「い、いや、来ないで!!」
「観念するね」
「そんな、……どうしてっ」
「言うこと聞かないともと痛い目みせることになるよ」
「やだ!」
「もう逃げられないね」

背中に壁が当たる。ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべたフェイタンはもう目と鼻の先だ。

「怪我手当してやるて言てるだけよ」
「絶対嘘!!」
「人疑うの良くないね」
「かー!しらじらしい!だって手当するもの何も持ってないじゃん!!」
「ほら」
「それ包帯!ノット消毒液!」
「そんなものここにあるわけないね」
「じゃあどうすんの!!!」
「決まてるよ」

フェイタンがぺろりと舌なめずりするのを、私は絶望の表情で見つめていた。舐める気だ。もう察せる!

「い、いい!いいです!水で洗うから!!」
「なまえ」
フェイタンは突然目を伏せて、しおらしく私に言った。

「ワタシはワタシがさせた怪我、責任持て治してやりたいと思てるだけね……」
「うっ、」
「決してお前が痛がて泣き喚いてる姿見て愉しみたいとかそういうことは少しも」「誰かァァ!!水で洗わせてぇぇえ!!」「チッ」

私の肩を掴んだフェイタンが乱暴に前髪を掻き上げる。

「バカが。無駄に叫ぶから傷開いたよ」
「うっうう」

さっきみたいなフィンクス達の助けはもう期待できそうにない。私はせめて痛くしないでくださいとお願いしたのだが、返答は「もちろんね」とこの世で最も信頼できない一言だった。

「うう、神よ……」
「そなに嫌なら薔薇咲かせばいいね。貰てやるよ」
「やだよばか!」
「じゃあ喚くな」
「っ……」

フェイタンの顔が近付いてくる。
「うっ」

恐怖で固く目を瞑っていると、額をぬるりとしたものがゆっくりと舐め上げていった。

「……」

ぴちゃ、
ぺろ…

(……これは)

「……フ、フェイタン」
「何ね」
「いや……その」
「痛いか」
「い、いたくは、ない」
「なら黙てろ」
「……はい」

フェイタンの舌が撫でるように優しく、ぬるぬると額の上を滑る感覚が繰り返し訪れる。

痛くない。痛くないのだ。

そうなってくると、今の今までさっぱり素通りしていた別の感情がじわじわと昇ってきてしまう。


(これは……か、なり…)

「な、なおった!!」
「ハ」
「もももう大丈夫!治ったかから!!」
「馬鹿か。治るわけないね」
「ほ、ほんとにもう大丈夫……!」

ぐっと力を込めてフェイタンの胸板を押す。
腕を突っぱねたまま俯いていると、黙っていたフェイタンがひょいと私の顔を覗き込んだ。
「!!」
「……ハハ、そゆことね」
「なによ!!」
「顔赤い。タコみたいよ」
「あかっ、あかくない!!」
「声もひくり返てるし、照れてるとこ初めて見たね。もと見せろ」
「やめろぉぉ」