これまで守ってきた相手は、平気で誰かを陥れ、人の死を笑って願えるような人間だった。
そんなの、誰だって信じたくないだろうな。
誰もが言葉を発せずに、まるで電池の切れたロボットのように動きを止めている中、桜子だけが震えていた。自分を抱きしめるように肩を抱え、ここから見える指先は力を込めすぎて白くなっている。
「嘘、だよね…?桜子」
そう尋ねた水色の声は、震えている。
長い長い沈黙の末。
桜子は妙に静かな声で
「……あたりまえじゃない」と肯定した。
水色の顔がほっと安堵に緩む。その場にいた誰もがそうだった。――やっぱりこれは自作自演だったんだ。桜子は何も悪くない。俺達も。何も―――
顔を上げた桜子は、画面の中の少女と同じ笑顔で仲間たちを見た。
「当たり前じゃない……!桜子はお姫様なの…守られて当然でしょ?」
「さ……くらこ」
「みーんな騙されちゃってバッカみたい。あ、言っとくけどあんたらも同罪だからね?」
にたりと狂気に満ちた桜子の笑み。
――この子は狂ってる。そう気が付くのは遅すぎたのだ。
「桜子、お前、俺たち騙してたってことかよ」
啓吾の顔が、笑みと、怒りと、
混ざったように歪んだ。
「じゃああいつ、ほんとは何もやってねえの?」
桜子も笑った。
「うん。なまえちゃん、なーんにもしてないよ」
すとん、と魂を抜かれたようにその場に膝をつく啓吾。
それを一瞥もせず、桜子はこちらを振り返った。
「どうすんの?なまえちゃん。バレちゃったじゃん」
桜子は笑っていた。
目だけが、暗闇を切り抜いたように据わっている。
「これからどうすんの?みんなと一緒に、復讐でもするつもり?」
「しない。私、もうこの学校出てくし」
はっきり言った私を、誰もが信じられないという顔で凝視している。
「なまえ」
タツキが、力無い足取りで私の前に立つ。
「出てくって、なんでよ」
「タツキ」
「全部、あたしらが悪かったんでしょ」
ここで、桜子が、じゃなく、あたしらがと言うところがタツキらしい。場違いなところに苦笑する。タツキは見ている方が苦しくなるほど、震え声で私に告げる。
「アンタ、出てく必要ないじゃん!あたし、最低なことしたから、あんたに嫌われても仕方ないし当たり前だけどさ、でも、出てくなんて」
「止める権利、ねーだろ!」
タツキの言葉を遮ったのは啓吾だ。
次に続いたのは、ゴッ、という鈍い音。
何度も額を床に打ち付けながら、啓吾は言った。「なまえ」
「ごめん」
それだけを繰り返しながら、何度も。
ぴたりと音が止まったのは、私が、彼の額と床の間に手を差し込んだからだ。
「……血、出るよ。啓吾」
「出りゃいいよ……!そんなもん」
「啓吾が血出しても意味ないじゃん」
思わず小さく笑うと、真っ赤な目が私を見た。罪悪感で押しつぶされそうになっている彼にかける言葉が、わからない。だって、啓吾とは中学の時からずっと、一番気の合う友達だったんだから。
「なまえ、俺、」
「なまえ!!」
尋常じゃない一護の声がしたかと思うと、突然、背中に衝撃が走った。遅れて、激痛。
「なまえちゃん!!」
織姫が叫んでいる。
他のクラスメイトも。
何人かは逃げるように教室を駆け出て行った。
震える手で腰の辺りを撫でると、ぬるりとした。手のひらが真っ赤に染まっている。血だ。同じ色に染まったナイフを持っているのは、桜子だった。
「てえめぇ、出てくなら、バラすんじゃねーよ!!!!」
ひっくり返った声で、酷い形相で、そう叫んでいる。
教室中、逃げ惑う生徒が溢れる中で、私は「ハッ、ハッ」と短い呼吸をひたすら繰り返していた。
痛い。苦しい。痛い。
口の中が血の味だ。
(私、死ぬ、の?)
激痛で頭がくらくらして意識が一瞬遠ざかる。身体が大きく傾ぐ。
一護や啓吾がこちらに手を伸ばすのが見えた。その後ろで、突然、教室中のガラスが一斉に砕け散る。
とん、
誰かに抱き止められたと思った時、私はもうその相手の名を口にしていた。
「、遅い…よ…グリムジョー」
「………」
グリムジョーは私を抱えたまま、無言で、視線を桜子に滑らせる。そして、
「ーー虚閃」