フェイタンはそれからいつまで経っても動かなかった。かと思えば「痛くない」と言って、私の瞳を覗き込む。額が触れた。フェイタンは笑っていた。

「ちとも痛くない。お前、理由分かるか」

首を振ると、フェイタンは自分の胸を摘んで、そこから薔薇を引き出した。
私が感情の薔薇を相手に渡した時だけ、相手の胸からも花が咲くことはマチの時に分かったことだ。

フェイタンの胸からは、私の薔薇よりずっと色の紅い薔薇が咲いていた。

「お前に、これ触る勇気があるなら、触てみるいいよ」

手を伸ばした私に、フェイタンは言う。

「けど、触れたらもう後戻りさせないね。お前を家に返さないし、泣いて嫌がても離さないし、ついうかり、壊しちゃうかもしれないね。その覚悟があるなら摘んでみろ」

私は躊躇わずにまた手を伸ばしたが、摘めと言ったはずのフェイタンがそれを許さなかった。
私の腕を掴んだまま、自分の胸に薔薇の花を押し戻す。細い眉がぐっと痛みに歪んだ。私は泣きそうだった。


「どうして.....触っちゃダメなの」
「.......だめね。触らせない」
「手で触らないよ」
「馬鹿。お前なんかがここで受け取たら.....受け止めたら、きと死ぬだけよ」
「ずるいよ。私ばっかり」
「お前ばかりでいいね」

フェイタンは私の鼻の頭に唇を当てた。
それから、性懲りも無く零れた花弁を素早く拾い上げ、彼はそれをポケットにしまう。指先に吸い込まれないように服の袖を伸ばしていた。

「一週間後、お前は帰る。それはお前が決めたことね」

くんっと心が引き攣る。

「それまでにここでその花、出し尽くしてもらうよ」
「.......尽きたりしないよ」
「お前また忘れてるね。ワタシ盗賊」

痛みも心も奪て隠して、もう絶対に返さない。
そう言ったフェイタンに、私は吸い寄せられるようにキスをした。