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▼ 自覚無き想い

※男装バレしていません。



「野木山」
「はい」

鶴見の執務室から出ると、丁度通りかかったのか、それとも暫くそこにいたのか分からないが鯉登が立っていた。

「鯉登少尉殿でしたか。どうかしました?」
「貴様、随分と鶴見中尉殿に気に入られているようだな。鶴見中尉殿の執務室に行くことも多いようだが、一等卒如きが何をそんなに鶴見中尉殿と話すことがあるというのだ」
「任務の報告に来ているだけですよ」

実際、偵察の報告等で野木山が鶴見の執務室を訪れることは多いのだが、何故それを鯉登が把握しているのか。
誰が出入りしているのか逐一確認してるわけではないよな、と野木山は少し訝しむ。

「まさか、鶴見中尉殿を誑し込もうとしているわけではないだろうな」

何を言ってるんだと野木山は内心呆れた。
鶴見に誑し込まれることはあっても、誑し込める人間なんて存在するのだろうかと思うほど、それは難しいものだと誰もが分かることだろう。

「まさか。そんな恐れ多いこと、たかが一等卒の私に出来ると思います?」
「ふん、それもそうだな。少し見目が良いくらいで鶴見中尉殿が靡くわけなどないか」

褒められているのか貶されているのかよく分からない。
どうも野木山が鶴見と一緒にいたことが気に入らないだけのようだから早くこの場を収めて立ち去ろうと、とりあえず機嫌を取っておくことにした。

「私よりもよっぽど、鯉登少尉殿の方が気に入られてると思いますよ」
「そ、そうか?」
「鯉登少尉殿の数々の功績、軍人の血筋、天賦の才能…これだけ揃っていて気に入られない理由など逆にありますか?」
「まあ、そうだな」

納得する鯉登少尉にまたもや呆れ、そういうところですよ鯉登少尉殿…と心の中で鶴見の真似をしてみる。
しかし全て真実で、全て野木山が本当に思ったことを言っただけだ。
あとは鶴見中尉への盲目さと奇行が落ち着けば完璧なのになと思う。

「本当に、羨ましいほどですよ」
「…野木山のことも認めてないわけではないぞ。鶴見中尉殿に対して忠実で真面目で、任務も卒なくこなす秀でた能力も持っているだろう。どれも私ほどではないがなッ!」

いつも突っかかってくる事が多い鯉登が、自分のことをそんな風に認めてくれていたのだと知って驚く。
それと同時に野木山はなんだか照れ臭くなって顔を紅潮させ、鯉登から視線を外して少し俯いた。

「そ、うですかね…ありがとうございます…」

そんな様子を見て何故だかドキッと鯉登の心臓が跳ね上がる。
沈黙が訪れてしまったので、何か言わないと間が持たないと野木山は口を開く。

「私は…鶴見中尉殿のことはもちろんですが、鯉登少尉殿のこともお慕いしていますよ…」
「なッ…」

野木山は適当に話を合わせて機嫌を取るだけのつもりだったのに、思わず出た自分の言葉にハッとしてさらに顔を赤らめ、鯉登に視線を戻すことなく、失礼しますとそそくさと立ち去った。
その場に残された鯉登は自分の胸に手を当て、突然早まった鼓動を感じながら野木山の後ろ姿を見送る。

「なんなのだこれは…」

鯉登のこの気持ちが一体何なのか、鯉登自身が自覚するのはもう少し先のことだった。

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