フェイタンは人でも殺しそうな顔で私を見下ろしていたかと思うと、ベッドに散らばる薔薇の花弁を蹴散らすようにして身体に覆いかぶさってきた。
私は全身が心臓になったようにバクバク跳ね上がっている気がして、固く身体を硬直させた。

「怖がらなくていいね」

フェイタンの声は、つとめて優しかった。無理やりそういう声を出そうとしているのが分かった。

「今からワタシ、お前に触るよ」
「だ.....だめ.....」
蚊の鳴くような声で言ったが、聞いてもらえそうにない。フェイタンが、私の頭の横についた両肘を軽く曲げて、耳元に口を寄せた。

「お前に触れた奴は、後で必ずワタシが殺してやるね。けど今は別のこと優先するよ」

フェイタンの唇が私の頬を滑り、鼻先にキスが落ちる。ぎゅっと拳を握って耐えた。目頭に唇が触れる。(フェイタンは、私の涙の味をきっと誰より一番知っている。)それから瞼や、首や、額にキスをしてくれた。優しいキスだ。
彼が何をしようとしているのか分かってしまうと、また一朶の薔薇が零れた。
フェイタンは微かに眉をひそめた。

「.......まだ、痛むのか」

フェイタンは、この花の意味を知らない。
知らないまま彼の優しさを、こうしてずっと受け止めていたい。けど、フェイが私の痛みを想ってくれるたび、もっともっと傷は深く、苦しくなる。

「.......フェイ」

私の頭を撫でていたフェイタンがじっと黒目をこちらに向けた。

「何ね。欲しいものあるならすぐ盗てくる」

私は首を振って、フェイタンの手を握った。

「.....フェイタン、何もいらない。かわりに.....もらってほしい」

フェイタンは私の手を振りほどいて、薔薇に手を伸ばそうとしたが、私は固く掌を握りしめてそれを拒んだ。
「.....これのことじゃなかたか」
違う。あってる。
ただ咄嗟に拒んでしまった。いやだった。

「て、.....手で触らないで...」

これに触れたら、きっとフェイタンは私の心を全て知ってしまう。私自身が気付いてしまったから仕方ない。もうそれでいい。
友達の終わらせ方を私は今まで知らなかったけど、終わりがあるならきっと今なんだ。

だから、どうせ終わってしまうなら、私と同じところで

「いちばん痛いところで、受け止めて」

数秒後。
私を抱き寄せたフェイタンの腕の中で、心臓の位置が重なる音を聞いた。とくんと鼓動が合わさって、私の心がフェイタンの中に溶けていく。
ごめんね。
苦しくて、やっぱり瞳は熱くなった。