神落子

知らない人から貰った食べ物を食べてはいけません。

白雪姫の毒リンゴの教訓然り、小さい頃からうるさく言われて育ってきたと思ったが、父も母もは不審者対策として『いかのおすし』の合言葉等は伝えど食べ物限定で言った覚えは無いという。

しかしヒサナには確かに何度も食うな飲むな貰うなと、誰かに言われた記憶がある。
それこそ目の前で自分が貰ったものを平らげられたり、握りつぶされて泣いたり。
あれは誰だっただろうか。
そんな事を思い出しながら、ヒサナは目の前に差し出された飴を見ていた。
高校の通学電車の中、具合の悪そうな男に席を譲ったら、お礼にヒサナにくれるらしい。
結構ですと一度断るが、尚も気が済まないと告げる相手の善意を無碍にはできない。
ヒサナは仕方なくそれを受け取った。

「食べないの?」
「え?」
「その飴」

男がにんまりと笑って吊り革につかまるヒサナを見上げる。
今食べろということか。
笑顔の似合う人だな等と余所事を考えながら、ヒサナは言葉を探した。

「あー…今食べると学校に着くまでに溶け切らないので、後で頂きます」
「そっか。美味しいから是非食べてみて。新作だから」

確かに、スーパーでバイトをしていても、各コンビニでも見たことのない飴の包み。
普通包みに商品名でも印字されていそうだがどこにも見当たらない真っ白な包装。
男に今告げた言い訳は事実の由でもあるので、ヒサナはそれをポケットに入れてお礼を述べて電車を降りた。





「ああ、朝貰った飴か」

バイト帰りの夜道、ポケットに手を突っ込んで感じた異物を手に取れば、朝の電車で貰ったあの飴だった。
すっかり忘れていた。
両手で摘んで、しげしげと眺める。

まだまだ育ち盛りの女子高生、バイト疲れに小腹がすいてない訳がない。

糖分は別腹で、女の子には必要不可欠である。
そんな言い訳を並べながらヒサナはその包を破いて中身を取り出す。
薄い桃色の飴玉は、見た目通り桃の味がするのかほんのりその香りがする。
美味しそう。
食べてしまおう、そう決めたときだった。

「痛っ」

飴に気を取られ、周りをよく見ていなかった。
薄暗い夜道、誰かと肩をぶつけてしまったようでヒサナはよろけて立ち止まった。

「すみませ…ん?」

振り返り、反射的に謝罪を口にするがヒサナは目を見開く。
車道横、ガードレールが設置されているほど広い歩道に、ぶつかった筈の人影が見当たらない。
電柱にでもあたったのかとも思ったが、通り過ぎた電柱とは距離があり次の電柱はまだまだ先だ。
首を傾げ周囲を見渡すが、街灯も満足に設置されている住宅街の歩道のこの明るさ、見えないわけがない。

「ええー…何もう…」

肩を抑え、ふと違和感に気付く。
先程まで手にしていた飴がない。
今の衝撃で何処かへ転がしてしまっただろうか。
ポイ捨てもしたくないので見回したのだが、やはり飴も見つからない。
車道に転がったのだろうか。
探そうとも思ったのだが、車道で万が一事故を起こすわけにも行かないのでヒサナは探すのを諦めることにし、見えない衝突者に若干恐れをいだきながら足早に家へと向かった。




翌日、現世とは遠く離れた桃源郷の極楽満月の店内で、鬼灯が憎き神獣の机に手のひらを叩きつけていた。
神獣白澤は、鬼灯の訪問理由に察しがつくようで余裕そうに組んだ手のひらに顎を載せて鬼灯を見上げていた。
鋭い目を更に細めてにらみつける鬼灯が、叩きつけた手をゆっくりと退ける。
そこには、粉々に砕かれた『飴だったもの』が無残に散らばっていた。

「これ何?」
「とぼけないでください。わかるだろう仮病じじい」
「あーあ、また食べなかったのかヒサナちゃん」
「食べるなと、教えてありますからね」

至極残念そうに白澤は肩を落とす。
電車の中で飴を渡した張本人。
食べないとわかっていたような、それでも期待していたような不敵な笑みを浮かべていた。

「こちらの食べ物を、現世に持ち込むなと言ったはずだ」
「いいじゃん。ヒサナちゃんあっちの子じゃないし」
「以前の話です。今は、転生した今はもう此岸側の住人です」
「だからだって言ってんじゃん。毎回毎回煩いなあ」

白澤が鬼灯を負けじと睨む。
このやり取りも何度目だろうか。
何度言い争いを、拳を交えても意見が一致しない。
普段も一致などすることもないが、鬼灯も白澤もこの件はいつも以上に譲る気はない。

「神様だったヒサナちゃんを、黄泉戸喫で戻そうとして何が悪い」
「…戻してもあれはもう違いますよ、付喪神だったあの方ではありません」
「違わない。魂は何度流転してもあの子のものだ」
「白澤さん」
「違うって言うけどさあ、じゃあなんでお前はヒサナちゃんのこと僕から守ってるの?」
「それは白澤さんが現世に干渉しているからで……」
「言い方を変えてやろうか?じゃあなんで只の一生者を生まれた瞬間から16年も気にかけてるんだよ」

ヒサナはその昔、社に安置されていた御神体の鏡に宿った付喪神だった。
存在する神の力を得るための依代としての神体とは違い、人が作り、祀ったことで長い年月を経てその人々の想いが本当に鏡に神力を与えた人造の神様。
人造の神は、特出した特定の能力はないのだが、人の願いの強さに見合った応える力を持っていた。
魔法のランプ然り、打出の小槌然り。
そんな特異な出生と能力の付喪神なので、神格を経てあの世に出入りするようになり、鬼灯の生体調査に協力していた。
それは必然的に白澤に会う機会もあり、白澤が女性の神様を放っておくはずもなく、そんな地獄ではありふれた日常の騒々しい毎日を送っていた。

しかしそんな日々は突然終わりを告げる。

現世の地区開発によって、ヒサナの宿る鏡が安置されている社が、無残にもショベルカーで共々解体された。
御神体が壊れたことで、付喪神のヒサナの生もなんの前触れもなく終了した。
鬼灯の目の前で消えた。
その場にいなかった白澤は、その事実を暫く信じようとはしなかったが壊れた鏡を目にしてやっと納得させた。
それから月日が流れ、白澤も落ち着いてきた頃に鬼灯の元に申請のない転生の報告が舞い込んだ。
地獄の審判を受けていない、未登録の魂。
神ならあり得るが、どんな神だろうとあの世で管理されている。
それにも当てはまらないのにはすぐに納得がいった。
新しく作られた、付喪神が力を得た人造の神様。
ヒサナの魂に他ならなかった。

転生したと知った日から、あの手この手で白澤はヒサナを彼岸へ呼び戻そうとしている。
只神隠しで連れてきても、生者は彼岸に馴染めない。
しかし殺しても亡者となって輪廻を只巡る通り道として彼岸を通るだけ。
根本から存在そのものを作り変えるには、異界で作られたものを口にしてその世界に適応させる古来からの手法『黄泉戸喫』しかない。
白澤が選んだのはその手段。
ヒサナが小さな頃から、何度も天国や地獄の食物を渡しそれを鬼灯が阻止していた。
ヒサナにも言って聞かせてはいるのだが、何を仕込んだのか白澤の渡すものを食べようとしてしまう。

「次は食べてくれるかなぁ」

楽しそうに笑う白澤の顔を、いいかげんにしろと鬼灯は金棒で振り抜いた。
この気に病んだ獣に喰われないように、鬼灯は今日もヒサナを守る。

20190317

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