知らないけれど、きっと地球は美しい星だ。
グラウンドの真ん中にも、校舎の裏にも、教室の隅にも、机の下にも、美しい場所や時間は存在している。
でも、それがどのように美しいのか、確実に伝える形で、その四角い紙の上に切り取るのは、とても難しいことだと思う。
彼女はそれがとても、上手だった。

「やめろよ」

ファインダーに僕の横顔をとらえて、真顔でそのディスプレイを凝視。キャメルのカーディガンの袖からはみ出た人差し指が、シャッターを押す。彼女はにそにそと笑って、僕が手をかざして隠す寸前の慌てた表情を手の中に収めた。それは別に美しくない、と僕は心の中で反論する。
ふたりで歩く帰り道には、毎度の如く起こることだった。今日で期末テストが終わったから、早く帰れる。これからふたりで、ぶらぶらどこかへ行こうと思っている。
僕はやっぱり、彼女がカメラを向けると恥ずかしいから撮らないでとは言ってみるし、できるかぎりならそのシャッターから逃げ回るけれど、その様子を見て楽しそうに笑う彼女を見れば、案外、悪いことではないと思う。

「正直さあ、僕の写真を撮るのと、僕が写真を嫌がってるのを見るのと、どっちが楽しいわけ?」

無口な彼女はその問いにも、また意味ありげに微笑んでみせるだけだった。
そして急に立ち止まり、一眼レフのレンズを空に向けて、真っ青に晴れた、遠い冬空を切り取った。僕も立ち止まって、空を見上げた。
無口な彼女と鈍感な僕のコミュニケーションのほとんどは、その一眼レフに集約されていた。

「見せてよ」

彼女は僕にカメラを手渡した。空の写真はきれいだった。
空はきれいだ。
でも彼女が撮った写真の空はもっときれいだ。
それは多分、彼女が写真を撮るのが上手いから、そして、僕が彼女のことを好きだから。

「両方」

僕の手からカメラを取り上げながら、彼女は背伸びをして、小さな声で僕に囁いた。

「え?」

聞き返したけれど、また彼女はいたずらっぽく笑うだけだった。そして、走り出してしまった。その足元を木枯らしが転がりながらついていった。

「ああ……そういうことね」

僕は数秒おいて、それがさっきの質問の答えだということに気がついた。走って行って、彼女はまた葉が落ちた茶色い街路樹の写真を撮っている。
ああ、僕がもし、君みたいに上手く写真が撮れたら、僕がいかに君のことが好きか、確実に伝えられる君の写真が撮れるのに。
僕はその背中に向かって、

「佑香」

名前を呼んだ。そして駆け寄って、彼女の手をとって、繋いだ。指を組むと、カーディガンの袖も、ブレザーの袖も僕の指に包み込まれる、その奥にある、小さな手。

「このあとどうする?」

歩き出しながら、僕は彼女に訊いた。

「なんでもいいよ」
「寒いからコーヒー飲みに行こうよ、あそこに新しい喫茶店できたの知ってる?」
「コンビニ潰れたところ?」
「そう、そう」
「うん、いーよ」

ストラップで首にかけた一眼レフのレンズがぐるぐると縮まって、彼女が手を離すと、それは胸元にストンと落ちて揺れていた。
彼女の一眼レフは、僕の恥ずかしい一面だって、世界の果ての一番美しい瞬間だって、なんだって撮れる。
でも、その一眼レフを構えて、好きなものをひとつひとつ手の中に収めていく君の姿だけは、その一眼レフにさえ絶対に撮れない。
それを色褪せない写真にできるのは、きっとこの世で僕だけだろう。


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