まだ春先といえど、全身に水を浴びたら流石に寒い。だがなまえはそんな寒そうな素振りひとつ見せず、自分の席に真っ直ぐ歩いていった。

「んだよ、無反応かよ。つまんねー」

なまえに水をかけたそいつはバケツを持ったままなまえの席に近付く。

「お前、ちょっとは」

反応したら、とか抵抗したら、とかって言葉を続けようとしていたのは分かるが、それを忘れて硬直してしまう理由も分かった。

濡れた前髪をかきあげて、息を吐き出す仕草が酷く艶やかで。


「…おら」
「一護」
「早く着替えて来い」

差し出されたタオルを受け取って、彼の顔を見る。困惑というよりは、戸惑いに近い。そんな表情をしていた。

「ん、ありがと」

一護がどんな心情なのか易々と理解できるわけではなかったが、少しずつ変わりうる現状に心はいくらか和らいだ。
桜子の前では一護と接したくなかったのだけど、それでもやはり嬉しかった。





保健医は不在ならしく、保健室は鍵が閉まっていた。
しかたないので窓から入る事にする。太陽の光を受けていくらか熱を持った窓格子。そこ手をかけて体を滑り込ませると存外簡単に入る事が出来た。

「水掛けるとかどんだけ暇なの」

びしょびしょになったあそこを掃除するひとはさぞ大変で惨めだろう。
というかあたしにやらせるつもりだったようだから、さっさと保健室に来て正解だったかもしれない。

濡れた制服を脱いで備えのジャージに腕を通していると、窓の方から声がかかる。
グリムジョーじゃない、彼よりいくらか、高い、声。


「ヒィヤッハー…!お前かよ、グリムジョーご執心の人間の女ってのは!随分とイイ格好してんじゃねェか」
長身で髪の黒い人。

「…誰」
「俺はノイトラ・ジルガ、十刃だぜ!」
「ふうん」

じゃあグリムジョーと一緒か…、いいながらゆっくり距離を取る。それに気付いた男は、もとからにんまりと笑んだ口元をさらに引きつらせて、じりじりこちらに近付いてくる。

「…それじゃあ私教室に戻るので」
「そう急くんじゃねェよ、ゆっくりお話してこうぜ?」

あと少しでドアに辿りつけるので、瞬時に背を向けた。すると急に体が持ち上がり、浮遊感の末の衝撃。
ベットに投げられたようだ。相当痛い…手荒だ。

「痛たたた…何すんのよ!」
「逃げようとすっからだろうが」

勝ち誇ったように言われて初めて、自分が跨れている事に気付く。するすると太ももを撫ぜる手をギュッとつねって睨みあげた。

「退いて」
「おー、気の強ぇ女だな」
「グリムジョーが来たらただじゃ済まないんだから!」
「俺はあんなカスより強ェんだよ」
「グリムジョーが誰かに負けるはず無い。いや負けるかもしれないけど」
「どっちだよ。………ああ確かに頭悪ィな」
「は?」
「弱小でもある。だが胸はあるほうじゃねーの?特別不細工ってわけでもねェし」
「うあ、ちょっとどこ触ってん、は、離れて!」

「触るな」


ノイトラの腕を掴んだのは、紛れもないグリムジョーだ。ノイトラはにやりと笑って「もう来やがったか」と呟いた。

「テメェ、ふざけやがって」
「待ってグリムジョー」
「ああ?止めんじゃねーよ」
「いや喧嘩すんのは構わないけど、誰かいっぱいこっちくるみたい」
「…黒崎の霊圧だな」
「あ。俺だわ」

霊圧消してくんの忘れた、全く読めない表情と声色で言ってのけるノイトラにグリムジョーは蹴りをくらわせて、私を抱えた。

「しっかり掴まってやがれ!」
「うん」
「んだァ?グリムジョー戦ってかねェのかよ」
「計画狂うだろうが!テメー後で覚えてろ」
「クク」

再び保健室の窓から飛び出して地面を蹴り、そのまま屋上へと跳ね上がった。遠くでノイトラの甲高い笑い声も聞こえたので、あいつも学校を出たのだと分かった。

「ふう、危なかったね」
「…」
「グリムジョー?」

むかつく、小さく吐き出してグリムジョーはぐっと眉を寄せた。

「ノイトラの野郎、もう容赦しねェ…ぶっ殺してやる。俺のもんに勝手に触りやがって…クソ」
「え、あたしってグリムジョーのもんなの?」
「んなもん決まってんだろうが!テメェも易々近づけてんじゃねーよ」
「違うよ逃げようとしたらアイツがイキナリ掴んできてベットに投げたんだよ」
「…何もされてねェだろうな」
「足触られて胸揉まれた以外は」
「やっぱり殺してくる」
「ちょっと!」

本気で抜刀しそうな勢いのグリムジョーをなだめる。やがてようやく怒りが収まってきたらしいグリムジョーは私の姿に目をとめた。

「何で濡れてんだよ」
「ご想像にお任せします」
「…来い」
「は?うわ」

強い力で腕をひかれ、胡坐をかいたグリムジョーの間にすっぽり収められた。

「え、ちょっと…え?」
「煩ェな。黙ってろ」
「…うん」

首にかけていたタオルがグリムジョーの手に渡ると、グリムジョーは私の髪の毛をごしゃごしゃと拭き始めた。うん、優しいな。だけどちょっと

「…い、痛い」
「あ?」
「もちょっと優しく」

グリムジョーは一旦手を止めて、それから考えるようにゆっくりと拭き始めた。力加減をしてくれているようなそれに私の心はまたほっと日溜まりを取り戻した。
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