王子でも乞食でも

「嫌なんだ」

白澤は店の出入り口を塞いで、漢方が入った袋を抱えて困り果てた彼女を見下ろす。

「ヒサナちゃんがアイツのとこに帰ると思うとなんかすごいぐちゃぐちゃしてきて…アイツに…誰かに嫉妬するなんて思ったことなかった」
「でもそろそろ地獄へ戻らないとお昼休みが…」
「僕って飛べるじゃん?だからここからもっと離れてる浮き雲の上に新しく小屋を建てたら、あいつの脚力でも手は届かないんじゃないかなとか、朧車駆り出してきたらやっぱりだめかとか、ずっと考えてるの。どうしたら僕を好きになってくれるかなって」

知識の神なんて名だけで、自分がほしい答えなんて浮かばないものだねと、白澤は自嘲気味に笑う。

「白澤様のことは好きですよ?」
ヒサナは心配そうに白澤の頬に手を添えようとするが、白澤の手により阻まれてしまう。

「君の言う好きは、僕が女の子みんなに使う好きと一緒だよね?僕もそれ以外使ったことなかったし、遊んでる方が楽しいから使うこともないと思ってたけど、でもその好きじゃ嫌なんだ」

背後のドアを押さえている白澤の手が動き、先程掴んだヒサナの手を両手で包み込み口許に寄せる。

「もう僕も女の子とそういう風に遊ばないからさ、ヒサナちゃんも僕だけを見てみない?」
「でも…白澤様は皆の白澤様でしょう?」

皆の『神獣白澤』様なのだから。

好意を寄せているのはヒサナも同じだ。
しかし白澤は愛の言葉を軽々しく口にすることはあっても、ヒサナに一度たりとも『遊ぼうよ』と誘ってきたことはなかった。
だから私はそこまでは相手にされていないのだろうと捉えていたのだが、
今日は極楽満月を訪れてからというもの、どこか白澤の様子がおかしく、話しても上の空というより心ここにあらずという白澤に虫の居所が悪く、早々に引き上げようと思った矢先、
気づいた白澤が突然ヒサナの進路を塞いできたのだ。
要するに白澤に遊びに誘われなかったということは、別の意味で他の女性とは明らかに違う扱いを受けていたということか。
大事に、されていた。

答え合わせを終えたようで、真相を自覚し顔を真っ赤にして手をなんとか振り払おうとする様は、なんだか聞き分けのない幼子をあやしているような錯覚に陥る。
白澤は慈愛に満ちた眼差しでヒサナの手に口づけると、その口はいつもよりも深い弧を描いた。

「白澤(ぼく)だからダメなの?白澤(ぼく)だからいいの?…ねぇヒサナちゃん。白澤じゃなくなっても、君は僕を愛してくれる?」
「どういう意味…」
「神様の僕だから好きなの?」
「ちがいます!」
「ならどうして、そんな顔をするの?」

先程まで困り果てていた顔は、ヒサナが叫んだときに真剣な眼差しへと切り替わったが、その後すぐに瞳が揺れ始めた。
まぁ、何を考えているかは大体想像はつく。

神様じゃなくても、普通の亡者でも人間でも鬼でも悪魔でも、
私は白澤様にひかれるだろう。
神様だから惹かれたのではない。
この方がもつ全ての物に惹かれたのだ。
だからこそ『神獣白澤』という一面に、この思いに後ろめたさを感じる。
無くても白澤様が好きな気持ちにかわりはないが、簡単に切り離せることではけしてないはず。
神様は皆に平等でなければならないのだ。
私一人が受けていい御心ではない。

そう思い、簡単に返事をするわけにもいかず唇を噛み締めていると、唇に暖かいものが触れた。
気付けは白澤の顔が、ヒサナのすぐ目の前にあった。

「君のためなら、僕は喜んで神様を捨てられるよ」
「だ…だめです!捨てるだなんて簡単にそんなこと言ったらいけません!」
「あぁゴメンゴメン。捨てるというか、譲ればぼくの神力はなくなるんだよ」

捨てるだの譲るだの、
何をいっているのかと眉を寄せていると、白澤はニッコリと笑ってヒサナに耳打ちした。

「新たな神が生まれれば古い神の力はそっくりそのまま継承される。同じ神様は二人も要らないからね。そしたら僕の力は全部ヒサナちゃんとの子に受け継がれるはずさ」
「でも…!」
「君の心配のもとならそんな力要らない。君が手に入るなら、僕はヒサナの為に喜んで捨てられるよ?」

その気でヤればできる筈だと思うんだよねと笑う白澤に、耳まで顔を赤くしたヒサナが口をパクパクさせていたが、
さてあと何かお困りの点はあるかな?と白澤に問われたヒサナは、
もう無いですと小さく呟いた。

20140712

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