「なまえ!あれ、寝ちゃった?」

まどろみから目を覚ませば、バスの前の座席から身を乗り出して私を見下ろす友人の姿。
「起きてるよ、なあに?」
「イヤホン借りようと思って。使ってた?」
「ううん、いいよ」
イヤホンを求めてがさごそカバンを漁っていれば彼女は思い出したように話し出した。

「それにしても、全国大会一位とはねえ」
「ちょ、それもう褒められ飽きたよ」
「だって本当にすごいんだもの!私感動しちゃったよ」
「ありがと!ほら、イヤホン」
「あ!サンキュー」

受け取ると早々に前に向き直ってしまった友人に苦笑する。
今日は陸上の全国大会当日。
私はハードルで優勝を勝ち取ることができた。
今は、会場からの帰り道である。

「頑張ったもんなぁ」
ここ数週間の努力を思い出して自分を褒める。早く帰って家の布団で眠ろう。
心に決めて窓の外を見る。

その瞬間、私は目を見張って体を硬直させた。
「なっ!!」
日も沈みかけた西の空を背に、森の奥から途轍もない勢いで迫ってくるトラック。ここは山道。東は崖だ。
一瞬で目を覚ました私は、運転席に向かって叫んだ。

「スピードを上げて!!!」

突然の叫びに車内にいた全員が肩を跳ねさせたが、私は躊躇わなかった。全員に大声でシートベルトの支持をしながら、通路に飛び出し、運転席まで駆ける。

「林の中からトラックが突っ込んでくる!加速しなきゃこのままっ―――――」




そこから先、覚えているのは、衝撃と、あちこちから上がった悲鳴。
トラックはバスの後方を突き飛ばし、バスは斜め前方に向けて転がったようだ。よく分からない、けど、崖を落ちる事は無く、数回転がって止まった。粉々になったガラスに傷付けられて、皆は痛みに呻いていた。
「い、っづ」

その直後、前のドアが蹴破られて続々と男達が入ってきた。
即座にさっきのトラックに乗っていた奴らだと分かる。


「オイオイ、何だよ。……ガキだらけじゃねえか」
「旅行バスって話だったんだがな」
「まあいい。在るモン全部奪って戻るぞ」
「お前ら!本当は崖の下に落としてから詮索する予定だったんだ。生きてるだけ有難いと思えよ」
「変な真似したら即殺すぜ」


山賊、誰かが言った。
そうか。この地域の山を住処にしている山賊がいるという話をニュースでやっていたかもしれない。つまり、このルートは山賊の狩場だったということか。

私達に一瞥をくれると早々に興味を失ったらしい、男達は、地面にひっくり返った鞄や荷物を漁り歩いていた。
皆泣くだけで、反抗の声を上げようとはしない。
そうすれば殺されてしまうだろうことは誰の目に見ても明らかだった。


「おか……おか、しいよ」

「あ?」

「……なまえ?」


だって、おかしいに決まってる。


「何で、トラックで突っ込まれて、皆怪我して、……何で黙ってなきゃいけないの」

誰かが私の名前を読んだけど。止まらない。……止まれない。
視線を床に向ければ、青いジャージの膝から下がどす黒く染まっていた。痛いわけだ。
足を引きずりながら男達に詰め寄った。


「何だこのアマ」
男が振りかぶった手が私の顔を捉えるより先に、私は渾身のストレート男の顎に放った。
当たりどころが悪かったのか、思わぬ反撃に油断しきっていたためか、男はにべもなく床に倒れた。

「、っやりやがったなこのクソガキ」
次々と襲いかかってくる男達。しかし狭い車内の中では、動きも限られてくる。

「―――」


右足はほとんど動かず、体中が痛かった。
でもその痛みが私の頭を冷静にする。
何故かこの時、驚くほど体が動いた。(死ぬ気だったからかもしれない)

身体をかがめ、左足を前に思い切り突き出す。
「う゛!!?」
バランスが崩れて倒れてくる男を座席の間に滑って避けると、即座に立ち上がり、躊躇なくその頭に飛び乗った。ばきりと嫌な音がしたから多分鼻の骨は折れただろう。男は悲鳴を上げてのた打ち回っている。

あとふたり。


振り向くと、私の額には銃が押し当てられていた。
「暴れすぎたな、ガキ」
「……」
「そう睨むな。お前は殺さずに、お頭のところへ連れて行く。…可哀想になぁ
ーーー死んだ方がマシだと直ぐに気付くぜ」

それから、暗いものに押し込められて、意識が途切れた。皆の声はもうしない。