「クソかわ、いてっ」
「お前何言いかけてんだ!!目冷ませ!」

うっかり口に出しかけた後輩の頭をひっぱたく。
目を覚ませお前ら!
こいつは俺達のアイドル亜里沙のその可愛さに嫉妬して、あの可愛らしい顔を殴った、可愛らし、あ、ちげえ、極悪非道な最低野郎なんだ!

「てめー、俺達の呼び出しに応じないとは良い度胸だな!」
「……あ、君ら下駄箱いにた」
「そうだ。今からでもいい、俺達と……なっ」

奴の澄んだ碧眼に、みるみる水分が溜まっていく。
「なんだよ、まだ何もしてないぞ!!」
「…よ」
「??」

「よかったあ……!!」

ぶわっと泣き出したナマエは、手の甲で涙を拭いながら言葉を続ける。時折混ざる嗚咽が、嘘泣きで無い事を明白にした。一体どうしたってんだ。

「ゼミ室さぁ…さが、したんだけど、なくってさあ!先生にも聞いたんだけど、や、やっぱ、分かんなくなっちゃって…もう広すぎだよここ!!もう!あーん」

「お、おい」

「ご…ごめんね、みんな、待ったでしょ」と俯きがちに呟かれて、しかも本気で落ち込んでいる様子のナマエに、俺達は当然しどろもどろになる。
俺はハッとして両サイドで今にも彼女に慰めの言葉をかけそうな二人を脱いだ上履きでひっぱたいた。こいつは悪人!極悪人!
「気をしっかり持てテメェ等ー!!」
冷や汗が止まらない。
ようやく落ち着いたらしい奴は、目元をこすって顔を上げた。

「お、おまえ、そんな事言って俺達の気がやすまるとでも」
「進路って…大変だよね」
「は?」
「わたしあんまり関係ないけど…、でも相談してくれるなら、一生懸命考えてあげようと思ってて」
待ってくれ何の話だ!!
こ、こいつまさか!
「…え?進路の相談したかったんじゃないの?」
バカだ。
――噂は本当だったんだ!
「ッ何で俺達がお前に進路の相談しなきゃなんねーんだよ!担任にするわ!!」
「じゃあやっぱりリンチかぁ」

悲しそうに呟いたナマエ。

「お、おうよ何だ分かってるじゃねーか」
「つーかそれしかねーだろ!!」
「…ちえ。告白か進路相談がよかった」
「知らねーよ!」
「いいから来い!逃げようとか思ったらしょうちしねえぞ!」
「あは、やだな、逃げないよ」
「!」
まさか微笑まれるとは思っていなかった。「待たせちゃったしね」と言いながらパンを拾い始めるこいつ。(何考えてんだ…リンチと分かってついてくるなんて…)
しかしどうもこいつそう悪い奴には見えな、―――バシッ

「お前どうしたんだよ急に自分の顔殴ったりして!」
「大丈夫っすか?すげー音しましたけど!」
「……いや、なんでもね」


こいつは極悪人!
生粋の腹黒性悪女!

「よし、おまたせ」
「…」

気になる。
その腕一杯の菓子パンが気になる。
明らかに女子の食う量じゃねーし、その細身に入るはとても思えない。
(き、聞きたい。)
その気持ちは皆同じなようで、俺は代表して尋ねることにした。言っておくが、断じて馴れ合いではない。いわば知的好奇心だ。
「…何だよその量」
聞いてから嫌な予感がした。
聞いてはならない事だったのだ。


「ん?……ああ、ケンカし終わったらみんなで食べようと思って。…仲直りに、なんだけど」

「「「!!!」」」


聞 か な き ゃ 良 か っ た !

「ケンカしたままってやだし、同じ釜の飯をなんちゃらって…前に聞いたことあるから、その、…すっごく安易かなとはおもったんだけど」

恥じらうなよ!くそかわい、じゃねえ!断じてそんなことは、思ってない!頭をよぎりもしなかったぜ!
つーか亜里沙の方がかわいい!
そうだろおい!
正気に戻れ!
お前俺のこと殴ってくれ目覚ますから!頭冷やすから!

「ちょ!…何で君らが殴りあってんの??」
「う、うるせえ!」
「鼻血でてるよ。はいティッシュ」
「!!やめろ!いらねーよ!!」
「…なんか泣きそうだね。大丈夫?」
「優しくしないでお願い!」

肩で息をする俺達を不思議そうに眺めた後、奴は自分の抱える菓子パンに視線を移し、にへらっと緩く微笑んだ。

「じゃあ、もうここでお昼ご飯にしようよ」

「!!」

「あんま人来ないから通行の邪魔にもならないし、それにもうすぐ昼休み終わっちゃう」
「ば、ばか言ってんじゃねぇ」
もう声にハリも出ない。
「俺達がそんな、そんな真似」
ぐううう、と後輩の腹がタイミング悪く賛同の声を上げる。

「…」

僅かな沈黙の末、ナマエがははっと眉を下げて笑った。
「、」
その自然な笑顔を目の当たりにして、俺達の中にまだ辛うじて残っていた悪意の欠片は跡形もなく、完全に溶け消えたわけである。

リンチ?ああ、もうどうでもいいよ。
…腹もへったし。

(なあ、このメロンパン潰れてんだけど)(コレもっす)
(わたしが転んだの見てなかった?)
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