気になるあの娘 | ナノ


▼ 其の二

「素晴らしい!思った通り、よく似合っているな。月島軍曹もそう思うだろう?」
「ええ、まぁ…」

鶴見以外の人に見つからないようにと細心の注意を払いながら部屋までやってきたのに、入ってみれば月島も一緒にいた。
ただでさえ着慣れていない物を着ている上に、さらにその姿が人目に触れているとなると何だかむず痒く恥ずかしくなって顔が紅潮する。

「いつもあまり物事に動じない野木山が恥じらいで頬を染めるなんて珍しいな。年頃の女子らしくて良い良い」
「満足していただけましたか…?そろそろ着替えを…」
「もう着替えてしまうのかね?しばらくそのままで過ごしてみたらどうだ?」
「仕事もありますので、この辺りで勘弁していただけると幸いなのですが…」

失礼だと思いながらも半ば振り切る形で部屋を去ろうとして戸に手を掛けると、それと同時に廊下から良く知る声が聞こえた。

「鶴見中尉殿!鯉登です!」

思わず後退る野木山。
振り返ると、鶴見は楽しそうに笑みを浮かべている。
しまった、もう嵌められていたのかと野木山の顔が引き攣る。
これでは鯉登に自分が女だとバレてしまう。
しかしもう退路は無くなった。
月島に縋るように視線を向けるが、諦めろと目が語っている。

「入りなさい」
「失礼します!」

勢いよく入ってきた鯉登に、反射的に姿勢を正し道を譲る。
鶴見と月島だけだと思って入ってきた鯉登は、野木山を見て少し吃驚した様子で声を掛けてきた。

「ないごてこげん所に女子がおっとじゃ?」
「えっ」

てっきり何故そんな姿なのだと聞かれると思っていた野木山は、少しずれた質問をされて返答に困る。
そんなものを意に介していない様子の鶴見は鯉登に話しかけた。

「鯉登少尉、わざわざ呼びつけておいてすまんのだが、頼もうと思っていた事は既に済んでしまってな。戻って構わんぞ」

それを聞いた鯉登はいつもの調子で奇声を上げながら、お役に立てなかった、自分は信頼されていないのかと床の上を転がりながら一通り喚き出す。
それを月島が宥めている間にこっそり抜け出そうと試みたのだが、落ち着きを取り戻し始めた鯉登の言葉によってこれもまた失敗に終わってしまった。

「…ところで月島、そん女子はだいや?」

やはり鯉登は野木山だと認識していないようだった。
まだ逃げ切れると活路を見出した野木山が口を開こうとした瞬間、鶴見に制止される。

「この娘は翔子と言って、私の遠縁の親戚でな。近くに来ていると報せを貰ったので顔が見たいと思って立ち寄らせたんだが、どうも軍に興味を持ったらしいから暫くここに居させることにしたのだよ」

何を言い出すんだこの人は、という顔を月島と野木山は同時に鶴見に向ける。
しかしすっかりと鶴見の言うことを信じ込んでしまった鯉登は先程まで喚いていたのが嘘のように真面目な表情になり、すっと立ち上がって野木山の前まで来ると手を差し出してきた。
野木山は仕方なく差し出された手を握り、引き攣ったままの顔を無理矢理微笑ませた。

「これは失礼した。鶴見中尉殿の親戚の方だったのか。少尉の鯉登音之進と申す」
「い、いえ…こちらこそよろしくお願いします…」
「そうだ、鯉登少尉。彼女がここに居る間、面倒を見てやってくれないか?私は仕事が溜まっていて付いていてやれんのだ。月島も手一杯でな」
「おいが…ですか?」
「年頃も近いからすぐ打ち解けられるだろう。是非とも頼まれてくれないかね?」

再び、何を言い出すんだこの人は、という顔を月島と野木山は同時に鶴見に向けた。
鯉登も少し怪訝な様子で鶴見を見る。

「…信頼している鯉登少尉くらいにしか頼めなくてな」

この言葉の一押しの力は絶大過ぎた。
『信頼している』などと鶴見に言われて、鯉登が反応しないわけがなかった。

「お任せください!」
「いやぁ、良かった良かった!翔子もそれでいいね?」

元より有無を言わせるつもりはないだろう。
鯉登は勢いで野木山の両手を包み込むように掴み握り締め、鶴見の言葉に目を輝かせながら野木山を見つめる。
鶴見はささっと何かしたためると鯉登には見えないようにパッと掲げて野木山に見せた。

『私のことは伯父様と呼びなさい』

この人は本当に何を考えているのか…
しかしもう腹を決めるしかない。
いつも偵察時にするように、自分を偽って与えられた役を演じる決心をした。

「…はい、伯父様。鯉登さん、改めてよろしくお願いいたしますね」

恵まれて愛されて育ったことが普通である令嬢を思い浮かべて、体現して見せる。
余裕のある所作、可愛らしい声色、純真無垢な性格、常に微笑みを浮かべて…こんなものだろうか。
そんな態度を見せた野木山に、少し照れるような様子の鯉登。
ああ、これは大変なことになるぞという野木山の予感はきっと現実のものとなるだろう。

「それでは鯉登少尉、私たちはもう少し話をするからその間に他の事を済ませてしまいなさい。これから常に翔子についていてあげられるようにね」
「はい!」

ではまた後でと野木山に言い残すと、すぐさま部屋を飛び出して行く鯉登。
満足そうに笑う鶴見に、呆れた様子で月島が苦言を呈す。

「鶴見中尉殿、少しお戯れが過ぎるのでは…」
「たまにはこれくらいの戯れが無いと退屈ではないか。もちろんこちらも万全の体制は取ろう。楽しませてくれるのを期待しているよ、野木山。いや、翔子」
「お任せください伯父様、その代わりこちらも頼りにしておりますよ」

皮肉たっぷりに微笑みを返す。
その意味合いが違えどふふふと笑い合う鶴見と野木山の傍らで、面倒くさいことになったなと月島は溜息をついた。

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