「ちょっと牛乳だけ買ってくるわ。一緒に行く?」
「んーん、待ってる。寒いからエンジンかけたままにしといてー」
「はいはい」

車から降りてスーパーの入り口に向かって行く母を見送り、後部座席に腰かけていた私はごろりと体を横たえた。しばらくウトウトとまどろんでいれば、不意に、激しい音とともに地面が揺れた。
「え、何、地震!?」
飛び起きて窓の外を見ると、スーパーの入り口から丁度ダンプカーが飛び出して来る所だった。ガラスは盛大に割れ、辺りは悲鳴で埋め尽くされている。ちなみにスーパーからダンプカーというありえない事態が勃発したせいか、入り口は当然半壊。加えて煙が立ち上っていた。(え?何この大参事。ここただのスーパーだよ?どこにでもあるスーパー・ヤマザキだよ?)目の前を過ぎ去るダンプカーを呆気にとられて見つめていれば、ガチャッと車のドアの開く音がした。
「おかっ」
「早く乗れぇ!飛ばすぜ!」
「えええええ!!?だっ誰!」
運転席に乗り込んで来たのは銀髪の男。ガチャッ
「しししっ、あんなデカ物見失うわけなくね?」
助手席に乗り込んで来たのは金髪で、ティアラを頭に乗っけた男の子。ガチャッ
「!!!」
私のすぐ脇のドアも開き、現れた男の人が私を押し込んで車内に入ったと同時に車がギャルルルルッと、かつて聞いたことの無いような、そんでもってうちの低燃費・プチト●タのタイヤが耐えられるとは到底思えない派手な音を出して爆発スタートを切った。

「あの目撃情報はデマじゃなかったらしいなぁ!ベロッツァの野郎も首の皮一枚繋がったわけだ」
「もとはと言やアイツの不始末じゃね?何で王子たちが尻拭いしなきゃなんねーわけ?」
「しかたねェだろ!上からの命令だぁ!」
「つーかさ」
「すいません!ごめんなさい、話の腰折って!」
なけなしの勇気を振り絞って声を発した私。途端にグリンと顔が二つこちらに向いた。
「だっ誰なんですかあなた達…!」
「……何かいんだけど。お前こそ誰?いつ乗ったの?」
「最初から乗ってましたけど!??」
「へー」
へーって!

「悪ィなあ゛!!」と爆音で喋り始めたのは、さっきから進行形で荒い運転を繰り返す銀髪の人だ。つ、つか、煩い!

「俺達の車は奴らに爆破されちまってなぁ。どうしてもあのダンプカーをぶち壊さなきゃなんねぇ!つーことでこの車借りてるぜぇ」
「うしししっ、お気の毒さまー」
「っ、っ、…!?」
キャパオーバーだ!納まりきるか、こんな話!意味も分からないし!
しかし私が何かすごく厄介な事に巻き込まれているのは明白だった。そして銀髪の人は何を思ったか自己紹介をし始めた。銀髪の人はスクアーロ、金髪はベルフェゴール、隣の男の人はザンザスと言うらしい。正直なところどうでもいい。それどころじゃない。

「あの、下ろしてくっぎゃあああー!!」
「うっせ」
「三個連続で信号無視ィィイ!」
「煩ぇぞお゛!!!」
「しし、テメーもうっせーから」
「黙れベル!信号なんざいちいち止まってられっかぁ!」

後部ガラスから後ろの様子を見てみると、どこぞのアクション映画かとツッコみたくなるような大参事が広がっていた。無言で視線を前に戻す。(隣のザンザスさんは腕を組んで瞑目し、一切動かない。なんなんだ)
すると前方に例のダンプカーが見え始めた。
「しししっ、はっけーん」
私は何が何だか分からないまま、とにかく身を縮めていた。ダンプカーの助手席の窓から突き出された手に握られたマシンガンが、我が家の愛車のフロントガラスをヒビだらけにしてしまったからだ。ああ、もうダメだ。気が遠くなる。

「…ドカスが」
「え…?」

ザンザスさんが初めて口をきいた。唖然とそう思えば、その人は懐から二丁の銃を取り出して私を見た。
「…ドカス、窓を開けろ」
「え?え、」
「早くしろ」
言われた通り窓を全開にする。そしてザンザスさんはスクアーロさんに車を寄せろと命令して、私の体を跨いでシートに片足を置いた。
「ばばっ、場所変わりましょうかぁ!!」
「面倒くせぇ。黙ってろ」
当然従う私。
車のスピードに伴って、窓から入り込む突風が私とザンザスさんの髪を掻き乱す。緊張やら恐怖やらで心臓をバクバクさせながら薄目を開ければ、こんな状況にも関わらず、全く動じていない横顔がすぐ目の前にあった。



ザンザスさんが事も何気に放った何発かの銃弾はひとつも外れることなく、ダンプカーは盛大に爆発した。爆炎と爆風で空に舞っているのは紙幣の欠片。私の思考回路は有り得ない出来事の連続で完璧にショートし、私の記憶はそこでぷっつりと途絶えた。
最後に見たのはザンザスさんの涼しい横顔と深紅の瞳。
(ありえない夢だ…これ。はやく覚めたいな)




***



「ちょっと、起きなさいよ。もう!」
「…んぁ」
うすらぼんやりと目を開けると、視界の先には母の顔と車の天井に途切れた空があった。冷たい空気に体が震える。後部座席のドアを開けたままで仁王立ちする母を仰向けのまま見つめて、私はようやくさっきの出来事が本当に夢であった事に気が付いた。

そりゃそうか。
あんな非現実的な出来事あってたまるか。

「オハヨー。牛乳買えた?」
「何のんびりした事言ってんの!アンタずっと寝てたの!?」
「へ?なんのこ、…」

体を起こした私の目にまず飛び込んできたのは悲惨なフロントガラス。くわえて、黒煙を上げ続けているスーパー・ヤマザキと、半壊の入り口。
「急いで牛乳買って戻ってきたら車が大変だしアンタはグーグー寝てるしで、ママ困っちゃったわよ!まったく、どうなってんのかしら」
「………ハハ」
夢じゃなかったっぽい。


この時の私はまだ気付かない。
制服のポケットに入っている携帯のアドレス帳、英氏名の欄に三人分の新しいアドレスが登録されている事に。そしてその後にXANXUSから呼び出しの電話が入る事も、まだ。

苦いものは苦いまま

(え、ザン……っえええええ!!?)
(てめぇのとこの車を弁償してやる。今すぐボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアー地下本部へ来やがれ)

0302 企画「slosh」様 提出