「ワタシはごちゃごちゃ言われるのが好きじゃないね」

暗闇の中でフェイタンは言った。

「お前がずとここにいるなら、なるだけ愛でてて優しくしてやろうと思たよ。
――でもお前がここに居ないなら、居る気がないなら、もう気遣う必要ないて気付いた」
「フェイ、タ」
「だからワタシはワタシの好きなようにやるね」

がりっと鎖骨のあたりに歯が立てられる。

「い゛っ、痛い……!!!」

甘噛みなどという言葉からは程遠い。
血が溢れて、首のほうへ伝ってくるのが分かる。
それをざらついた舌が舐め上げるのを、私は必死で押しのけようとした。


「フェイタン、やめて!痛い!酷いよ!」
「酷くていいよ。ワタシ、泣いて叫んでるお前のこと、もと見たいね」

漠然と、フェイタンは本気だと思った。
かつて彼に拷問を受けた人たちの姿が脳裏に浮かび、血の気が引く。
フェイタンは笑った。

「ハ、怖くなたか。可愛いね」
「離して!!」
「嫌よ。ワタシ、今からお前を抱く」

言うや否やフェイタンは私の唇にかみついた。ぬるりと舌を差し入れられて涙が滲む。
優しくない。痛い。怖い。痛い。

「……!!!!」

思いっきり足を薙ぎ払うと、フェイタンはのけぞって避けた。その隙にバッと体制を整え、窓を破って外に出る。

暗闇の中、とにかく走った。
瓦礫の一角で足を止め、身を隠して洩れる嗚咽を堪える。

(フェイタン……フェイタン……)

胸が苦しい。怖かった。あんなに冷たい彼の目を初めて見た。
でも何より怖かったのは、私があのままま、フェイタンになすがままになってもいいと思ってしまったことだ。

ザ、ザ……

土を踏む足音が聞こえる。
私は口を押さえて身体を丸く、小さくした。フェイタンだ。すぐ側まで来ている。
(お願い……!気付かないで!)
心臓も止めてしまえれば良いのに、そういうわけにもいかない。
私はひたすら気配を消して、足音が遠くへ立ち去っていくのをじっと待った。



「相変わらず、下手な絶ね」


「フェ、……!!」
「次ワタシから逃げたら殺す」

フェイタンは私の両腕を絡め取り、例の仕込み傘でシャツを裂いていく。
私はもう声を上げることはしなかった。
殺されるのが嫌だったわけじゃない。
強い力に抗うことに疲れた。……フェイタンを拒絶することに疲れた。
(……もう、いいや)
腕から力が抜けると涙腺が緩んで、涙が頬を流れ落ちた。
ぴくりとフェイタンの手が止まる。

「…………なまえ」

フェイタンが名前を呼んだ。
その時だ。

何かが風を切る音がして、フェイタンがそれを素早く切り落とした。
ぱたぱた、と側に落ちたのは、よく見慣れたトランプの切れ端。

「こんな真夜中に、面白そうなことしてるじゃないか◆」