何であんな男が好きなんだろう、とつくづく思う。友人にもよくそう言われる。だけどどうしても、どうしても嫌いにはなれなかったのだ。 ザンザスと私の好きの度合いなんて目に見える程私の一方通行だったのに、それでも振り向いてほしくて努力した。自分以外にも女の人と付き合っていると知っていても何も言わなかった。…言えなかった。 暗殺者と言う稼業につきながらも早寝早起きを心がけたり、 お肌の手入れも念入りにして 食事にも気を遣って 買い物に行けばザンザスが好みそうな服を買ったり、ザンザスの好きそうな香水を探したり ザンザスに気に入ってもらえるように。ザンザスに好きになってもらえるように。 ザンザス、ザンザス、ザンザス。私の毎日はそれで埋め尽くされていたような気さえする。とにかく、どうにかなりそうなくらい好きだった。 「でも、もう、終わり」 ついこの間、恋人ができた。「ザンザスのことは大好きだったけどもうどうでもいい」「ザンザスよりも私を大事にしてくれる人を見つけたの」「別れるね、ばいばい」 そんな勝手な言葉を興味なさげな彼に聞かせたのはいつだったか。彼は私を惜しまなかった。私は泣いた。 嬉し泣きに決まってる。報われない恋のまま終われて嬉しかったのだ。 「う、わぁあああああ!たすけ、てくれ!!許してくれ!!」 「…情報、引き出せなくて残念でした」 「っぎやぁああああ」 血しぶきが顔にかかり、目の前で絶命した男の心臓をぐしゃりと踏みつぶした。 私には眩しいくらいの爽やかな笑顔を絶えず浮かべていた男の表情に、今は恐怖と絶望のみが映し出されている。私の元恋人がどうしてこんな変わり果てた姿になってしまったかと言うと、答えは簡単。彼は敵対しているマフィアのスパイだったのだ。 「私って、そんなに魅力ないのかな…」 ぐしゃぐしゃの元恋人に手を合わせる。何が「俺がアイツなんかより君を幸せにする」よ。私はあんたのせいで今不幸のどん底にいるんですけど。 男の胸元から証明書を抜き出して記憶すると、その場でそれを焼き払った。 男の顔を原型がなくなるまで潰してからホテルを出る。 (屋敷に戻ったら報告書をボスに提出しに行かなきゃ。) 自然と重くなる足取りで、私は夜の町を駆けた。 屋敷に戻ってすぐに自室へ行き、報告書を書き上げると血濡れの服もそのままにザンザスの部屋に向かった。 前までは報告書を提出に行く時にさえ、少しでも可愛く見せようと髪型を変えたりネイルを施してみたり思考錯誤したものだ。(ザンザスはそのどれにも気づいてくれなかったけど。) 馬鹿な女だ テメェは男を見る目がねぇんだよ くだらねぇ片意地張るからだ これを機に男なんて作らねぇで仕事に励め それとも、また俺の女になるか? ――ザンザスの嘲笑が耳元で聞こえるようだ。 私は頭を振ってその言葉たちを追い払った。何を言われたって別に構わない。怒って殴られたって知るもんか。騙されたのは私だけど、情報なんて溢さなかったし男の始末だってした。文句言われる筋合いなんてない。 自分に言い聞かせるよう心で唱えてノックする。 ここに来るのは、あの日以来だ。 「誰だ」 「…私」 無言はOKの意味だと教えてくれたのは誰だったか。私は平然を装いながら部屋に入った。 正面の大きな窓を背にしたザンザスは、相変わらず威圧感、そして圧倒的な存在感を放ちながらそこにいた。部屋に立ち入った人間の虚勢などその威圧感だけで削いでしまえそうだ。と、私は常々思っていたものだ。 「はい、報告書」 私はザンザスの目の前まで歩いていき、机に薄っぺらい紙を乗せた。 右上に付属してある写真は心なしか怨みがましい視線をこちらに向けていたが、私はザンザスと目を合わせるよりマシな気がしたから、裏切り者の、今は亡き元恋人とずっと視線を合わせていた。 「来い」 ザンザスが低く言う。私は仏頂面のまま、言われた通りザンザスの横に立った。 「おい」 「大丈夫、情報は洩れてない、声変えて確認したし。あっちはこの人死んだことにも気付いてないよ」 俯きながら早継ぎに言う。――私、可愛くないな。こんなんだからザンザスに浮気なんてされるんだ。こんなだから変な男に利用されたりするんだ。 ザンザスは何も言わない。怒りたいなら怒ればいい。罵りたいならそうすればいい。逆上してやる。私は肩を強張らせ、無意識に唇を噛みしめてザンザスの言葉を待っていた。 頭の上に手のひらが乗る。 それがザンザスのものだと分かった瞬間、堰を切ったように涙が幾粒も頬を転がり落ちた。ふざけんな、ふざけんな!嗤えばいいのに、馬鹿な女だって、いつもみたいに蔑んでくれれば、私はこんなに 「………っ、ぅ」 こんなに、惨めにならずにすんだ ザンザスは私の腕を引っ張った。私は床に膝をついて、泣きじゃくりながらザンザスに抱きしめられる。 離してなんて言えなかった。 自分でも驚くくらい、この場所を求めていたようだ。 「馬鹿な女だ」 ザンザスのこんな静かな声を、私は初めて聞いた。 「……う、ん」 「テメェは男を見る目がねぇんだよ」 「…うん…」 「くだらねぇ片意地張るからこうなる」 「………っ」 ぎゅっと私に回された腕に力が入る。ザンザスが私の名前を呼んだ。私は奥歯を噛み締めて嗚咽を堪えた、ザンザスの次の言葉を耳の奥に刻みつけておきたかった。 「戻ってこい。お前の居場所は、ここ以外にねぇ」 まどろむ夢の中はおとぎ話にも似て 1222 企画「平穏」様 提出 |