本日のXANXUS様は傍目から見ても分かるほどにご機嫌が優れないご様子でした。(ご機嫌が優れない、と言うのと、ご気分が優れない、と言うのには多大な異なりがありますのでそのあたりお間違えのありませんように。)とにもかくにも本日のXANXUS様を一目見て私達使用人一同皆震えあがってしまった次第であります。

「あ、あ、あのXANXUS様」

そんな中、果敢にも話しかけにいった新人の使用人を止める間が、私には与えられませんでした。一瞬の閃光。次の瞬間には地に伏せぴくりとも動かなくなった彼女を見て他の使用人たちは悲鳴を上げ、クモの子を散らすように逃げていきました。そうです、その判断こそが正しいのです。

「…テメェもさっさと失せろ」

額に深く皺を刻まれたXANXUS様に恭しく頭を下げて、私は恐れ多くも口を開いた。

「私、本日限りでこのお屋敷の使用人を止めさせて頂きます」

私は目に見えてお怒りになるXANXUS様をどこか他人事のように見つめます。私にはさっぱりわけがわかりません。どうしてXANXUS様は、ああもお怒りになるのでしょうか。

「…辞める、だと?」
「はい」
「理由は何だ。安月給に不満か」
「いいえ、お給料は頂き過ぎているくらいです」
「ならここに嫌気がさしたか」
「いいえ、そうではありません」

息絶えたその使用人を足で乱暴に脇へ退けたXANXUS様はゆっくり私にお近づきになられました。

「俺の機嫌が悪ィのが分からねェのか」
「いえ、XANXUS様のご機嫌が麗しくないのは大変理解しております」
「だったら何故今それを言いやがる!」

XANXUS様の拳が私の顔の脇を殴りつけ、私はヒビの入った壁とお怒りが増されたご様子のXANXUS様に挟まれて居心地が悪くなった。怒りに打ち震えたXANXUS様。
「…申し訳ございません」
「あ゛?」
「私が辞めれば、XANXUS様のお心も多少はお静まりになるかと思っていたのです」
どうして私はこう物事を上手く運べないのだろうか。

「XANXUS様がお怒りになるなんて、考えもしませんでした」
「……テメェが辞めて、俺の気が休まると、何故思った」
「XANXUS様は私を特別視されておいでです」
ぴくり、XANXUS様の眉が寄せられるのを間近で見つめながら、私は続ける。

「私はよく粗相いたしますからXANXUS様にそう思われて当然です。私はこのお屋敷で働けることを誇りとしていましたが、XANXUS様が他の幹部の皆様にも手の付けられないほどお怒りになられた時には、その誇りを手放そうと、前々からそう考えて」
「ブハッ」
「な…なぜ、お笑いになるのですか?」

私はXANXUS様がこんなにお笑いになるのを初めて見たので、呆気にとられていた。ひとしきりお笑いになられたXANXUS様は私の髪をぐっと掴み上を向かせる。

「俺がテメェを特別視してるだ?…良く分かってるじゃねェか、ドカスのくせに」
「…では、さっそく荷をまとめて」
「逆だ」
「…え?」
「傍にいやがれ」

XANXUS様の言葉に、再び唖然とする。緩慢な笑みで私を見下ろしたXANXUS様。

「俺を怒らせたくなかったら傍にいる事だ。」
「でも」
「たく…テメェの『特別』は『特別"嫌い"』の一択しかねぇのか。ドカスが」
「、ざ」


次の言葉を紡ぐより先にふさがれた唇。「特別嫌い」以外のそれも私は確かに知っていた。(でもXANXUS様の考えていらっしゃるのとは違うかもしれない。違ったら、恥ずかしい。)それでも一つ、確かに分かる事がある。

偲ぶれど遂げず
XANXUS様のご機嫌はいつの間にか大変麗しくなっていた。

1219 企画「曰く、」様 提出