突き飛ばされたり、離れろと言われたりしたって絶対離さないつもりだったけど、フェイタンは身体を強ばらせただけだった。
私は少しだけ力を緩めて、彼の表情を伺う。……見えない。

「…もう攻撃しないの?」
「…………避ける気ない奴、いたぶる趣味ないね」
「そっか、よかった」

ひとまず、もう蹴られたりすることはなさそうだ。
それと思ったより血がたくさん出てるのかもしれない。ぐらりとふらついた私の腕を、フェイタンは掴んで止めた。

「……何で何も聞かないね。おまえ、ワタシに聞きたいことあるはずよ」
「えー、ないよ?」
「嘘吐きは泥棒の始まり」
「泥棒に言われても」
「ワタシ盗賊ね。……いいから、早く言え」
「えーと……じゃあ、ごめんね=v
「……糞が。ふざけるのも大概にするね」

フェイタンは私の胸ぐらを掴んで足払いをかけた。

地面に尻餅をついたまま胸ぐらを掴まれ続けている私は、フェイタンを見上げる。暗闇の中で、フェイタンは苦しげに顔を歪めている気がした。


「殴られて、蹴られて、何がごめんね≠ゥ……!
怖がりもしない、怒りもしない……これじゃ、ワタシ一人馬鹿みたいね」
「ちがうよっ、フェイタン」
「何が違う!お前はいつもそうね……!かてに近付いてきてワタシ振り回す癖に、自分は一人でどこへでも行こうとする…………ワタシもう、付き合てやれないよ」

フェイタンが私の襟を離した。
「こんな事になるなら、いっそのこと……」
その言葉の続きが紡がれるより早く、私は自分の心臓の真上に右手を置いた。
「フェイタ、」
「そこまでだぁーー!!!!」


ガッシャァーーン……!!
と耳をつんざくような音を立ててガラスが割れた。外の光が勢いよく部屋の中になだれ込んでくる。思わず目をすがめると、そこにはフィンクスとシャルナークが立っていた。

「おい無事か!なまえ……ってオイ血まみれじゃねーか」
「フェイタン……やっぱり殺す気だったんじゃ」

二人の登場により、これまで居た部屋がどこかの廃墟の一室で、黒塗りの分厚い遮光ガラスによって全ての光が遮断されていたことが分かった。
気絶してから随分時間が経っていたらしい。
夕日の差し込む部屋の中に、フェイタンの舌打ちが響いた。


「何の用ね」
「お前がなまえを殺すんじゃねーかって団長が言うもんだからよ」
「そんなことしないね」
「じゃあその剥き身の刀はどうする気だよ」
「これは」
「フェイタン」

フェイタンがようやくこちらを向いた。
そして、私が差し出す一輪の花を見て、細い目を僅かに見開いた。

「アイリスだよ。」
「……」
「花言葉は、信頼と友情」

フェイタンは何も言わず、アイリスの花を見つめている。

私はもう1度自分の胸の中心に両手を重ね、フェイタンに見えるようにそれを開いて見せた。するとアイリスの花がもう一輪、胸から美しい花を咲かせた。

「いくらでも出せるよ」
「…………それが、なまえの三つ目の念能力」
「そうだよ。私の感情が花になるの。まあ、こんなの戦闘には絶対使えないんだけど……でもね」

フェイタンの下から這い出した私は、彼と同じように膝立ちになって、その胸元にアイリスの花をぎゅっと押し付けた。
それはあの痛みの薔薇と同じようにフェイタンの胸に沈んでいく。

「!」
「…私の気持ち、伝わったかな」
「………………」

「私、蜘蛛に入りたかったんじゃなくて、たくさん助けてくれたフェイタンの力になりたかったんだよね。だから、フェイタンがそんなに嫌がると思ってなくて……その、ごめ」
「最悪ね」
「えっ」

私の謝罪を遮ったフェイタンは胸を抑えながら、下がり眉をぎゅっと眉間に寄せて、私を睨みつけた。

「……こんな解らせ方は、反則よ」

フェイタンの腕が伸びてきて、暖かい指先が私の額に触れる。「……やりすぎた、悪かたね」小さく小さく聞こえた謝罪に、私も微笑みを返すのだった。


(……シャル、俺達って何だろうな)
(照明係じゃない?はーばからし。帰ろうかフィンクス)