高校生になってから今日この日まで続けてきたことが私にはいくつかある。1つ、朝のジョギング。2つ、毎日自分のお弁当を作る事。3つ、お風呂を出た後のストレッチ。誰が聞いても何の特徴も面白味もない内容だけど、続けるということが大事なのだ。3日坊主が常の私が3か月もこの生活を続けている事がそもそもの奇跡なのだが、そこらへん、誰もわかってくれない。


「…あれ?」

今日もまたいつものようにジョギングに専念すべく家を出ると家から少し離れたところで人が倒れているのが見えた。今日は特別熱くないから熱射病…ではなさそうだ。昼寝でもしているのか、と思いきやピクリとも動かない。
始めこそ「あれ?」で済ませていた私だったが、そろそろ焦ってきた。――死んでるのではないだろうか。生きてるのかな。触ってみるべき、だよね。

私はその人物にそうっと近付いてみた。
黒ずくめの服。日本ではあまり見かけない銀色の、長い髪。まるでどこぞの、体は子供頭脳は大人!な名探偵漫画に出てくる敵キャラのようなスタイルだ。
そんな事を考えながら私が恐々手を伸ばしてみたところで、その男は突然私の腕を掴んだ。まるで、俺に触るなと言わんばかりの握力だ。取りあえず死んではいないらしい。

「…誰だ、残党かぁ?」
「ザントウ?すません、人違いです」

いっそ「私は苗字です」と言いたかったが、そんな私にこの人はツッコむ気力さえもなさそうなので止めておいた。
私は未だ掴まれたままの腕を見ながら「大丈夫ですか?」と尋ねる。
すると男の人はうつぶせのまま低く唸った。


「金」
「…はい?」
「金、寄こせぇ」
「カツアゲだ!」

カツアゲされた!疑りにかかった私に訂正を入れる声は酷く弱弱しい。訂正の言葉はこうだ。「こんな状況でカツアゲなんざできるか!」うん確かに。こんな相手にカツアゲされてもあんまり怖くはない。

「飯食う金がねぇ。頼む、返すから、俺に金貸してくれ」
「い…いいですけど」
「マジか…恩にきるぜぇ」
「でも、どうやってお店まで行くんですか?」
「…」
「這って?」
「…それは」
「私の家、そこなんです。どうぞ来てください」

その人はしばらく、だがとか、しかしとかごねていたけど、自分の体力やら空腹やらが限界であることを悟ったらしく体を重たそうに起こして膝をついた。こりゃ相当だな。
肩を貸してあげると、心の底から情けなさそうに「すまねぇ」と言われた。

***



「ご馳走様でした」手をそろえて丁寧に言った彼は、スクアーロというらしい。テーブルには空になったお皿がいくつも積まれている。食欲旺盛な成人男子の存在を目の当たりにした私は呆気にとられつつも「おそまつさまでした」と小さく返した。

「流石に1週間飲まず食わずは堪えるぜぇ」
「はあ。……1週間!?どうしてそんな」
流しかけたけれど、1週間ってそれなりにすごい。というか普通は死んじゃう。

「あ?まあ…色々だぁ」
「(聞かれたくない事だったかな…)あ、そうだ。ちょっと待っててください」
「おお」

私は冷蔵庫から昨日作ったアップルパイを取り出して、2切れお皿に取り分けた。ご馳走様言っちゃってたけど…まあいいか。


「本当は、焼き立てを振る舞いたかったんですけど」
「う゛ぉい!お前が作ったのか!?」
「はい。意外とイケますよ」
「やるなぁ」
自分の作ったものを褒められて満更でもない気持ちになる。パクパクと口に入っていくケーキを見て満足していると、私の視線に気づいたらしいスクアーロさんが一切れフォークに刺して差し出してきた。

「わ、私物欲しそうな顔でもしてましたか?」
「だいぶなぁ」
「…いただきます」

ぱくり。口いっぱいに甘味が広がる。我ながら上出来だと思った。「幸せそうに食うなぁ」とこれはスクアーロさんからの感想だ。褒め言葉として受け取っておこう。道端に倒れていたスクアーロさんはよくよく見ればイケメンだった。イケメンにアーンしてもらえるなんて今日は何か良い事が起こる気がする。

「あ、スクアーロさん私そろそろ学校行かなきゃ」
「お、おお、じゃあ俺は帰るぜ」
「大丈夫ですか?」
「食ったからなぁ。この恩は必ず返す!Grazie」
「!!」

おでこに唇を押し付けてニヤっと笑ったスクアーロさんは、茫然とする私を残して颯爽と家を出て行った。…外国人だったわけか。この激しいスキンシップは挨拶なわけか。そう、だから私はこんなことで真っ赤になったりしちゃいけない。落ち着けマイハート!外国のプレイボーイに惑わされちゃダメ、古き良き日本の大和撫子精神よカムバッーーク!
10分かけてようやく平常心を取り戻した私は、スクアーロさんのご飯と一緒に作ったお弁当をバックに詰めて玄関を出た。そして仰天する。
家の前に停車するのは神々しさに目がやられてしまいそうな高級外車で、助手席のドアを開けて待っているのは間違えなくさっき出ていったばかりのスクアーロさん。


「う゛お゛ぉ゛い!!何突っ立ってんだぁ?」
「えええ!?」
「恩返しに来てやったぜ!お前の行きたいとこ、どこでも連れてってやらぁ!」


鮫の恩返し



「学校、だぁ!?」
「だって私学生ですし」
「…何時に終わんだ?」
「4時くらいかな」
「迎えに行ってやる。それまでに、行きたいとこ決めとけぇ」
「ス、スクアーロさんお願いが」
「あぁ?」
「もっと地味な車で来てください」

人の親切は無下にしません。
でも目立ちすぎるのはご勘弁!

そう言ったら「変な女だぁ」と笑われた。一瞬どきりと跳ねた心臓に気付かぬふりをしてみるが、私が今日一日授業が全く耳に入らないのはこの時点ですでに明らかだったのだ。