そこは血の海だった。君は相変わらず真っ白で綺麗だった。だんだん小さくなっていく呼吸音に僕が焦ることは無かった。もうすぐ終わることは知ってたんだ。―――僕も、君もね。

「きょうやくん」

君しか見えない。

君しかいらない。


この醜く歪んだ塊が今までマシに見えていたのは君が居たからだ。僕が護りたかったのは並中より君なんだよ。分かってるよね、僕はそんなこと一度だって口にしたことは無かったけど君は解っていたはずなんだ。

(僕である必要がどこにあった。)

君の隣りにいる人間は僕以外には存在しないんだ。何故なら僕以上に君を愛してるひとなんていないから。
断言したっていい。僕を孤高だという奴もいるけどそれは僕を知らないだけで実際のところ僕は君がいなければ生きていけない。

(君である必要がどこにあった。)

君にこんなに汚い世界を見られたくなかった。真っ白でいてほしかった。何も知らないで生きていてほしかった。
ああ、願望ばかりだ。歪んだ世界を垣間見た今でも君は以前と変わらぬ柔らかい笑顔を零す。

「恭弥くん。あのね」
楽しげに微笑みながら鈴の鳴るような声で話をする君の傍で僕はただ相槌をうつ。それだけでよかった。他には何もほしくなかったんだ。

あのひ


あの日きみが僕に言った言葉は切な過ぎた。その言葉はありきたりな別れ台詞なんかではない。ごめんね、でも。ありがとう、でも。さよなら、でも。―――あいしてる、でもない。


「恭弥くん、あのね」

聞きたくない。君の口からでる言葉を聞きたくないと思ったのは後にも先にもこれが初めてだった。
どうしてその時僕がそう思ったのかは解らない。勘だった気もする。


「大っ嫌いだった!ずっと、これからも」



嘘を吐くならもっとましな嘘を吐けば良かったのに。
嘘を吐くならもっと自分を傷つけないようなものを選べばよかったのに。
やっぱり君ってばかだ。
そうしたら今みたいに声が震える事も僕に背を向ける事も必死に唇を噛んで涙をこらえる事もしなくてよかったんだ。
きみはばかだ
だけどそれと同じかそれ以上に僕はばかだ


「僕も君が大嫌いだから、安心して逝ってきなよ」




僕がそう言えば君は悲しげに、だけど安心したように目を閉じた。君が思ってるほど僕は強くないのに。ひとり使命を果たしたように消えていくなんて
僕はどうすればいいんだ。僕には何もできない。
僕を思うがゆえの幼稚な嘘に付き合って死地を飾ってあげる事しか出来ない。だからせめて、やすらかに。

幼稚な嘘も僕には真実

口に出すことさえ赦されないのなら僕は