「ねえ、お聞きになりました?」
「ええ!スクアーロ様ね」
「近々ご結婚なさるとか」
「今晩ボンゴレ主催のパーティで発表するそうよ」
「はあ、残念ですわ、私お慕いしておりましたのに」
「私もですわ」

何が、ですわ、だよ。バーカ。私はフンと鼻を鳴らして噂話に花を咲かせている彼女たちの脇を会釈もせずに通り抜けた。どこぞのマフィアの娘さん方だろう。そのグロスを塗りたくったピンク色の唇から吐き出される丁寧な言葉の中に、どれほどの嫌な感情が詰まっている事か。見るに(もしくは聞くに)耐えません、わ!

「…」
「あ、獄寺さんこんにちは」
「!」ガシッ
「逃がしませんよ」

ロビーの端でこちらを凝視している十代目守護者、獄寺隼人さんを発見。確保。ヴァリアーの瞬発的スピードなめんな。Bダッシュなんて目じゃないぞ。

「どうして逃げようとしたんですか、おひさー、なのに!」
「お、お前が鬼の形相でこっちに走ってくるからだろうが!離せ!」
「鬼だなんてあんまりだ」
「事実だろ。大体、ヴァリアーが何でここにいんだ」

怪訝そうに尋ねてくる彼に親指を立てる。

「沢田綱吉クンにお届け物でーす」

にっこり笑った私を変なものを見る目で見下ろした獄寺さんと一緒に、私は綱吉のいる執務室へ向かった。

***


「やっぱり本部のソファはいいわー。沈むねこれ。もはや抜け出せないね」
「ねえ獄寺君。何でこの子連れてきちゃったの…」
「すいません十代目!!コイツが届け物あるっつーから仕方なく…オイ!テメェ十代目の前でゴロゴロしてんじゃねぇえ!」
「届け物?そうそれは私!」
「うぜぇ!」
獄寺さんのゲンコツが脳天にクリティカルヒット。悶え苦しむ私を脇目に大焦りな綱吉は、少し考えたようにして黙った後、眉を下げて溜息を吐いた。

「スクアーロでしょ」

私は目に見えてギクッとなったに違いない。(お、おそろしい…超直感。)

「な、何の事やら。ピュー」
「スクアーロの婚約話ならここにまで届いてるよ。今夜発表することもね」
「な、なにそれ初耳ー。えーあいつ結婚するん?良かったやんあの三十路カス鮫」
「お前汗の量が尋常じゃねぇぞ」
「ヴァリアーのアジトでも大騒ぎだろうね。居づらくなったから来たんでしょ」
「うっ…」
「ベルフェゴールとか、好きそうだよね」
「っそうなの!」
私は立ち上がって綱吉の肩を掴んだ。
「あの自称王子野郎!私がスクアーロの事好きなの知っててなお、そういう噂が私の耳に入るように全力尽くしたりしてくんの!サイテー!もはや悪魔の皮をかぶったサタン!」
「それかぶる意味あるの!?」
「良いツッコミ。私決めた、私もう本部で働く」

あーそれで万事解決だわ。仕事中あの鬱陶しい銀髪見なくてすむし、無駄に馬鹿でかい声聞かなくてすむし。このなに胸がズクズク痛むことも無くなる。万々歳じゃないの。
私が再びソファに転がって鼻を鳴らすと、苦笑した綱吉が私の名前を呼んだ。
「俺、心配いらないと思うんだ」
「?」
「いや、勘なんだけどさ」
良く分からない綱吉はそう言って頭をかき閉口した。私はそれから少しの間綱吉の所でぐだった後、ヴァリアーへ帰るべくボンゴレ本部を出た。本部で働きたいけどあくまで願望なのだ。それに今日はこの後警護の任務がある。仕事優先。私えらい。その警護ってのが今日の本部で行われる例のパーティでさえなければ完璧なのにね。あー、くそ。ハゲろスクアーロ。私は悪態を吐きつつ帰路についた。



***



「隊長」
「んー?」
「隊長はパーティ、参加しないんですか?」
部下の一人にそう聞かれた。隊長、というのは私。(作戦隊長がスクアーロで業務隊長がこの私)幹部は基本的にパーティ参加を許可されているのだ、が。
「ここは私達に任せてくださってもかまわないんですよ」
「結構けっこうコケッコーだよ」
「そんなこと仰って……行きたくないのは分かりますけど」
「何でわかんの!うそこけバーカ」
「見ていればわかります。だって隊長スクアーロ様のこと」「あーあーあーあー!聞こえなーい」

