クリスマス前

■師走(気紛れ拍手お礼小説)

師も走るとはよく書いたものだ。
そんなことを思いながら、今年も残り一枚となったカレンダーを見ていた。

「馬鹿…」

ある一点を睨みつけながらヒサナは筆ペンを握りしめる。
伸ばした腕で線を二本走らせ、マスに付けた印はバツ印。
その印をつけられた日付は24日。

「鬼灯様の馬鹿…っ」

続けてすんと鼻をすすった。

師も走るほど忙しいという名を掲げるほど皆忙しない年の瀬。
この時期『年を越せない』と、年を越すことを諦めてこちらに旅立ってくる亡者が多いので、鬼灯はお盆並みに忙しい。
去年のクリスマスも、その前のクリスマスもその前の前も当日は仕事だった。
鬼灯が忙しい事はよくわかっていた。
わかっていたのだ。
だからこそ今年も無理だろうと、今週のシフトを出す際に、困っていた後輩のその日の出勤を引き受けてあげた。
当日ではなくてもどこかで会えることに変わりはないと、涙ぐんで感謝の意を口にしながらシフト表を主任に提出しに走る後輩を、楽しんできてねと見送った。
それが今日の昼の話。

そしたらその夜、鬼灯が24日は空けてあるというのだ。
むしろ何故ヒサナは空けてないのかと怒る始末。
こうして私は鬼灯と喧嘩して、鬼灯の静止の声を振り切って自室に戻ってきていた。

「何よ、鬼灯様が空けてなくても怒った事なんか一度だってないのにあんな言い方…っ」

軽蔑するような、ものすごく冷たい目で見られた。
私一人で楽しみにしていたみたいですねと、そんなことも言われた気がする。
鬼灯が仕事でも、一度も不満を漏らした事はない。
鬼灯が忙しい事は仕方がないと分かっているからこそ割り切っていたのに、立場が逆転すればこの有り様。
それとも、休みをとってほしい、自分と仕事どっちが大事なのと小煩い女になっていればよかったのか。

鬼灯とクリスマスを過ごしてみたいと、願わなかったわけではないのに。

悲しいのか悔しいのか、怒りからなのかわからないが、涙がこみ上げカレンダーが歪んで見えた。

「鬼灯様なんて、だいっきら―――」

鬱憤を含ませ叫ぼうとした刹那、部屋に携帯の着信を知らせる音が響いた。
聞き覚えのある個別着信音に、あ゙?とドスの効いた声で帯から携帯を抜き取れば、ディスプレイには今一番見たくない二文字が表示されていた。

「…はいなんですか」

出たくもないが、もしかしたら別の要件かもしれないと渋々通話ボタンを押して耳に当てる。
ぶっきらぼうに応えた次に電話越しに聞こえたのは、鬼灯のため息の音だった。

『もう少し可愛らしい声出してくださいよ。山姥ですか』
「残念ながら私は鬼なので無理な相談ですねっ」

投げやりに返答すると、スピーカーフォンに切り替えるボタンを押してそれをベッドへと放る。
彼の低い声は電子音に変換されると妙に鼓膜に響く。
普段は心地よい響きも、今は耳障りに過ぎなかった。

『ちょっと貴女ハンズフリーにしたでしょう』
「しましたが何か?」
『声が遠い』
「あらそうですか。気のきかない女ですみませんねぇ」

気のきかないというのは今は関係ないだろうが、先程の口論でも空気が読めないだとか散々そんなことを言われたような気がするので、皮肉を込めて口にした。
彼の声を聞きたくないのは勿論だが、悔しさに滲んだ涙をすする音とか、鼻声なのとか、そういったことも聞かせたくもなかった。

『…まぁそのままでも構いませんが、一度しか言いませんからよく聞いてなさい。聞き逃しても知りませんよ』
「何を…」
『ヒサナの仕事が終わる時間は22時でしたよね。23時から1時間だけですが何とか予約が取りなおせました。ですので24日当日、23時に地獄門前のレストラン『ロダン』に来てください。時間厳守ですよ』
「それはどういう…」
『貴女は今私の声も聞きたくないようですので当日まで連絡は控えます。あぁ、今日は目を冷やして寝ないと明日不細工になりますよ。では当日…』

ツーツーと、通話終了の音がベッドの上から鳴っていた。
涙で滲んだ視界を手の甲でこすり鮮明に戻すと、携帯を拾い上げる。
もう一方の手を添えて両手で包み込むと、通話終了と表示された画面を覗き込んだ。

「……え?え!」

どくどくと心臓が煩い。
震える指先は血が巡り熱い程。
先程までの煩わしさはとっくに何処かに消え失せていた。

20141222

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