「…失せろ。」
地の果てから這い上がってくるような、激昂を露わにした声色に、リナの顔色は一気に青ざめた。
「ち、ちがう…ちがうの!ルイ」
「早くどこかへ行った方がいいんじゃねぇかな…」
ぽつりと、カズが呟いた。
「俺達、もうあと10秒もお前の顔見てたら…
――きっと殺しちまう」
「ひっ」と短く息を飲んだリナが震えながら立ち上がった。本能的に、もう言い訳が通じることは無いと悟ったのだろう。カズの一言も効いたはずだ。
身をかがめ、教室前方の扉から出たリナは、次の瞬間再び教室に戻った。強制的に。
――ドォン!!!
「ぎゃぁっ」
教卓に激しく体をぶつけ、無様に倒れたリナ。
彼女を拳で吹っ飛ばしたのは、メグだった。
「悪いね。アタシは10秒ももたないよ」
「ぐ……うぅ」
リナはポケットからカッターを取り出してメグに向けたが、それは直ぐに彼女の爪先にはじき上げられた。
メグの右手がリナの胸ぐらを掴みあげ、倒れた教卓に押し付けた。
「アンタが何をしたかったかなんて知らないけどね、知りたくもないけどね、アンタは自分のしたことを知らなきゃなんないんだよ…―――!!」
「…ウ、フフ、何を言ってるのよ」
「なまえを見な」
メグの、有無を言わさぬ物言いに、リナはおずおずとこちらを見た。
「なまえの宝物の楽器を、あの子が何であんなに肌身離さず持ち続けているのか、アンタ分かる?」
「!」
私はメグの言わんとしている事が分かって、咄嗟に俯いた。
「昔はね、そりゃあ大事にはしてたけど、体育の時には教室に置いてってたし、部活の時は部室に置きっぱなしだったよ」
「そ…それが何よ」
「うちの連中は荒っぽいけど、なまえがあの楽器を後生大事にしてる事は皆が知ってた。だからみんなが意識して、それを傷付けまいとした。なまえの大切なものだから。分かるかい?」
そうだ、
あの頃は。
「あんたが来て、なまえをハメてから、なまえの大切なものは皆にとっての"守るもの"じゃなくて"壊すもの"になっていっちゃったんだよ。だからあの子はアレを手放せなくなった。気を休める場所がなくなった。そう、リナ……アンタはね
なまえの居場所を奪ったのさ。」
メグにそう言われて、改めてその事実を胸に差し込まれたのは、おそらくリナよりも私だった。
私は一歩、ルイのいる方へ足を踏み出した。
――そう…私は居場所を失っていたのだ。
でもまた取り戻したくて
返してほしくて
ここへ戻りたくて
あの頃へ、
あのころのように。
「…」
おもいがけずルイに伸ばした手を、ルイは払わなかった。
それどころか
本当に
本当に、慈しむように両手で包み込んで、そしてあまりに辛そうに瞼を落とす。
「悪かった」
震えた声。
届いた、と、私の目からは涙が零れた。