「失せろ。二度とその面晒すんじゃねェ」

壁際に張り付き、怯えた目をこちらに向ける女に向かって吐き捨てる。女の足もとには割れたマグカップと血まみれの使用人が倒れていた。

「この人、何もしてないのに…!何でこんな酷い事するの」
「テメェをここへ連れてきた」
「私が勝手に来たんだよ!」
「ここへ部外者は入れねェ」
「…部外者……?」
「テメェは部外者だ」

ばっさりと切り捨てられたように傷ついた顔をした女をXANXUSは冷たく一瞥する。これ以上話す気は無いと言う意思を込めて懐から拳銃をデスクに置いた。

「10秒やる」
「…出て行かない。殺されたって、別にいい」
「ハッ」

XANXUSは鼻で笑った。

「分かってねェな。…殺すのはてめェじゃねェよ」
「!」
「お前が出ていかねェなら、使用人をここへ呼んで一人ずつ殺してく」
「XANXUS…!!!」

肩を怒らせてデスクの前まで歩いて来た女は、XANXUSの頬を思い切り平手で叩いた。XANXUSにとって痛くもかゆくもないはずの一撃に、XANXUSが眉を寄せたのは、女の瞳から涙が零れていなかったからだ。
ただ、今にも零れそうではあった。

「約束、したのに…!」

XANXUSは脳裏に浮かんだ過去の記憶を、瞑目することで消し去った。


「知らねェよ」
「変わらない、って!ずっと、……変わらないで、いてくれるって」
「るせぇな…」
「ザンっ」
「俺は変わった」
「!」

「望んで変わった。強くなるために」


ニヤリと口角を上げたXANXUSの前で女はもう一度手を振り上げ、そして、下ろした。
「…ねえ」
震える声は縋るように言葉を紡ぐ。

「私の名前…まだ、憶えてる?」

XANXUSを真っ直ぐに見据えて尋ねた女を、XANXUSは見返した。
「…」

花畑で、花の冠を手にこちらに手招きをするそいつの目は今と変わらず、澄んだままだ。

「雑魚の名前なんざいちいち覚えてられるか」









「むかつく、むかつくむかつく……!!」
ヴァリアーの屋敷の無駄に長い廊下を歩きながら、私は袖で荒く涙を拭った。
何十年ぶりの再会がこんなものになるとは思わなかった。
XANXUSがあんなに酷い男になっているとは思わなかった。
あんな躊躇なく人を殺せる奴になってるなんて思わなかった。
私に向かって、あんな

「忘れてなんて、ない、くせに…」
あんな下手な嘘、言ってくるなんて思わなかったよ。


私はピタリと足を止めた。


――望んで変わった。強くなるために。

知ってるよ。
強くならなきゃ生きていけなかったことも。
変わるしかなかったって、ことも。
私を突き放す理由だって…


「…変わってないよ…。バカ」

もう一度扉を開け放って、さっき着た瞬間みたいに微笑んだら奴はどんな顔をするだろう。
ついでに抱き着いてやったら、きっと困るんだろうな。
想像してなかった出来事に困って、使用人さんの死体をジャンプしてきた私に驚いて、思い通りにならない事に苛立って、そして私に嫌われなかった微妙な嬉しさに、きっと抱き返すに違いない。

私は足を踏み出した。

愛によく似たそれ

0317 企画「Maria」様 提出