向かい風

猛暑真夏日熱帯夜、日本の夏は地獄でも堪える。
現世の熱に加え、炎を多く使う刑場の熱。
じめじめした日本独特の蒸し暑さは風もない地獄にはまさに地獄だった。

「暑いぃー」

そんなあの世でも、低く唸るモーター音を響かせる機械が室内にも風を生む。
現世の発明品である扇風機の前に陣取ったヒサナは、人目も憚らずに着物の裾を金網の上にかけ風船のように膨らませて涼んでいた。

「はー着物って辛い…」
「やめなさいはしたない」
「鬼灯様ずっと室内で涼しいから良いじゃないですか。ちょっとだけ貸してください」

人目も何もこの執務室には鬼灯しかいないのだから、背を向けていれば見えることもないし警戒する必要もない。
下駄を脱いだ足先でつまみを強へと回せば更に髪が踊る。
広げた裾から風が入り、帯で締めた腹部の合間を駆け抜けて行くのが気持ちよくて外回りから戻った熱とベタつく肌を休めるにはこれが一番手っ取り早いと目を閉じる。
そんな恥態を晒すヒサナに呆れながら、鬼灯は誰か来ても知りませんよと小言を口にした。

「別に室内で遊んでたわけではないんですけど。風が来ないから退いてください暑い」
「扇風機があれば誰でもやるでしょう」
「やりますけど、人前でする女性もどうかと思いますが。いっそ煩わしければ脱いだらいいんじゃないですか」
「変態」
「既に貴女が変質者ですよ」

いい年した女性が、雄の前ではしたない姿を晒す等。
裾を膨らませて笑う彼女に怒る気は無いが、僅かな涼を独り占めされるのも面白くない。
鬼灯はすっかり手のつかなくなった書類を少し脇へと退けて、懐から取り出した煙管に火をつけた。

「ふー…日本人て好きですよね扇風機」
「日本人じゃなくても、この暑さなら誰しも求めると思いますけど。あと夏の風物詩ですよね、日本の」
「知ってます?扇風機って日本人が発明したんじゃないんですよ」
「へー」
「あぁ、そういう声とか………あ、」
「え?」

ヒサナが気の抜けた声を出せば、鬼灯が何か思い出したように声を上げた。
煙管をくわえたまま口を閉ざし思案している様子だったが、涼みながら気長に呆けて待っていればようやっと口を開けた。

「扇風機って皆さんやりたがるじゃないですか」
「何を?」
「声」
「声?」
「あーって」
「あぁ、しますね」

今は裾の下で見えないが、その中で回っている羽を見れば誰しもその衝動にかられるだろう。
自分がしている姿も定番だとは思うが、それよりも王道に君臨するのは扇風機による『変声』。
あの独特の声は、老若男女問わず魅了されるものである。
ため息混じりに煙管を吹かした鬼灯は、顎に煙管を誘えた手をあて肘をついた。

「皆さんやるんですよ。私がいても、いなくても、好奇心に負けて通りすがりに」
「あーって?」
「ええ。忙しい時にもやられるもので実践中の背中ばかり見て苛立ってましたが、ふと思ったんですよ。扇風機から見たら、結構な変顔を晒してるのではないかと」
「ははっ、確かに大口開けて宛ら歯医者ですね」
「でしょう?ですから扇風機から見てみたいなと思いまして、仕掛けてあるんですよ」
「罠ですか?何を?」
「ビデオカメラを」
「何処に?」
「その扇風機に」

暫し、執務室に扇風機のモーター音と風の音だけが響いた。
まるで壊れた扇風機のようにぎこちなく、ヒサナは首を鬼灯から扇風機へと向ける。
扇風機ってなんだ、これのことかと、これに何が仕掛けてあると、それぞれの単語が結びつけられたときに、ヒサナは大声を上げて飛び退いた。

「わああああ?!!!」
「うるさい」
「え?えっ?!ここに?カメラ?!」
「ええ、今までヒサナさんが着物で独占していた扇風機のその中心のところに。ネジの中央、穴が開いているでしょう。重度の馬鹿に螺型小型撮影機を作ってもらいました」

着物の裾を正して押さえながら覗き込めば風圧に髪が舞うが構わずに言われた場所を探る。
真っ赤になった顔には風すらも上気した熱は敵わない。
手でも扇ぎながら屈み見れば、確かにネジとは違う光沢を放つレンズのようなものが確認できた。

「いつから?!」
「今朝つけといたと言われていたのを忘れてました」
「稼働してるんですか?!」
「してますね。電力は扇風機の羽が回るところから発電供給されますので、ヒサナさんの着物の中もばっちりですよ」

ごちそうさまです。
そうのたまう鬼灯は満足そうに煙管を吹かす。
消してくれと懇願したが、どこに保存されてるのか自分もわからないととぼけられるだけ。
職務後が楽しみですと、風が当たるようになり煙を流す無表情に笑う鬼に、悔しそうにヒサナは風を背に立つしかなかった。

20150901

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