耳を塞いで首を振っている私を見て部下たちが溜息を吐く。何だよどいつもこいつも!私の儚い恋が終わりを告げたってのに呑気なもんだ。一番呑気なのはあの銀髪野郎だけども。いっそぶっ壊しちまおうかこんなパーチー。
その時、ドォン!と地響きのような爆音が耳に入った。一瞬で空気が張り詰める。

「皆、行くよ」
私の声に従って影が拡散する。私はまっすぐ、広間へ向かった。
開け放れたままの立派な扉の中からはいくつもの悲鳴が聞こえる。部屋に飛び込むと、広間の真ん中あたりに見慣れた銀色を見つけた。

「敵襲!?無事、スクアーロ!!」
「う"お"ぉ"ぉ"お"い"!!!」
「いやうるさっ!!かつてない煩さ!」
「テメェ今までどこに居やがったぁ!!屋敷にもいねぇ!パーティにも来ねぇ!俺がどんだけ探したと思ってやがる!!!」

スクアーロの馬鹿でかい声は女の子たちの悲鳴やなんかも掻き消して広間の隅々にまで行き渡った。や、ちょっとアンタ…
「い、今別によくね?」
「よくねぇ!!!」
「テメェら!何痴話げんかはじめてんだ!今から敵が攻めてくんのに余裕ぶっこいてんじゃねぇ!!」
血管ブチ切れそうな隼人さん。と、スクアーロ。二人がそれぞれ喚くから煩くてしょうがない。途中綱吉が直々に止めにきたりした。
そこでようやく、私達の足もとに転がる男達の屍に気が付いた。

「こいつらは特攻部隊だ。今から別の精鋭部隊がここを崩しに来るんだとよ」
彼らのうち誰かを締め上げて聞き出したのだろう。
「へー、バカだね」
ボンゴレ本部でされるパーティなんて強者揃いだと分かっているだろうに。それを裏付けるように、今や焦っているのは冒頭でキャイキャイしていた彼女達だけ。綱吉及びその守護者や跳ね馬、門外顧問あれそれは涼しい顔で再びワイングラスに手を付けている程だ。余裕ぶっこいてんのは皆だよね、うん。


「チイッ…しかたねぇ、敵が攻めこんでくる前におっ始めるかぁ!」
察しの良い私はすぐにそれが婚約発表のことであると分かった。くるりと背を向け、ぶっきらぼうに祝いの言葉を投げる。

「婚約するんだってねおめでとー、よかったじゃん」
「ああ」
「彼女と仲良くね。血とかエグイとこ見せちゃダメだよ」
「それは保証できねぇなぁ」

なんせあいつも返り血浴びんのが似合う女なんでな。そう言ってスクアーロは駆け出しかけた私を抱え、広間のステージに駆け登った。

「う"お"ぉ"ぉおい!!聞きやがれ、ドカス共ぉ!」

一瞬で静まり返る広間。目という目が興味深そうにこちらに向いていて、人前に出るとあがり症が発動する私はカッチコチになった。心臓がバクバクいってる。ちなみにこれは、上がり症のせいじゃない。
私を下ろしたスクアーロは、この場に相応しくない大人の微笑をたたえ私を見た。

「俺が今からする事、分かるなぁ」
「……分かる、かも」
早くも視界がうるみ始めた。
「嫌なら今断れ!恨んだりしねぇ、」
「…っ」

(そういうこと…。)変なサプライズが好きだったっけね、スクアーロは昔っから。何か一日中やきもきしてた私がバカみたい。
私は笑って、目尻の涙を拭った。
「断るわけない」
ニヤリ、スクアーロの口元にいつもの笑みが浮かぶ。


「俺はこいつと結婚する!!てめぇら指一本出してみろぉ、俺の剣の錆にしてやるぜぇ!!」

脅しだ。婚約発表って、脅しのことだったんだ。
だがしかし、世界最強と謳われるボンゴレのマフィア達の神経は図太かった。静まり返った広間に広がったのは野太い歓声や拍手。それに被せるようにして、入り口付近から爆音が響く。


「来やがったなぁ!」
どことなく楽しげに剣を構えたスクアーロの横で、私も愛用の銃を取り出す。

「準備はできてんだろうなぁ!」
「もちろん!スクこそ、婚約早々死なないでよねー」
「ふざけろぉ」

そうして私達は駆け出した。結局のところ白く綺麗なバージンロードより、血しぶき舞う戦場の方が私達にはお似合いなのだ。スクアーロは私の腕を取り、心底愛おしそうに引き寄せた。
愛してゐると囁く唇
雨降って地固まる、わけである

1221 企画「花吐き」様 提出