俺達の、知らない亜里沙も、見たことのない亜里沙も、想像できない亜里沙も、もう十分だ。
スクリーンの向こう側で甲高く笑っている彼女から目を背け、俺は頭を抱えた。
こんなの誰が信じるっていうんだ。
こんな、結末、誰も求めてなんかいないのに…―――!!


「…も…う……っもう、止めろ!!!」

「向日!?」
「がっくん!」
途中跡部やジローの声が聞こえた。この二人に名前を呼ばれたのも、もうずいぶん懐かしく思える。
頭の片隅で冷静にそんな事を考えながら、俺はステージに飛び乗った。
ゆっくりと俺の方を向いたなまえ。

「映像を止めろよ!亜里沙がこんなことするはずねェんだ!」

――『キャハハハッハ!!これで、苗字なまえは終りね』

「うるせえ!止めろ!」
「止めない」
「何だと!」
「やめない。やめてなんか、やらない」

――『ざまあないわ。亜里沙のものに手を出すからよ。この氷帝に、お姫様は一人で十分なんだからっ』

「これがアンタ達が守ってきた人間の正体だよ!」
「………!!」

「信じたくない?甘ったれたこと言わないで!鳥居亜里沙のせいで、あんた達のせいで、苦しんだ人間が今までどれだけいると思ってるの!!

これが現実!目ん玉かっぽじってちゃんと見ればいい!
あんた達がどんだけ、亜里沙の掌の上で踊ってきたのか。弄ばれてきたのか、見ればいい、その目で!」

「っ、っくしょォ!!!」

俺が飛びかかれば、華奢な苗字は直ぐに後ろに倒れた。細い腰に跨って首に手をかける。

苗字の眉が苦しげに潜められて、俺はすぐに指先から力を抜いた。
「…―――っ」
もう、力を込める事はできなかった。


「いたい」

なんで

「しんじてもらえないのは、いたい です」

ふざけんな。
何で、今思い出すんだ。

「大丈夫?」
「そうですか、よかった」


雲雀恭弥に殴られた箇所を、労わるように撫でたぬくい指先も。

「学校?楽しいよ」
「友達もできた」
「寂しくないよ」
「大丈夫」

「ありがとう。……っお母さん」


苦悩や愛おしさの入り混じった、あいつの切なげな表情も。――俺は知っていた。
宍戸の感じた「違和感」にもとうに気が付いてた。

けど。もし俺達が間違いを認めちまったら…?
亜里沙を否定しちまったら、どうなるんだよ。








「岳人ー!お前、またテニスかよ」
「出たなクソクソ健太!お前だって野球バカだろ」
「あはは!うっせー」
「あ、なあお前駅前に新しくできたラーメン屋知ってる?」
「おう。昇竜拳ってとこだろ?」
「そうそう!ケンお前ラーメン好きだろ?付き合え!」

「…おい、ケン。お前。亜里沙襲ったってマジかよ」
「な、何言ってんだよ、岳人」
「……お前がそういう奴だとは思わなかった。…最低だぜ」

――待てよ!おれは、俺はやってない!!




「がーっくん」
「うお!由美先輩ッ。何してんですか?そんなとこで」
「んー?ボールの空気入れ」
「この量!?」
「そうよー。何日かに一回はやんないと壊れちゃうもん。殊更アンタ達なんて扱い雑なんだから!」
「うっ、お…オレも手伝います」
「ふふふ!そうなさい!」

「がっくん、何で…?」
「俺の台詞ですよ…由美先輩」
「信じてよ…!!私、亜里沙ちゃんに脅されたの」
「…由美先輩。もう信じらんねッス…アンタも結局、そこらの女達と一緒じゃねぇか」
「っ岳人!!」

――私は殴ってない!なんで、っ信じてくれないのよ、皆!







俺たちが間違ってたらなんて考えたくもない。そんなこと、絶対にあっちゃいけねェんだ。だってそうだろ?俺は……俺達は…

「……なあ」
「…」

ぽた


なまえの頬に、滴が落ちる。
それが俺の目から零れたものだと気付くのにも少し時間がかかった。止まらない。とまらねぇ。

ぽた、ぱたた…



「俺たち、ただ……、まもりたかった だけなんだよ」



なまえの深い碧眼は俺を下から覗き込んでいた。俺に首元を抑えつけられながら自分の両腕を伸ばし、なまえは、俺の頬に触れた。
小さくて暖かい手は、涙を拭うでもなく、ただ俺の濡れた頬をつつんだ。
なまえの声を聞いた。

「しってるよ。」

透明に泣く
その優しい声は、鼓膜をすり抜けて、俺の心にすとんと落ちた。

「わるか、た……、っごめん。ごめんな…」


ごめん

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