9月6日 MEMO
沢田君はいつからか強い目をするようになった。周りの人からはダメツナとかずいぶん可哀想な呼ばれ方をしているけど私は沢田君ほど格好いいと思う人はいないと思う。沢田君はいつも必死だった。その必死さを人は笑うけど、私は自分以外の人間をあんなに必死になって思える沢田君が羨ましくてしかたなかった。沢田君は心の優しい人間だ。沢田君はすごい。
沢田君を目で追っているうちに、私はいつしか沢田君が好きになっていた。




「なあなあ、お前さっきから何読んでんの?」
「うわぁあああ」
「驚きすぎじゃね」
「ベベベ、ベル!なんっ、何でここに!?」
「んー?暇つぶし?」
「も、もー!ノックくらいしてよね」
「わりーわりー。で?何読んでたの?」
「ち…中学の時の英語のノートだよ。掃除してたら出てきたから」
「んなもん今更見てどーすんだよ」
「なんとなくだって!もう捨てるよ。ほら掃除の邪魔じゃま!フランにでも遊んでもらっといで」
「ざけんなよガキ扱いすんなっつの」

部屋からベルを追い出して掃除中の散らかった部屋を見返す。手に持った薄っぺらい冊子は昔の私が捨てられずにいたものだ。
―――

中2の春、私は拉致された。イタリアから来た暗殺部隊の皆さんに。
理由は私が類稀に見る剣才の持ち主だったから―――ではなく、単に暗殺部隊ヴァリアーのボス、ザンザスさんのお高いコートに缶のおしるこをぶちまけてしまったからである。真っ青になって謝ったが後の祭り。体で返せとイタリアのとあるお屋敷での雑用係を任命された。
それから8年。始まる事さえなかった恋は中途半端に放置されたまま、私はヴァリアーでの仕事に明け暮れた。2年目には殺しの仕事が回ってきた。6年目にはなんと幹部に昇格できた。習うより慣れろ。私は慣れでとうとうここまで上り詰めてしまったらしい。


英語のノートの一番最後のページに書かれたこのメモは、席替えで初めて沢田君の隣の席になった時嬉しさのあまり書いてしまったものだ。
文の脇には小さく、お世辞にも上手いと言えないようなイラストが描かれていた。
机に突っ伏して寝ている沢田君だと、思う。
寝ている沢田君を眺めながらぼんやり描いていたせいで、その時さされた数学の問題はさっぱり解けなかった。
でもこれが沢田君と分かる人はいないんじゃないだろうか。むしろいたらそいつ失礼だ。


「…さわだくん」


今ごろ何をしているんだろう。あの頃は私と変わらないくらいの身長だったけど、きっと今はとても大きくなっているはずだ。顔だった大人びて。でも優しいところは変わっていないと良い、ううん、変わってないに違いない。

初恋を引きずっているつもりはないけど、沢田君を好きだったころが私の中で一番輝いていた。


「元気、かな…」

何にせよ、すっかり殺しが板についてしまった私にはもう彼に会う資格はない。悲しいけれど仕方ない。これはもうずいぶん前に諦めてしまった事だ。
私はノートをぱたんと閉じて立ち上がった。さっきから廊下でスクアーロが煩い。今日はこれから本部のお偉いさんが来るとかでヴァリアーは忙しいのだ。私は部屋の片づけを後回しにして廊下に出た。
ボスの部屋から出てきたスクアーロが苛立たしげに電話を切っているところだった。白いYシャツが真っ赤に染まっているのは、きっとボスに赤ワインをかけられたせい。


「どしたの?スクアーロ」
「XANXUSの野郎が奴らの到着時間を1時間ミスって報告したらしい」
「奴らって…本部の?」
「そうだぁ!こっちは何も準備できてねぇってのに…!」
「ふーん」
私が適当な相槌を打つと、玄関の方で呼び鈴が鳴った。もう来やがったぁ…と唸るスクアーロ。彼も苦労が絶えない。

「私、応接間に案内しとくよ。スクアーロその格好じゃでらんないでしょ」
「悪ぃなぁ…!すぐ行くぜぇ」
「はーい」

カッカッと踵を鳴らして廊下を歩いていくスクアーロを見送り、私は玄関に向かった。
途中キッチンの前を通ると美味しそうなアップルパイの香りがした。ルッスーリアに違いない。本部の皆さんを案内したら、たぶん庭で殺し合いごっことかそのへんをしているであろうベルとフランを呼び戻さなきゃ。レヴィはもうすぐ仕事から帰ってくるだろうし、一番腰の重そうなボスはスクアーロが何とかしてくれるはずだ。ああ忙しい。私は玄関の扉を開けた。


「あ、ごめん、余裕持って出たら早く着いちゃって……え」
「………え」

いとけない横顔
いつかもう一度見れたらと願ってやまなかったススキ色の彼は、あの頃と何一つ変わらない笑顔でそこにいた。

1221 企画「少女画伯」様 提出