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▼ せめて最期は

「寝ないんですか?尾形上等兵殿」

アシリパたちと寝ていた野木山がふと目を覚ますと、尾形だけが起きていて、少し離れた場所で銃の手入れを始めたところだった。
野木山は起き上がって歩み寄り、尾形の隣に座り込む。

「なんだよ」
「私も手入れをしようかと思いまして」

しばらく互いに無言で各々の武器の手入れを進める。
ガチャガチャと尾形が銃を扱う音と、シャッシャッと野木山が砥革で刃を砥ぐ音だけが辺りに響いている。
野木山が一通り気の済むまで手入れし終えると、ふぅと息をついて尾形に話しかけた。

「今度、狙撃の仕方教えてくださいよ。私、苦手なんですよね。そもそも体格に歩兵銃の大きさが合わなくて上手く扱えないんですけど」
「チビで貧弱な身体だもんな」
「こう見えて結構鍛えてはいるんですけどね。他の人みたいに筋骨隆々にはなかなかなれないんですよ」

まぁ、女なのでと心の中で付け足す。
野木山のことをまだ女だと知らない尾形は、普段から野木山のその体格をなんだかんだと馬鹿にしていた。
それを思い出した野木山は舐められたままではなんだか癪に障ると、ここぞとばかりに自分の能力をアピールし始める。

「その代わり、機動力には自信ありますよ。駆け回り、走り続ける体力と、捕らえられない瞬発力も」
「そうかよ」
「銃を使えない分、これで補ってますしね」
「ふーん」

投刃を掲げて見せても、全く興味が無いといった様子で銃の手入れを続ける尾形。
能力や武器どころか、私という存在にすら興味が無いのだろうかと思うと悔しくなって、思わず少し煽るようなことを口に出してしまった。

「たとえ尾形上等兵殿に狙われても、撃たれないように逃げ回ることも出来ると思いますよぉ?」

ピタッと尾形の手が止まる。
それまで銃にしか向いていなかった視線が、貫くように野木山に向いた。
それでも野木山は止まることなく言葉を続けていく。

「それどころか、殺すことも出来ちゃうかもですね」
「…ほう、それは大した自信だな」

スッと銃を構える尾形。
それを受けて野木山も投刃を握り構えた。
辺りの気温が一気に下がったような感覚を覚える。

「やってみろよ。お前が俺を殺る前に、べらべらとよく喋るその口が開いた瞬間そこに銃口突っ込んで撃ってやるから」
「その引き金を引く前に指を切り落としますよ」

見詰め合って不敵に笑う。
張り詰めた空気が、数秒の刻を長く引き伸ばす。
それを打ち破るように、ふっと肩の力を抜いて視線を外したのは野木山の方だった。

「…なんて、冗談です。上官の指を切り落とすなんて出来ません」
「不敬が過ぎるな、野木山一等卒。次に俺を殺すなんて言ってみろ。お前のことはいつでも殺れるからまだ生かしているということを忘れるなよ」

本気でそう考えているだろう尾形に、野木山が臆することなくこうして寄り添っていられるのは、この人にならいつ殺されてもいいと心の何処かで思っているからかもしれない。

「でも、いつか、本当に殺し合わなければならない時が来たら、その時はここに撃ち込んできてくださいね」

そう言って尾形の持つ銃の先を左手で掴むと、そのまま銃口を自分の左胸に当てる。
ひんやりとして硬い感触が服越しに伝わる。

「それならお前は俺のここにこれをしっかり握ったまま突き立てろ、出来るもんならな」

尾形は投刃を握る野木山の右手首を掴んで、自らの左胸にその尖端を当てた。
少しドキッとしたのを笑顔で隠して応える。

「分かりました。お互い、せめて最期は苦しまないように」

ここまで苦しんできたのだ。
最期だけは苦しむことなく終わりたいと思うのは当然で、しかしそれは自分には過ぎた願いだろうと自嘲する気持ちもある2人。
小さな望みをお互いに託して、夜は更けていく。

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