目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。
埃っぽい匂いに鼻をひくつかせて、手探りで何があるのか確かめる。すると、少し離れたところに、触りなれた洋服の感触。

「フェイタン?」


彼は座っているようだ。
ぺたぺたと四つん這いで近付いて、その太ももあたりに触れた。

「どうしてこんなに真っ暗なの?停電?」
「…………」

フェイタンは答えない。

「あー、……怒ってるの?」

その時、私の指先から音もなくフェイタンの感覚が消えた。私は慌てて立ち上がって暗闇の中に腕を伸ばす。

「フ、フェイ……、ッ!!?」

突然首を掴まれ、床に叩きつけられた。
「が、っげほ」
一瞬の強い圧迫感に何度も咳を繰り返す。ところが、フェイタンの気配はもう近くにない。

(なんで、……)

片膝をついて立ち上がろうとしたところへ、今度は背中から蹴り飛ばされた。
簡単に吹き飛ばされた私は、椅子がいくつか置いてある場所に突っ込んでしまったらしく、どろりとしたものが額から溢れるのが分かった。


「……フェ、イ、」

身体が痛くて立ち上がれない。
呼吸が苦しい。
暗闇が怖い。

自分がどうして攻撃されているのか分からないのに、相手がフェイタンだということは何故か分かって、それが一層不安を煽った。

後ろから伸びてきた腕に、口を塞がれる。冷たいものが喉元に触れた。これは、フェイタンの刀だ。


「また、死んだね」

よくやく発された声は耳元で、ぽつりと零された。
私がもがくとその腕は呆気なく離れていき、振り返った先にもやはりフェイタンはいない。

「フェイタン!」

襟首を掴まれて後ろに引き倒される。フェイタンの足が胸骨の上に置かれた。

「四回目」

すかさず起き上がって掴みかかった私の手は、相変わらず宙ばかりをかく。直後、首の後ろに衝撃を受けた。

「がっ、!」

膝からくずおれた私は、そのまま地面に倒れる。
気絶しない程度の手刀に脳みそをぐらぐらと揺らされて、せり上がってくる嘔吐感を口を抑えて必死に堪えた。

「五回目」

暗い部屋の中でどこにいるかも分からない、フェイタンの声ははもうずっと冷たい。

「怖いか」

くつりと笑い声が聞こえた。

「……」
「ワタシは愉しいよ。なまえのビビてる顔、新鮮ね」

フー、フー、と息をしながら、私の鼻の奥はツンと痛み始めていた。

(泣くな、泣くな)

泣いても仕方ない。だって、フェイタンはもう何度も私を殺してるんだから。泣いたってきっと辞めてくれない。フェイタンが私をどうしたいか、もう、分かってしまった。

「……フェイタン」


地面に膝立ちになって、目を閉じる。
暗闇はあいかわらずそこにあったが、今度は、肌に触れる空気の振動を、ほんの少し感じることが出来た。それが僅かに膨らんで頬に触れた時、私は身体を反転させてそちらに顔を向けた。

「ッ!」

目と鼻の先で、フェイタンの拳がピタリと止まる。風圧で前髪が揺れた瞬間、もう逃げられないようにとその首に抱きついた。

「捕まえた!」