「誰か助けて…」

そう呟いた私は、目の前でひたすら泣き叫んでいる女の子の対処に困り切っていた。
というのも、夏休みの夏期講習なんて恐ろしくやる気の出ないものに参加してしまった私は、学校からの帰り道に迷子とおぼしき女の子と遭遇したのだ。女の子は私が声をかけた瞬間、うわあああああん、と、この世のものとは思えないくらいの泣き声で泣き始めた。
私は焦って、女の子の頭を撫でてみたり「どうしたの?お母さんは!?」とエンドレスで聞き続けたり…。しかし女の子はまったく泣き止まない。しかも嗚咽の隙間に挟まれた言語が国境を越えた別の国のものだってんだから、ほとほと対処に困るわけだ。

炎天下の中、泣きわめく外人風な女の子とおろおろする女子高生の図は、中々怪しい。


「もう……どうしよう」
「何やってんだよ」
「え?あ!獄寺!」
呆れつつも不審そうに尋ねてきたのは同じクラスの獄寺だ。私と女の子を見比べて、一言。
「誘拐?」
「ちがうよ!迷・子!」
「それにしても、うっせェガキだな」
「な、ちょっ」

自分が手にしていたコンビニの袋を私に渡した獄寺は、眉を思いっきりしかめてその子を抱き上げた。
「泣くんじゃねェ!」
「キャー!なんてあやし方すんの!」
「るせェな。泣き止んだんだからいいだろ」

確かに泣き止んだ。だけどそれは獄寺のでかい声にビビっただけだったらしく、女の子は更に大きな声で再び泣き始めてしまう。獄寺の額に青筋が浮かんだのを見て、私は慌てて女の子を奴から奪った。

「獄寺顔怖い口調荒い。さらに泣いたじゃん!」
「おいテメェ!泣きやまねェと捨てんぞ!」
「荒いって!大体この子日本語通じないしっ」

そこで「は?」となった獄寺。女の子の声に耳を澄ませて、やがて納得したように頷いて、今度は私のよく知らない言語を口にした。Non piangere、Non piangere、二回、三回と繰り返して獄寺が言うと、女の子は徐々に泣き止んでいった。
聞く限り英語ではなさそうなそれを獄寺はペラペラ喋りながら女の子と向き合う。女の子はヒックヒックと嗚咽を交えつつも、獄寺に何か返答しているようだった。


「分かったぜ。」どこかやり遂げた顔の獄寺。「こいつは迷子だ」
「それは…知ってたけど」
「なっ…!」
「この子のお母さんはどこだって?」
「それは…」

その時、道の向こう側からこちらに女性が駆けてきた。再度泣き始める女の子。そう、彼女は無事母親と会うことができたのだ。
私は、グラッツィエ、と何度もそう言いながら去っていく女性と女の子に手を振って、隣で突っ立っている獄寺を見た。疲労しきった顔をしていた。

「獄寺すごいね」
「あ?」
「アレ何語?」
「…イタリア」
「あ、…ああ!なるほど。そういえば獄寺って帰国子女だったっけ」
「そういえばって何だよ!」
「わすれてた。馴染み過ぎてて」

私が笑うと、獄寺は満更でもなさそうにした。馴染み過ぎてて、てのが嬉しかったんだと(勝手に)思う。

「ありがとうね、獄寺、アイス奢る」
「いらねぇ」
「え?」
「もう買ったし」
「だから…それ溶けちゃったぽいから」
「ハァ!!?」

私がコンビニ袋を掲げて見せると、袋の中ではソフトクリームのカップが大反乱していた。肩を落とす獄寺。

「あー…ノン、ピアンジェーレ」
「誰が泣くか!!」


やっぱ「泣くな」って意味なんだ。
怒って先に歩き出した獄寺の背中を追いながら、私はそんな事を思った。
(ノン・ピアンジェーレ…ね)
初めて覚えたイタリア語は、乱暴な彼が教えてくれた優しい単語だった。