「こじれてんなぁ」
「こじれてないね。あいつが愚図で馬鹿なだけよ」

一方のフェイタンは、不機嫌を撒き散らしながらフィンクスの部屋にいた。部屋からなまえが飛び出していった後、読書に集中出来なくなったせいだ。


「もうここらが潮時だって、お前も気付いてんだろうが」

フィンクスの言葉に、フェイタンは感情の読めない瞳を僅かに細めた。珍しいもんだ、とフィンクスは心の内で感嘆する。

フェイタンはどうやら、心底悩んでいるらしかった。


「言っちまえばいいだろ。どうせいつかは知ることになる」
「ここにずと居れば知らなくて済むね」
「じゃあ団員にすんのか?」
「あんなヤツ蜘蛛入たとこで死ぬだけよ」
「じゃあどうすんだよ」

フェイタンは眉間に小さなシワを寄せた。

「ワタシの…………玩具てことにして部屋に置いとく」
「いやお前……オンナにするとかじゃだめなのかよ」
「ワタシの女なんて噂流れたらアイツいい的よ。誘拐されて強姦されて殺されるのがオチね」
「おお……確かに」
「もしなまえが家帰て、アイツの宝物全部なくなてること気付いたら、アイツきと壊れるね。……壊れたあいつに、もう興味ないよ」
「ようはなまえを悲しませたくねーんだろ」
「ハ?お前話ちゃんと聞いてたか。……まあいいね」

彼女が守りたかったもの、今も守ろうとしているものはもうそこにないのだと、知ったらあいつはどうなるだろうか。
ジクジクと胸の中に起こる、これまで感じたことのない痛みにフェイタンは顔を歪めた。

「……壊れた奴の直し方、ワタシ知らないね」

だからあいつが帰ると決めたならもう会わないのだ。フェイタンが咄嗟に出した答えがそれであった。

「フェイ、お前それでいいのか?」
「クソが。良かたらあんなバカもうひと月は前に追い出してるね」
「お、おぉ……」

疲れたようにため息が落とされた。

フィンクスは今しがた自分が交わした言葉のやり取りを思い返して、それは彼の脳裏でもう何度も繰り返された問答なのだと唐突に悟った。

冷酷だ非道だと騒がれる蜘蛛の中でも随一の残忍さを備えるフェイタンが、まさかここまであの少女に振り回されていようとは。フィンクスは次のアイディアを考えるのも忘れて、純粋に驚きを露わにした。フェイタンがほの暗い目でぽつりと提案するまでの話である。

「こうなたらもう、ワタシが永久に監禁しとくか殺すか意外の選択肢ないね」
「最終手段がフェイらしくて安心したが、ダメだ」
「理由は」
「なまえは黙って閉じ込められてるタイプじゃねーし、閉じ込めとくっつーことは確実にそこに居るってことだろ?」
「そうね」
「暇になったヒソカがちょっかい出すぜ」
「ならアイツ殺すまでよ」
「無理だな。少なくともアイツが旅団にいるうちは」
「…………じゃあなまえ殺すね」

それが出来るなら最初からこんなに悩んでいないと、フィンクスに突っ込まれる前に自分で気付いたフェイタンは苛立ちのままに部屋の壁を蹴りつけた。
おい八つ当たりすんな!というフィンクスの言葉も無視する。


冷静に考えればこんなのは悩むような事ではない。全く時間の無駄。斬り捨てて当然の案件、だった。少なくともかつてのフェイタンであれば。

自分の中に次々と生まれてくる感情と呼ばれるそれが、あれは嫌だ、これはダメだと、どんどん選択肢を狭めていくのだ。
がんじがらめになったフェイタンは、疲労感を胸に抱いたままフィンクスの部屋を出た。


(ワタシらしくないの全部、なまえのせいね)

いっそ本当に殺してやろうかと殺意を募らせてみるものの、遠くから近付いてくるなまえの気配を感じ取ったところで、フェイタンの腕はまるで反抗でもしているかのように傘の柄を掴もうとしない。

もう誰かなんとかしてくれ。

投げやりの思考はついに誰にともなく助けを求めた。
そして、その助けを持って現れたのは、他の誰でもない。


「フェイタン!私、やっぱり帰ることにした!」

彼女、なまえ本人であったのだ。