚草の餌を注文できますか、いつもの煙管の刻煙草をお願いします等、簡潔に告げられそれを用意する傍ら他愛もない世間話をするのが常だ。
しかしどうしたことか、今日はヒサナが用件を聞く立場に回っている。

「おやおや、客の求めてる物も当てられないようではまだまだですね」
「…まだ継いだわけじゃありませんもの」

なんだ、私があてなければいけないのか。
ある程度の常連さんになれば、変わったものでなければ空いた期間やいつも購入するものを考えて言い当てることができるが、今回のはその変わったものバージョンだ。
いくら鬼灯との付き合いが長くとも、分かるわけがない。
むーと腕をくんで考え込むがさっぱりわからない。
お手上げでも許されるだろうかと、ヒサナは手を上げて首を降った。

「まぁ、ですよね」
「わかってるんだったら教えてくださいよ」

困ったように眉根を寄せれば、鬼灯が腰に手をあててヒサナを見下ろした。
しばしの沈黙に、気まず気に首をかしげれば鬼灯が口を開く。

「欲しいものがあるんですよ」
「はぁ、さっきも聞きましたが」
「長年品定めしてましたが、未だに売れ残ってるようなのでそろそろいいかなと思いまして」
「…粗悪品でもありましたか?」
「品は申し分ないんですが、場所が悪いんでしょうね。お陰で虫がつかないので大変助かりましたが。まぁ寄り付かないように手も回しましたが」

そんな自分でも気付かないような物が奥まって置いてあるのだろうか。
怪訝な顔をしながらぐるりと店内を見回し、確かにその手の人にしか売れないようなものは奥の方に置いてあるが、鬼灯が欲しがるようなものがあっただろうか。
わかりませんと口に手をあてて首をかしげれば、鬼灯が短く息をついた。

「欲しいものがね、あるんですよ」
「お店にあるものでしたらどれでもどうぞ…?」
「売ってないものはないと」
「あ…棚とかはお父さんに聞いてみないと、怒られるかなーなんて…」
「それ以外ならよろしいんですね?まぁ、おとうさんに結局聞くことになると思いますが」
「お父さんに?…!まっ…まさか地上げなんていいませんよね?!そういえば場所が悪いっていってましたね。そんな鬼灯様が低俗な…」
「なんの話ですか落ち着いてください」

額を指でつかれ目を閉じるが、地上げ屋ではないようで安心して顔をあげる。
そんなヒサナを鬼灯は至極嫌そうな表情で見つめていた。

「…その奇想天外な思考も幸を成したのでしょうね」
「なんですか人の事を変人みたいに」
「そんな変人が気になってしょうがない私も、充分変人ですがね」
「いえそんなことは言ってませんよって…はい?」

鬼灯はヒサナの額から指を退けると、彼女の眼前を指差し顔を寄せる。

「嫁にね、欲しいんですよ」
「嫁?」
「はい。このよろず屋の、自慢の娘さんを、お一人」

ヒサナは何を言い出すのかと口をあんぐりさせていたが、鬼灯に口あいてますよと言われてむっと閉じる。
しかし、やはりどう考えてもなんでそんなことになったのか飲み込めず口が半開きになる。

「いや…それは売り物でないんじゃないですかね…」
「ですから、それはお義父さんに伺いますのでご心配なく」
「やー何て言いますかね」
「先日貴女が配達に出てる際に訪れたときに、手伝いをさせてしまっていつ嫁にいくのかと心配していましたから、いいんじゃないですか」
「そんな簡単に…」
「見合い話を探してこようかとおっしゃられていましたので、遠回しに全力で止めておきました。同時に私が貰いましょうかとご相談したら、願ってもない高物件だけどヒサナさん次第だと言われました。ので、如何ですかヒサナさん」
「如何ですかも何も…」

顔を真っ赤にして狼狽えるヒサナの様子をじっと見ている鬼灯を前に、ヒサナはいたたまれない。
むしろ自分は想いを寄せようとも鬼灯は手の届かない地位の人であり、夢物語であった。
自分の手の届く世界の中心である店で会えるだけでも夢のようだったのに、これ以上願っても許されるのだろうか。
しかし、これは自分だけでは判断ができない。

「…私はよくても、お父さんに聞いてみないと」

「貴女は昔から困るとそれですねぇ」

教え処に通う頃から、こっちがどんな気持ちでヒサナを放課後遊びに誘ってるかも知らずに『お父さんに聞いてみないと』と、何度返されたことかと鬼灯は思い返す。
しかしその問答を繰り返したこと数知れず。
よってその結果を把握するのも、鬼灯には容易かった。

「それでしたら、既にオッケーと言うことで宜しいですね」

優しいあの父親のこと、ヒサナの気持ちを瞬時に汲んで二つ返事で済ませてしまうことだろう。
ヒサナは鬼灯を直視できずうつむいたまま小さく頷く。
彼女の答えに、鬼灯は嬉しそうに口許を緩めた。

20141009

[ 153/185 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -