ずっと

現世の、とある山奥の洞窟。
ぽっかりと口を開けたその道を、鬼灯は進む。
片手にはいつもの金棒は無く、代わりに護石や薬草をあしらった帯を幾重にも巻き付けていた。

鬼灯の表情はいつになく険しく、ひたすら最奥目指して歩を進める。
人里離れた山奥に関わらず、この洞窟には落書きやゴミが所々に目立つ。
近くの道路から歩いて来れない距離ではないからだろう。心霊スポットとして、今でも名高い肝試し場所だった。

確かにここには浮遊霊が引き寄せられており、それが集まり澱んだせいで磁場が影響をうけている 。
後でお迎え課に連絡しなければと、この場所に何度目かわからない手配を検討する。
そう、鬼灯は何度もここへ足を運んだ。
何度もこの道を往復した。

それでも手の届かなかったものが今度こそ―――

鬼灯は逸る気持ちを押さえ、ようやっと最奥の少し開けた空間にたどり着いた。

洞穴内は真上に位置するこの山の木霊が住むご神木の根がむき出しになっており、壁沿いに根をはり宙吊りになった部分の根は長い年月を経て洞穴の床にたどり着き、再び地に根を下ろしたその姿は地底に誕生したもうひとつの大樹のようであった。
地上の幹同様、根にも勿論神力は備わっていることにかわりない。

鬼灯は忌々しげにその大樹の中央を見据え、無遠慮に根に足をかけ上ってゆく。
木霊の許可は、遠の昔に得ている。
鬼灯の見据える先には、一人の女性が眠っていた。
その胸部には、風化した刀が深々と突き立てられたまま。

昔々、一人の子鬼がこの山に住んでいた。木霊に導かれること無く、逆にこっそり地獄から遊びに来た同じ子鬼たちと遊び回った。
それがヒサナと鬼灯達との出会いだった。
来る日も来る日も遊びほうけ、それぞれの仲も深まった頃、ある日鬼灯に誘われた。

「ヒサナさんも地獄へいらっしゃいませんか」
と。

「本当に?」
「ええ、木霊さんに頼んで導いてもらいましょう」
「私一人じゃない?」
「ええ、私たちと一緒に」

ヒサナはその誘いが嬉しく、いつも一緒に居られるならと喜んで鬼灯の申し出に答えた。

「本当の本当に?」
「本当の本当です」
「約束?私ここで待っててもいいの?」
「はい、約束です」

明日迎えに来ると、ヒサナと約束した。
嬉しそうに笑ったヒサナの顔を、鬼灯は今でも鮮明に覚えている。
この山の木霊にも話をし、洞窟にヒサナがいるとは気付かなかったらしく、それならすぐにでもと引き受けてくれた。
準備は万端。あとは約束の時刻に迎えにいくだけ。

しかし、その約束は無惨にも果たされることはなかった。
いつも遊ぶ待ち合わせ場所で鬼灯を待っていたヒサナは、人の気配に喜んで振り替えると、そこにいたのは鬼灯ではなかった。

この山には鬼があると、人間が陰陽師をつれて寄越したのだ。
木霊の加護虚しく洞穴奥で追い詰められたヒサナは、陰陽師の手によりご神木の力も相まって名の無い刀に神力を宿し、この洞穴内にヒサナを封印してしまった。
木霊に事情を聞いた鬼灯が駆けつけたときには既に遅く、その刀に宿る徳の高すぎる神力は鬼である鬼灯にとって毒でしかなく、何度試しても手を出すことは勿論ヒサナに触れることすらかなわなかった。

ヒサナの封印を解くため、刀を抜くため己の鬼の力を無力化し、かつその徳に見合う力をもってするため、鬼神の力を維持したまま変換する帯を神獣である白澤と考案してやっとのことで形にした。
もう互いに待ちくたびれてしまった事だろう。
帯を巻きつけた手で柄を握る。
今までさんざんその手を弾かれて来たと言うのに、今回は意図も容易く触れることができた。
あとは力を込めるだけ。
長い間彼女を縫い止めていた刃は、その費やした年月を嘲笑うかのようになんの手応えもなく拍子抜けするほど簡単に引きぬけた。
鬼灯の大願はあっさりと終わりを告げる事だったのだろうか。
支えを失った彼女のからだがよろめき、すかさず鬼灯が抱き止める。
朽ちた刃が、錆を散らして地に落ちた。
遠い昔に触れた彼女と体つきは変わっていたが、それは成長によるもので神木の加護をうけていたお陰か大事無いようであった。
鬼灯は懐かしい温もりを手にし、その場で膝をつき存在を確かめるかのように腕の中に閉じ込め抱き締めた。
その力強さに、苦しそうにヒサナがうっすらと目を開けた。

「鬼…灯く…?」
「待っててくださいと、約束したじゃないですか…っ」
「それでも…迎えに来てくれると…信じていましたから」

弱々しくも懐かしい彼女の笑顔。泣きそうになるくらい愛おしく、変わらない記憶に鬼灯は顔を歪めるが、見られないようヒサナの肩に顔を埋める。
念願叶ったが、それだけでは許されないのは、この世のなんと残酷なことか。

「せっかく貴女を解放できたのに申し訳ないのですが、貴女を阿鼻地獄へお連れしなければなりません」
「一番…深い地獄の名前だね」
「貴女のせいではないことはわかっているのですが、それでもどうしようもできませんでした…」

彼女が封印されたことにより、彼女の力にひかれた霊が集まり負を呼び集めた。
それにあてられた磁場が歪みそこを訪れた人を引きずり込み、また霊を呼び寄せそれが人を呼ぶ。
その繰り返し。本人が望まずともこの地の諸悪の根源がヒサナになってしまったのだ。
鬼灯も理不尽な事だとはわかっていた。
それでも、それだけでは片付けられないほどあの場所の被害は大きく、汚染も酷いのだ。
覆す事など、鬼灯の地位がそれを許さない。

「また、遊びに来てくれますか?」
「はい、約束したじゃないですか。必ず伺いますから」
「うん…ちゃんと待ってる」

弱々しく鬼灯の背中に回したヒサナの手は暖かい。
また手放さなければならない彼女を、せめて今だけはと、鬼灯は地獄につくまでけしてその手を離そうとはしなかった。

20140716

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