雨の中を歩くグリムジョーの前に、ひとつの影が現れた。
「おォ、何やねん。お前このまえの破面やないか」
「…テメェは」
「平子真子や。戦った仲ゆうんに、覚えてくれてへんのか」
「今は虫の居所が悪ィ…さっさと失せろ」
「そう言いなや。…ああ!そやな、今晩はなまえちゃん慰めに行ってあげなあかんもんな」
「…あ?何の事だ。それにテメェが何故アイツを知ってる」
グリムジョーが足を止めて反応するのを平子は相変わらず笑みを浮かべながら見遣る。
「何やねん。聞いてへんのか」
「…」
「そやったらええわ」
「言え。テメェのその身体に風穴開けたくなかったらな」
「おー、怖いのォ」
そこまで知りたいんやったら教えたるわ。平子は一瞬で詰め寄り、グリムジョーの耳元に口を寄せた。
「あの子処女やったんやなァ…、むっちゃ痛ごうてたで」
グリムジョーの霊圧が一気に跳ね上がるのと同時に、平子は笑いながら身を引いた。斬魄刀を鞘から引き抜き、振り下ろせば金属特有の鈍い音が響いた。
「てめェ!殺してやる……!!」
「そう怒りなや。そないに大事なら盗られんよう護っとき」
言葉を残して消えた平子。その場にはグリムジョーの膨れ上がった霊圧と、妙な沈黙が残った。
「、何してやがんだ…俺は!」
いつだって真っ直ぐ俺を見つめてきたあいつが視線を合せなかった。
なまえがどれほど優しく誠実なやつかは俺が一番知っていたはずだ。なのに、信じてやれなかった。
なまえの既に傷だらけの心に、一番深い傷を付けたのは俺だ。
あいつは今、きっと独りで泣いてる。
グリムジョーは地を蹴ってきた道を戻った。待ってろ、なまえ…。今すぐに迎えに行く。
行って、嫌でも幸せ感じられるほど強く抱きしめて、あいつに触られたところ全部を愛撫してやる。
「なまえ」
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泣いて縋って、それが女やと思っとっただけに、あいつのあんな行動は衝撃的やった。
最中にあれだけ助けを求めていた相手を拒絶して。
きっと振りほどきたくなかっただろうその優しさを投げ捨てて。
そいつがいなくなった瞬間糸が切れたように泣き崩れた、そんな女を見て。
こうする他に俺に何ができた。
「あー。やァな役回りやな…ほんまに」
雨の上がりかけた曇天を見上げて、平子は帽子を深くかぶりなおした。